ミョウジョウと私4

 衝撃の余波が空気を引き裂いて、一時世界が全て停止してしまったみたいに静まり返った。

 理解と、諦念。

 予想はしていたけれど、やっぱり私は耐えきれず膝から崩れてしまった。

「……なんだありゃ」背後で、ミョウジョウがカカカと笑う声。「おい見たかチサト、あの女、自分で死んだぞ。イカれてんのか? それともセツかムラサキの仕業か……」

 真っ赤な血を吹き出して倒れた彼女の遺体を、巨大な獣が抱えあげる。

「なぜだ!? なぜなんだ女!!? あれほどかわいがってやったのに、なぜ、なぜだあああ!!!!」

 人目もはばからない大泣きが、砂山を崩すほどに響き渡る。

「お前さえいればわしは、わしはわしの子を……おおぉ、おおおおおお!!!」

 魂が握り潰されるほどに、悲痛な叫び。

 だけど、こんな時でも死んだ彼女わたしの名前も呼ばないまま、クソみたいな服を着せられた女の死体を抱いてる姿の中に、彼の敗北の理由は全てあらわれていた。

 私は目を伏せて、彼女と私に何かを手向たむけるように、ひび割れた大理石の隙間に咲いていた黒いバラの花弁に触れた。青アザと切り傷だらけの手にトゲが刺さり、ツーっと赤い血が指先を伝う。

 彼女は自ら死を選んだ。

 理由は、彼女が私だからだ。

「なんにせよ……これでホムラは、脱落だ」ミョウジョウが手を地面に置き、きょうを口ずさむ。「さらばだ、蛮族の知将ホムラ。お前は弱かったが、その慎重さと部下の弓はいつだって厄介だった」

 ピカッと、空に稲光のような閃光が走る。高いところを飛んでいた石の悪魔の体に亀裂が走り、不穏な響きとともに砕け散った。

 眩しい黄色。

 石の悪魔を生贄に生み出された雷が、空を見上げたホムラの体に突き刺さった。

 遠吠えのような絶叫。

 耳をふさぐ。

 自分で頭を撃ち抜いた彼女の体ごと、破壊の光は獣の身体を焼き尽くした。

 パチパチと、何かが燃える音。

 焦げた焼き肉のような匂いが鼻をつく。

 獣の叫びが四方から響き渡る。

 ホムラの部下という狼たちの肉体が、操り人形の糸が切れたみたいに、バランバランと力なく倒れていく。

「ハハハハハハ……ッ!!!」

 勝ちを確信した、ミョウジョウの高らかな笑い声。

「さあクロネコ!! セツ!! 長き因縁にケリをつける時だ!! お前らをみなごろし、俺は俺の花嫁と共に本物の世界で朝日を浴びようっ!!」翼を目いっぱいに広げて、手を合わせる。「石けらどもよ!! 最後の祈りだ!!!」

「仰せの、ままに!!」

 石の悪魔たちが一斉に空に飛び上がり、かつて瓦礫の下に隠れていた私を見つけたときのように輪を作り祈りだす。

「永かった……貴様らの命の全てを使って、俺は俺の子を世界に残す!! 我が名はミョウジョウ、最強にして最古の雄っ!! 輝ける石のミョウジョウである!!」

 石の悪魔たちの体にヒビが入り、次々とシャボン玉のように弾け飛んでいく。その度ガラスの割れるような音が響き、赤い雷の塊が階段舞台の上空にとてつもない大きさで形成されていく。

 輝きが影を作り、世界が赤と黒の二色に染まり尽くす。

 恐ろしい景色だった。

「チサト、逃げろ!!」

 奥の方で黒い頭の猫が叫んでいる。鹿の悪魔も身構えているし、植物の妖精少年も彼が連れてきたわたしと一緒に一目散に階段を駆け降りていく。

「……見えるかチサト? 俺たちの勝利だ」ささやくように小さな声。「共に行こう。約束する、お前の世界で、俺は次こそお前のために……」

 勝ち誇った顔で足元の私を見下ろしたミョウジョウは、このときはじめて、私が私の顎の下に拳銃を押し当てていることに気がついた。

「おい……何してる?」

 流石に怖くて返事はできなかったけれど……でも、こんな信じられない状況で、私は幽かに笑っていた。

 思い出すのは、城で受けた痛み。

 あの夜……ミョウジョウにへし折られた左腕は、コケイシという老悪魔が持ってきた謎の呪術で一瞬で治された。

 傷が治せるとわかってすぐに、私は気絶するまで滅多打ちにされた。

 それから私は気絶してる間にレイプされて、昼も夜もなくて……。

 うん、そうだ。

 やっぱりさっき死んだのは、私だ。

 私も同じ理由で、私と同じことをしようとしている。

 私も……。

「待て、ふざけるな」ミョウジョウの口元が、ピクピクと痙攣する。「バカ、やめろよ……頼む……」

 引き金を引き抜く。

 私もだよ、チサト

 私も、こんな男、大嫌いだ。

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