2.十年越しの凪夏
「とりあえずシャワー浴びてこい。適当に使っていいから」
「服は?」
「高速クリーンすればいいだろ」
「おー便利だねー」
「…これでも古いんだが…」
こいつ今まで何してたんだ…やっぱり奴隷か?こいつが?いや無理だろ。殴って出て行きそうだ。いや、もしかして殴って出てきた後?どちらにしろ厄介ごとは御免なので早く帰って貰おう。
「へー、じゃ遠慮なくー」
「はいよー」
凪夏が脱衣場に入っていく。反響する声にすこし鼓動が速くなるのは何故だろうか。
「…使い方わかんない…」
「は?」
「なにこの機械…黒いし夜みたらホラーじゃない?…科学とはここまで進歩したものなのだろうか…」
「お前浦島太郎なの?」
「せめて浦島花子にして」
「だっさ」
そう言って笑った。表情筋がこわばって、笑うことすら久しぶりだったことに気づく。
こいつ高校の頃からなんも変わってねーな、時代に取り残されてるぞ。そういや、昔から苦手だったっけ、機械とか。
一緒に過ごした期間は本当に短くって、でも濃かった。だから覚えている、いつも思い出していた。
「ねぇ、最近どうなの?」
十年経って、俺は奇妙な偶然に驚愕していた。こんなぐちゃぐちゃになった世界で、身分のかけ離れたであろう凪夏に再会できたこと。そして彼女が以前と全く変わっていなかったこと。
「まぁまぁだ」
彼女から見た俺はどんな風に写っているのだろう。中途半端で詰まらない人間になってしまった俺を。
「なにそれ~」
彼女は朗らかに笑う、俺も笑ったけれど、相変わらず表情は強ばっている。見られなくてよかった、きっと気持ち悪い顔をしているだろう。
「そういうお前はどうなんだ?」
「私もまぁまぁかなー、というか普通に楽しくやってるよ」
普通に、楽しく、か。あんなことがあって、そんな風に生きられる筈なんてないのに。
「…じゃあ、なんで倒れてたんだよ?」
そう言って、自分の失言に気が付く。いつかは言うべきこと、絶対に聞かなくてはならないことだが、今言う必要なんてなかったことに。
シャワーの音が止む。沈黙が俺を責め立てた。
「……悪ぃ」
脱衣所のドアが開く。
「ん?あぁー…」
濡れた黒髪、バスタオルに包まれた美しい肌。細い体の癖に出るとこは出ていやがる。深い傷跡も今となっては劣情を煽るのみだ。
「お腹空きすぎて倒れてたのー、という訳でご飯くれない?あと服も欲しいかも」
「おっ、お前なぁ!!」
どうかした、とでも言うように美しい髪をかき上げた。お前、これでよく無事だったな。
「じろじろ見ないでよ、変態」
俺が悪いのかよ、そっちが見せてきて。俺だって大人の男だぞ?何するかも分からないのに。
「はぁ?うるせーよ」
怒りを露わにする俺をよそに、凪夏はクスクスと笑う。
「ホント、変わってないよねー。昔と同じまま」
「そうか?」
今の自分は大分変わってしまったと思っていた。でも凪夏がいると昔の自分に戻れる気がする。
「そーそ、というかいつまで女の子を裸にしておくつもり?」
「あぁーもーお前なぁー」
俺がそう言うと凪夏はまた、楽しそうな笑顔を見せた。
十年前の忘れ物 燕子花 白 @kakitsubatahaku
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