第3話 十字の傷

 薬師寺は故郷に戻った。駄菓子屋では、3月下旬から既に休業しているにも関わらず、何者かが「コドモアツメルナ。オミセシメロ」という貼り紙をした。

「俺の仲間だ」

 独り言を言ってからハッとした。透明だから油断していた。前を歩いていた老人がキョロキョロした。

「何だ?幻聴か?」

 マズイな!姿は見えなくても声は聞こえてしまうようだ。


 群馬県警刑事部の赤間克幸あかまかつゆき警部は、血まみれになった若王子の死体を見て吐き気を覚えた。腹には十字の刺し傷があった。

「凶器はダガーナイフだ」

 以前、前橋駅前でダガーナイフを振り回して通行人を次々に殺した事件が起きたことがあったが、被害者には✚の傷がついていた。

 赤間は部下を率いて全国の武器屋を調べた。

 だが、5日過ぎても収穫は獲られなかった。

 

 女優の佐藤妙子じょゆうたえこが死んだ。

 4月10日に意識不明の状態で病院に運ばれ、急性硬膜下血腫と診断され、そのまま意識が戻ることがなく、同月15日に肺炎で病死している。妙子が亡くなった場所は東武宇都宮駅近くにあるビジネスホテルだ。

 妙子は2月半ば、六本木でデートするところをスクープされたが、そのときマスクをしていなかったのが問題視された。

「『アップルイブニング』面白かったのにな……」

 ニュースを見ながら横溝はパックのアップルジュースを飲んでいた。『アップルイブニング』は妙子主演のミステリードラマだ。

 事件発覚後の捜査で、病院に運ばれる直前の2~3月に、頭を強く揺さぶられるなどの暴行を受けていた疑いがあることが明らかになっている。

「コイツは殺しだ」

 病院から送ってもらったカルテのコピーを読み終え、湯沢が言った。刑事部屋にいた誰もが猟犬みたいな目つきに変わった。4月20日、午後4時のことだ。

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