十年前の忘れ物

燕子花 白

1.奇妙な再会

1.雨の日の公園



 仕事帰り、雨が降り注ぐ公園にその女の人は倒れていた。雨に濡れた艶やかな黒髪が透き通るような白い肌を際立てていて、長く細い足のラインが美しかった。

 ――――数秒間、俺こと小林龍也は目を奪われていた。


「えっと…?大丈夫ですか?」


 彼女からの反応はない。病気かなにかで倒れているのだろうか。しかし彼女はあまりにも不自然だった。手荷物の一つすら持っていない上に、給仕服を着ている。こんな時代だ。きっとやりたくもないことをやらされ、逃げ出してきたのだろう。

 今では古いものとされた、スマートフォンを取り出す。警察隊に連絡しよう、そう思った。


「いか、ないで…」


「え…?」


 その姿が何故か十年前を思い起こさせて。

 気がついたら俺は携帯電話をしまっていた。



* * *



「どうすんだ、これ…」


 結局、連れて帰ってしまった。

 小さなアパートの一室。そこにとりあえずその女性を寝かせておいた。助けようとした訳ではない、一時保護だ。そうしないと、もしかしたら窃盗罪で捕まるかもしれない。

 科学技術が進歩し、この日本国では貧富の差がさらに広がった。ロボットに使われる側とロボットを使う側。孤児や無職、ホームレスが増えすぎたあまり、この国はある政策をとった。それらを拾い、雇う度に給付金を出す政策だ。この政策は成功した。孤児は少なくなり、多くの人が雇われ、死亡率も下がった。

 しかし―――

「はぁ……」

 ため息と吐く。嫌なものを見てしまった。痩せ細った体、深い傷跡。

 ―――しかし、それは国の財政が崩壊することと同義だった。給付金は廃止されたが、もとの状況に戻すわけにはいかなかった日本国は、なんとか雇い主にそれらを繋ぎ止めようとして、法律を変えていく。その末路がこれだ。言い方は違えど、それらは奴隷だ。人権も選択権もあるという国の言い分は庶民には受け入れられなかった。もちろんデモも起きた。しかし、この競争社会で他国に勝つ為に、自分自身でのし上がれない人は邪魔だ。国は政策を強行した。

「んんっ…?」

 寝ていた女が吐息を漏らす。タオルで体を拭いたりはしたものの、体の所々が濡れている。色っぽい。顔も整っているのでなにか嫌なことをされるところだったのかもしれない。

「おい、起きたか?」

「え?」

 長い睫毛が揺れる。大きい目が開かれた。青白い唇が動く。

「は?」

「…えっ…?」

 嘘、だろ?

「ちょ、おま…?」

「あ、あんた…?」

 雷に打たれたような衝撃とはこのことか。どうりで似てると思ったわけだ。

「は?なんであんたがここにいるのよ!?」

「こっちの台詞だわ!」

「な、何なの?キモいんだけど!ここどこ?誘拐?」

「ちげーわ馬鹿野郎、てめーが公園で寝てたから保護したんだよ」

「は?保護?誘拐だろ?変態、キモっ!女の子と話したかっただけでしょ!」

「ちげーって言ってんだろ!というか残念だわ!もっと大人しくて可愛い美少女だと思ったのにお前かよ!」

「は?黙れ、十分大人しくて可愛い美少女だわ!」

「は?鏡見てから言えよ」

 この会話のテンポ、うるさいほど響く声。間違いない、彼女は、

「天才美少女、凪夏様に向かって何言ってるの?」

「自分で言うとかマジキモいわー」

 伊藤凪夏。俺の高校の同級生だ。

「あ、というか久しぶりー、龍也。元気だった?」

「余計なお世話だわ!」


 そして、何を血迷ったか、初恋の相手でもある。


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