みんみんぜみ
砂鳥 二彦
第1話
私があの奇妙なセミに出会ったのは、3年前の夏であった。
その年はとても蒸し暑く。私は公園の木陰(こかげ)のベンチで涼(すず)むことにしていた。
居心地の良さにボーっとしていると、自分のすぐ脇(わき)でセミの鳴き声がするのに気づいた。
ふと横に目をやると、そこにはベンチの上に止まった巨大なセミがいた。
大きさは小さな子供の靴ぐらいだろうか。そのセミはジッとこちらを見たまま、ひたすら鳴いていた。
私はあまりのうるささに手を振って追い払おうとしたが、セミはうんともすんとも動かない。まるでラジオみたいに音を出したまま、セミは動かなかった。
私は奇妙に思いながらも、童心に帰ったのか、そのセミを飼ってみようと思った。
急遽買ってきた虫かごを手に、私はそのセミを捕らえた。意外にもセミは全くの抵抗をせずに、私の虫かごに入った。
それからしばらくの間、私とセミとの共同生活が始まった。
セミも私に飼われているのを自覚しているように、最初よりも静かにミンミンと鳴くのであった。
「変な奴だな。お前」
ある日、私がセミの虫かごに近づきそう言った。
するとセミは急に鳴くのを止め、私の方を、ジッと黒いあめ玉のような目で見つめたのだ。
まるでそのセミに知性があるように思えて、私は好奇心よりも恐怖が勝り、ゾッとした。
あまりにもそのセミが恐ろしくなり、セミは元の公園に戻すことにした。
だが3日後、そのセミは私のマンションの扉にとまっていた。
私は、こいつが私の部屋を覚えて戻ってきたのだと思った。
そんな捨て犬が戻ってきたような居心地の悪さに、私はついそのセミを殺してしまった。
セミを殺してしまったことに罪悪感を覚えつつも、私は自分をつけねらうセミがいなくなったことに安堵していた。
しかしその夜、私が寝ていると窓の外から奇妙な視線を感じたのだ。
私の部屋はマンションの一階のため、カーテンは閉め切ったままだ。そして視線は、その向こう側からしていた。
私は恐る恐る、窓に近づきカーテンを開く。
「うわっ!」
私はつい腰を抜かして尻餅をついてしまった。
何故ならば、その窓には黒い集合体がびっしりとついていたからだ。
私は怯えながらも、その黒い塊がなんなのかを確認した。
それは窓一面に張り付いたセミだった。それまで部屋からセミなど1匹も見たことがないのに、30匹以上はいたのだ。
ただ不思議なことに、そこはとても静かだった。そうだ。そのセミたちはどいつも鳴いてはいなかったのだ。
例えるなら、祈るように沈黙しているようだった。
みんみんぜみ 砂鳥 二彦 @futadori
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