第24話 俺たちを“可哀想にしてる”のはお前だろ




僕は、1区の端の方にある大規模な医療施設へとやってきた。

ここは聖ラファエル病院。如何いかにも大昔にあった“大聖堂”という感じの建物だった。

白い大理石で柱を建て、大窓からはたくさんの日の光が入るようにしてあった。

最先端の医療技術を誇り、ウイルスキャリア区との境の内側に立っている。

ウイルスキャリア区の対なる病院の名前は聖ミカエル病院。ウイルス感染症の最先端を研究している。

聖ラファエル病院は精神病院も兼ねていて、その大規模な病院の中に集中精神医療区域を含む。


ここには緋月様が従えている『ラファエル』という人たちが出入りしている。


確か、聖也せいや牡丹ぼたん理沙りさ麻耶まや千鶴ちづるの5人だ。

5人はここで生活しているらしい。仕事のときや、緋月様の研究のときは緋月様のところへやってくる。


――改めて話すのは初めてだけど……


僕は精神病院の区内に、赤紙の身分証を提示して入った。

進むにつれて、患者や看護師、医師が入り乱れる。

圧倒的に多いのは患者だ。

訳の分からないことを言っている者や、ただずっと立ったままピクリとも動かない者、ぬいぐるみを引きずって歩いている者や、奇声をあげている者など、実に様々な症例の患者がいた。

その一人ひとりに看護師がついて、話しかけたり、腕についている点滴を調整したりしているようだった。


「確認させて……鍵は閉めた?」

「閉めました」

「鍵は閉めた?」

「閉めました」

「本当に鍵は閉めた……?」

「本当に鍵は閉めました」

「鍵は――――」


何度も何度も看護師に患者が確認している。

達美さんと同じ症状だ。ここまで顕著ではないけれど、達美さんもこうして何度も何度も鍵を確認しているらしい。

赤紙の内部なら鍵なんてかけなくても大丈夫なのに、鍵を何重にもかけずにはいられないらしい。


「私は神なんですよ。この世を創造したのです。あなたも私が創った。知ってますよ。あなたの右内股と左二の腕、胸の中心、背中に手術の痕があること。それはチップを埋め込むためについた傷で……――」


誰もいないテーブルの向かいに話続けている人がいた。

うろうろと何かを見つけるように歩いてる者もいる。しきりにコンセントのところを除き覗き込んでいる。


説明をし始めたらきりがないほど沢山の情報が僕の目に飛び込んでくる。


――こんなに……患者がいるなんて知らなかった……


患者たちを横目におそるおそる奥に行くと、通行規制のついている扉があった。

僕は赤紙の身分証に埋め込まれているチップによって通ることができる。

特に、緋月様の周りの人間は行く場所にも制限がつかないと説明を受けた覚えがある。

僕はその奥へと身分証をかざし、入った。


まるで牢屋のような場所だと思った。

そこの外から差し込む太陽光は最小限に抑えられているような感じだ。

昔あった拘置所と呼ばれる場所、刑務所と呼ばれる場所に近い。廊下を挟んで両側にその扉がある。廊下は広く、両側の部屋と部屋はそれなりの距離が保たれていた。

扉は強固に閉ざされていて、窓には鉄格子がつけられている。


――こんなに厳重な隔離が必要なのか……


バンッ!!!


突然大きな音がして、僕はビクリと身体を大きく震わせる。


「ひゃぁああっあははあぁああぁっ!!!」


ガシャンガシャンガシャンガシャン!!!


金属が激しくこすれる音が聞こえる。

扉を思い切り揺さぶり、開けようとするがびくともしないようだ。


「…………」


ガンッ! ガンッ! ガンッ!!


何か硬いものを金属製の扉にぶつけているような音が聞こえる。

すると、僕の後方から突然何人かの屈強な男と、男性の看護師が走ってきてその扉を開けた。

中にいた男は顔面から血を流し、頭を押さえて不敵に笑っていた。


「押さえて! 鎮静剤打ちます!!」


あっという間に鎮静剤をうたれ、男はおとなしくなった。

僕が何かしてしまっただろうかと心臓の辺りを押さえて自分を落ち着かせようとしていると、看護師に厳しい口調で話しかけられた。


「ここでなにしてるんですか?」

「えっと……ごめんなさい。僕は緋月様付きの智春です」


そう言って身分証を提示する。

いぶかしい表情をしていた彼は、僕の身分証を見て、険しい表情を一度解き、驚いているような顔をした。


「確認したいことがあってきました」

「緋月様のところの……智春さん? 何も話は聞いていません。とにかくここから出てください」


引っ張られるように、僕はそのエリアから出た。

看護師は向き直って僕に再び険しい表情を見せる。


「困ります。先に断っていただかないと。部外者が入ってきただけで興奮する患者もいるんですから」

「ごめんなさい……」

「……もう過ぎたことは仕方ないです。それで、何を確認されに来たんですか?」


その看護師は、屈強な男たちと同じくらいに筋肉がついている様だった。

患者を取り押さえることもあるここの区域の看護師は屈強な看護師でなければならないのかもしれない。


「それは……えっと……精神疾患者や身体疾患者の実情調査です」


調査というとかなり大げさに聞こえただろうが、嘘でもない。

その言葉に看護師は尚更険しい顔をする。


「それはラファエルの者たちが良く知っているはずです」

「えっと……自分の目で確認しに来たんです」

「……そうですか。それで、あれをみてご満足いただけましたか?」


看護師は心底嫌気がさしたようにそう言った。


「…………念のため、あなたに確認してもいいですか?」

「はい」

「あの人たちは……どうしてあんな風に隔離されているんですか」

「……見た通り、手が付けられないからです。最先端の医療を施しても、どうしても治らない。生まれてからずっとここにいる人もいます」

「生まれてから……?」


――生まれたら、まず子供区に移動になるんじゃないのか……?


僕のその表情から、看護師はすぐさま察したようだった。


「子供区に入れられない子供も当然います。知的障害が著しい者などです」

「…………」

「彼らはここがどこなのか、なんなのか、そして自分が何者であるかすらも解っていない者が多くいます」

「それじゃ……全く別の世界に生きているってことですか……?」

「そうですね……あなたやラファエルの者たち、渉さん、光さん、区代表の人たちは半分、あるいはそれ以上はの人間ですが、彼らはの人間だと言えますね。知覚している世界が違いすぎます」


黒い、波紋が自分の中に広がっていく。

水に炭を落としたようにモヤモヤとその気持ちは広がって行った。


「……詳しいことは、ラファエルの方たちにお願いします。この病院の精神病区画の13区にいるはずですから」

「わかりました……」


力なく僕が返事をすると、男の看護師はナースステーションに戻って行った。


――これが……現実なのか……


夢でも何でもない、これが現実だった。

目閉じるとあの隔離患者の顔が浮かび、静寂が訪れると叫び声がこだました。


――緋月様……


心の中で正しさを確かめるように、緋月様の名前を呼んだ。




◆◆◆




「と、いう訳なんだよね」


緋月は2区代表の琉依るいに黒旗の動きが怪しいからコミュニティを絶つという話をしていた。

2区の琉依はガーデニングが趣味で、植物を大切に育てていた。その趣味の植物園の中庭のガーデンテーブルと2つのガーデンチェアに二人は優雅に座っていた。

すでに妃澄と佳佑、蓮一、優輝をそれぞれ見つけだし、話を済ませている。話をした順番は前述したとおりだ。

まだ葉太、薫、園にはしていない。

優輝のところに行ってこの話をしたときは優輝がものすごく怒っていたのは本当についさっきのことだ。

緋月が「信用してる順で、優輝は5番目」などと余計なことを言ったのが発端だった。


「そうですか。水鳥麗の遺体がどうのこうのというのは、俺の区でも最近起きていましたからな」


琉依は農作業用の作業着を着ていて、首にタオルをかけているラフな格好だった。

0区で働きに出ている農夫のような恰好をしている。


「まったく……何を言っているのやら」

「700年ごろの話なんでしょう? 遺体など残っているわけがない」

「ま、仮に残ってたとしてもグチャグチャだよ。どうやって保存するのやら」


琉依は顎に蓄えた立派な髭に触れながら、緋月の話を聞いていた。

体格が良く、そして性格も明るい琉依は緋月にとって話しやすい相手だった。

先ほどまで優輝と話をしていたのだから尚更だろう。


「そうグロい話をしないでくださいよ、緋月様。親子丼を吐いてしまいますぞ。はっはっは!」

「……そのとかいう鬼畜な名前の方がグロいと思うけど……」

「ははは! ところで、緋月様。最近側近に雇った智春とやらはどうですかな?」

「智春君? あぁ、実験にも付き合ってくれているし、仕事もしっかりしてくれているよ」

「ふぅむ……緋月様が行っているそのというのは、いつまでも教えてくれないのですか?」

「率直だね、琉依は。誰にも言わないでくれる? 実はね……」

「はい。この琉依、必ず約束を守りますぞ」


お互い顔を近づけ、ひと呼吸おいて話を続ける。


「生卵をゆで卵にする研究をしているんだ……」

「それを言うなら、研究……ですぞ」


真剣な表情で互いにそう言うと、「あははははは!」と大声で二人で笑いあう。


「緋月様、それでは生卵をでるだけじゃないですか。まったく可笑しい人だ。はっはっはっはっは!」

「ははははは、間違えた」


ひとしきり笑い終わった後、緋月は表情に影を落とす。


「悪いけど、研究の内容は言えないんだ。悪魔細胞の研究、とだけ言っておくかな」

「ほう。智春とやらは俺には紹介してくれないのですか?」

「そうか。2区の監査はわ子が行ったんだよね。なら今度、別の名目で挨拶に行かせるよ。?」

「はっはっは! 御冗談を緋月様。俺が今好きなのは光ですよ!」


何を隠すでもなく、琉依はそう言った。


「一途だねぇ琉依は」

「はっはっは、お恥ずかしながら。葉太にフラれてからはゲイであることを封印しようとも思いましたがね」


屈託なく、琉依はそう言う。その様子を見て、緋月は微笑んだ。


「琉依は結構、女性からも人気だし、ゲイの男性からも人気だよね。この色男め」

「やめてくださいよ、緋月様。俺は一途な男なんですよ。だから緋月様は恋敵こいがたきなんですからね」

「そうか、じゃあ負けないようにしないとね?」

「はははははは! 緋月様、もう十分モテてるんですから、これ以上はご勘弁を!」


ひとしきり談笑を終えて、緋月は琉依のガーデンを後にしようと立ち上がる。


「綺麗に手入れされているね」

「ええ。趣味ですから」


緋月は当たりを見渡した。

様々な種類の花が咲いていて、いい匂いが漂ってくる。だが虫が蝶しかいない。

色とりどりの蝶たちが蜜を吸おうと羽ばたいている姿は幻想的であった。


「白い薔薇はある?」

「白い薔薇ですか? ありますよ。好きなんですか?」

「好きだよ。いつか花束をお願いしようかな」

「お? 何ですか? 緋月様、気になる人でも? まさか新人のあの子ですか?」

「ははははは、違うよ琉依。考えすぎ」


深くは語らず、緋月は腕時計を確認しながらガーデンを後にする。

緋月が扉に手をかけると硝子で閉じられたその箱庭の扉は小さく開き、そして閉じられた。




◆◆◆




白い翼が、やけにまぶしく見える。

僕の目の前にいる理沙さんは、以前に見た時のように横髪を髪を巻いていなかった。服装もフリルが沢山ついている服ではないし、首にチョーカーや、頭に小さなハットも被っていない。

化粧もしていなかった彼女は、金髪で、白い翼が背中にあるということ以外は本当に別人のようだった。


「休日に押しかけてくるなんて、どういうつもりですか?」


腕には天井から伸びてきている点滴がついていて、部屋はぬいぐるみだらけだ。

それも、“血まみれのクマ”のぬいぐるみ。そのシリーズが部屋中に置かれている。四方八方がそのクマだらけだった。

理沙さんは具合が悪そうに身体を前傾姿勢でぐったりとしている。


「ごめんなさい。確かめたいことがあって……飛び出してきちゃいました」

「……緋月様の用事ですか?」

「いえ……個人的なことです」

「…………具合が悪いので、手ばやにお願いします」


理沙さんは不安げに、ベッドに置いてあったぬいぐるみの一つを手に取って抱きしめた。


「重度の精神疾患者のことを聞かせてください」

「あぁ……隔離されている人たちのことですか? ろくに話もできない人たちですよ。重度の知的障害も同じところに入れてます」

「……外に出ることはあるんですか?」

「ありますよ。時々、鉄格子で囲われた中庭に出されます。薬で眠ってるうちに。それから、食事に睡眠薬をまた入れて、眠っている間に戻すんです」

「…………その時の様子とか……」

「様子ですか? そうですね……手当たり次第に草を毟って口にいれたり、空を飛ぼうとして一生懸命手で羽ばたきながらジャンプしたり、太陽の光を掴もうと落ちてくるのをずっと待っていたり……色々です」

「………………」

「あぁ、草は食べられる草しか生やしてないですから、一応大丈夫ですよ」


何とも言えない話を聞いて、僕は下唇をかみしめる。

言葉が出てこないとはまさにこのことだった。


「薬じゃ……治らないんですよね?」

「興奮しているのを落ち着かせるために投与することはありますけど、基本的には根本的な症状には効かないようですね。統合失調症とかは投与で回復して立ち直る人も多いですけど」

「………………」


理沙さんは困っている様だった。

困らせている自覚はあったが、衝撃的な事実の連続に、僕は言葉を見つけられない。


「あなた、私が見つけたんですよ」

「え?」


先に話始めたのは理沙さんだった。


「私が、自殺未遂したのを見つけたんです」

「ど、どうやってですか?」

「あなたは鬱傾向があると警告されてますよね? お母さまがご存命のときに」

「いえ……知らないです」

「そうですか。あなたが子供区にいたときにそう診断が出ていたようです」


知らなかった。

いつの間にかそんな検査をされていたのだろうか。


「……大々的には公表してませんが、死亡者の周りの人間というものを調べるという活動を最近緋月様が始めました。『ラファエル』はそのための人員なんです」

「それは……死亡者の周囲の人間に、殺人などの様々な嫌疑がかかるからですか?」

「それもあります。それと同時に、後追い自殺を防ぐという目的があります」

「…………」


返す言葉が本当に見当たらなかった。

僕の行動は、緋月様は予測済みだったということだろうか。


「鬱傾向のある人の周辺者が亡くなった時、自殺率が高いことに緋月様は以前から気づいていたようです。しかし昔の緋月様は近くに人を置きたがらず、かといって一人では手が回らず……どうにもできなかったのは辛かったと聞いています」

「……確かに……ここ数年ですよね。緋月様が次々に側近を雇いだしたのは……」


どういう心境の変化があったのか解らないが、緋月様の考えていることは掴めなかった。


「私があなたの動向を確認していた時に、あなたは自殺しようとした。だからあなたは助かったんです。私がすぐに病院に運んだから」

「………………」

「助けない方が、良かったというような顔をしていますね」

「僕は……」


妃澄さんに借りた本を読まなければ、揺らぐこともなかった。

先ほどの精神疾患者たちを見なければ、こうして落ち込むこともなかった。

自信がなくなってきた。

いつもそうだ。

些細なことで僕は自信がなくなる。

それが、自殺未遂の原因ともなったのだろう。


「精神疾患者は…………生まれないべきなんでしょうか?」

「……は?」

「隔離病棟の人を見て僕は――――」


ガッ!


物凄い勢いで胸ぐらを理沙さんに掴みあげられた。

見た目の華奢な女性とは思えないほどの力だった。僕の身体は少し浮き上がる。


「何言ってんの? ふざけてんの?」


ギリギリ……と徐々に更に僕の身体は掴みあげられる。

理沙さんが僕を掴みあげている腕を振るうと、僕は壁に思い切り叩きつけられた。

ぬいぐるみがクッションになっていなかったら、脊椎が折れていたかもしれない。


「緋月様のお近くに置かれながら……何その言い草……喧嘩売ってんの、あんた!?」


翼を大きく広げて、理沙さんが低い体勢をとった。


――まずい……っ!


僕は体勢を立て直してとびかかってくる理沙さんの拳を避けた。

ゴッ!! と鈍い音を立てて、理沙さんの右腕の拳が壁にめり込んだ。壁をぶち抜いて拳が壁に突き刺さっている。

目は僕の方を的確にとらえて、左手で僕の左脚を掴んだ。


――折られる……!


そう思ったが、理沙さんの手から力が抜けて、崩れ落ちるように倒れた。白い一対の翼がぐったりと床につく。


「大丈夫か?」


何が起こったのか解らないままでいると、天井からスピーカーで男性の声が聞こえた。


「鎮静剤で一時的に眠らせた。怪我はないか?」


理沙さんの腕についている点滴は、決して外れないようになっているらしく、あれだけ派手に動いたのにしっかりとついている。

天井から伸びている点滴は管理室につながっているようだった。


「はい、大丈夫です」

「そうか。少し待っていろ」


ブツリ……というスピーカーが切れる音が聞こえて、僕は何度か瞬きをした。


本当に死ぬかと思った。


ぬいぐるみが裂けて綿が飛び散っている他、壁には他にも穴が開いたのを塞いだような跡がある。

それを見て僕はゾッとした。


ウィーン……


扉が開いて、見た事のある顔の青年が入ってきた。

顔や身体に無数の傷痕があるその人は、緋月様の部屋で紹介されたラファエルの聖也さんだ。

傷だらけだったが、その傷は良く見ると左側に集中していることに僕は気づく。


「智春……だったっけか。緋月様付きの」

「はい」

「お前が悪いぞ。途中からしか聞いてないが、優性思想を振り翳すなら赤紙ではなく黒旗へ入るべきだな」

「……明確な優性思想というわけではないです。でも、可哀想で……」

「………………」


聖也さんは少しの間黙った。

目を背けていた僕は誠也さんの方を見ると、僕に向けて険しい表情をしていた。


「…………お前、緋月様付きの自覚が足りないな。今の発言は俺も虫頭が走った」


聖也さんは理沙さんの身体を担ぎ上げ、天蓋付きのベッドに仰向けに寝かしつける。


「言動に気をつけろ。可哀想? ふざけんな」


そうドスのきいた声で言われ、僕は委縮する。


「俺たちをのはお前だろ。お前の価値観を押し付けてくるな」

「……ごめんなさい」


嫌悪感をあらわにしてそういう聖也さんに僕は謝罪することしかできない。


「俺たちは俺たちで、苦痛と戦いながらも、緋月様のに対して希望や生きる意味を見出して、必死に生きてんだよ。勝手に見下して、勝手に憐れんで、それでお前は俺たちになにしてくれるって言うんだよ」


聖也さんは悔しさとも取れる感情をむき出しにする。


「お前は……自殺未遂しただけだろ。それで緋月様にあんなに目をかけてもらえるなんて……


座り込んでいる僕を無理やり立たせ、そして乱暴に扉の方へと押しやる。


「さっさと出てけよ。ここはお前みたいな平和ボケした人間が来る場所じゃねぇんだ。見物するみてぇにくるな」


閉め出された僕は、反論する余地が全くなかった。

弁解をすることもできなかった。

和解することもできなかった。


結局、僕は何が正しいのか解らなくなっただけだった。


自分の中の確かな“緋月様は正しい”という感情がいびつゆがんでいく感覚に、心が掻きむしられるだけだった。



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