第15話 こちら寿司出前専用受付ダイヤルです




その日、僕が法律の勉強をし終わった後に呼び出しをされた。


僕が教室を出ると、待っていたのは4区代表の園さんだった。

相変わらず、くせ毛が目にかかっていることをまったく気にしていない様子で、やせ細っている身体と無機質な目をしていた。

話をしたこともないのに、どうしたんだろう。


「今日、少し君に私の仕事を手伝ってほしいんだけど、空いてる?」


口元は笑っているように見えるのに、目は全く笑っていなかった。抑揚のあまりない、淡々とした声で園さんは僕にそう言った。


「緋月様の許可をいただければ大丈夫です。どういったことでしょうか?」

「4区の人間が1区で作業する作業監督だね。私のところの記録係が病欠しててね、お願いできないかな?」


なんで僕なんだろう。第三者委員会の人にお願いできないのだろうか?


「……解りました。緋月様に許可を取りますね」


僕は緋月様の電話番号に電話をかけた。忙しい緋月様は出てくれるだろうか。


「……はーい。こちら寿司出前専用受付ダイヤルですー……」


数秒の呼び出し音の後に緋月様は電話に出てくれた。いつも通りのけだるげな声で意味不明なことを言っている。

僕が返事に困ったが、そのボケに乗ることにした。


「お寿司の出前を頼みたいんですが、よろしいでしょうか」

「あぁ、智春君? はははは、どこに何の寿司を出前するのかな?」

「4区の園さんが僕を出前してほしいそうなんですが、よろしいでしょうか?」

「園が? 用件は何?」


緋月様はふざけていた口調から急に真面目なトーンで話し始めた。

僕はその声のトーンに寿司のくだりを続けることができなくなった。


「えっと……園さんに今日、4区の人間の作業監督を手伝ってほしいと言われたのですが、行ってもよろしいですか? 側近の方が病欠されているようなので……」

「…………智春君、表情を変えずに適当に相槌打ちながら聞いて」

「はい……」


神妙な声に、僕は緊張が走るが表情を変えずにと言われたから、僕はできるだけ表情を変えないように話を続けた。


「行ってもいいけど、園には気を付けて。あいつちょっと……問題があるから」


――え……? 問題?


しかしそれを今聞くことはできなかった。


「……はい」

「アダムをつけられないから、何かあったらすぐに私に連絡するか、自分の身は自分で守らないといけないよ?」

「はい……」


――どういう意味だろう……?


僕はその得体のしれなさに恐怖感を覚えた。自分の身を自分で守ることが僕にはできるのだろうか。


「ちょっと園、そこにいる? 代わってくれないかな」

「はい、解りました。…………園さん、緋月様がお話したいと」


僕は自分の電話を園さんに手渡した。


「はい、替わりました。園です」


園さんは緋月様と話しているときも、口元は笑っているのだが目は全く笑っていなかった。


「いえいえ、もちろんですよ。緋月様のところの大切なお坊ちゃんですから」


盗み聞きするのは気が引けたけど、何を話しているのか気になってしまう。暫くして園さんは電話を切って僕に渡してきた。


「許可がおりましたので、食事の後に4区の扉のところまで来てくれるかな」

「はい、解りました」


「問題がある」なんて言われても……と、思いながら僕は赤紙の食堂に向かい、手早く食事を済ませようとしていた。

食堂は赤紙の職員たちでにぎわいを見せている。

食事をもって、いつも通りの隅の方の空いている席に座って食べ始めようとしているときに少し離れた席に座っている人たちの会話が聞こえてきた。


「なぁ、お前緋月様にいつ告白するんだよ」

「なっ……無理だよ……」

「なんでだよ、この前お前、緋月様に覚えてもらってたんだろ? いけるって!」

「光に殺されるよ……それにアダムも怖いし」

「まぁ、確かにアダムはこえぇよな。光との関係もそんなんじゃなさそうだぜ? でも光はずるいよな」

「ほんとほんと、どういう経緯か解らないけど、無能のくせに緋月様の側近だろ? ほんとあのヤンキー男ズルいよな」


僕はそれを聞いて嫌な気持ちになった。

光さんは確かに横暴だけど、良いところもあるのにと。

もちろん僕も最初は怖かったけれど、光さんも、アダムも、本当は違うのに……と思った。

その時に緋月様の言葉を思い出す。

先入観と固定観念で相手を見てしまうということは、きっとこういう事なんだろうなと。

自分が今までそうしてきたことが恥ずかしくなった。

僕はそれ以上聞きたくなかったので、急いで食事を済ませて食堂を後にした。




◆◆◆




「お、早いね。待たせちゃったかな?」


僕が4区の大門の前で待っていると、園さんがトマトジュースを飲みながら現れた。


「いえ、大丈夫です。達美さんに早く来いと言われたのが、なんだか癖になってしまって……」

「ふふふふふ……達美は時間に厳しいからね。私となんて待ち合わせすらしてくれないよ。いつも有事のときは現地集合。それでも5分前でも怒られちゃうんだけどね」


園さんは空虚な笑いだけが残る。愛想笑いを僕が向けると、園さんは別の話題をふってきた。


「ちゃんと食べた? 育ち盛りはきちんと食べないと」

「園さんこそ……かなり痩せていらっしゃいますが……」

「あぁ、私は偏食だからね」


そんな雑談をしながら、僕と園さんは1区の監督作業へ向かった。

そこでは番号の書いてある服を着た人たちが首輪をつけ、両足の足枷に鎖がついているものを全員がしていた。

逃げられないようにとつけている。

作業内容は1区のゴミ処理業務だった。


僕は小さい頃にこういう人達を見てきた。

1区の人間はこういった区外者に話しかけてはいけないと、きつく教えられていたし、この人たちは1区の人間に話しかけてはいけないという決まりがある。

とどのつまり、話をしたりしてはいけないのだ。


「作業者の記録っていうのはね、キチンと仕事をしているかどうか見張ったり、一人ひとりの能力値を測定するためにも結構重要な仕事なんだよ」


園さんは4区の人間を見ながらそう言った。


「例えば、あの34番と79番を見て。34番は淡々とゴミの識別をして仕事しているでしょ? でも79番は……ほら、たまに手が止まってゴミを見ているでしょ? 何をしていると思う?」

「何ゴミか解らなくて、考えているんじゃないですか?」

「ふふふ、違うよ。あれはね、特定のゴミに対して何かしらの思い入れがあるからたまにじっと見つめたりするんだよ。よく見ていてごらん」


僕は5分程度79番を見ていた。

すると一定の傾向が見えてきた。食べ物のゴミと思われるものを見つけると少し見つめているような気がした。


「食べ物のゴミ……見ていますね」

「そう。食事に対する欲求不満があるのかもしれないね」

「はぁ……」

「罪状を見てごらん」


僕は資料の79番の罪状を確認した。


「食料品の窃盗……2回」

「じゃあ34番は?」

「…………傷害2回。相手の顔を殴るなどした罪」

「そうそう、つまり短気で自制が効きづらい傾向かな。ゴミの分別も早いけど、少しいい加減でしょ?」


確かに見ていると、時々分けるべきゴミもそのままにしているところもあった。


「ね? 作業にも罪状がなんとなく関与しているでしょ? それを上手く見抜いて配属して、作業効率を上げるためにも重要なんだよ」


事件の記録係の仕事ばかりだったから、こういう分野の記録係もあるのかと素直に思った。

その日は園さんについて回って、何番がどうだとか、こうだとかって話をして仕事を終えた。

なんだ、緋月様は園さんに問題があるって言っていたけど、全然ないじゃないか。


「ねぇ、立ち入ったことを聞くようだけど、君は鬱病?」


赤紙本部に戻るときに園さんは僕にそう聞いてきた。


「いえ……どうでしょうか」

「自殺しかけたって話でしょう? そうかなって。だとしたら7区の佳佑と同じだね」


7区の代表の佳佑さんも、自殺未遂を何度もしたことがあったと聞いたことがある。


「区の代表者はほぼ全員精神疾患者だと伺いましたが……園さんも、えっと……なにか?」

「私は……ふふ、秘密」


不敵な笑みを浮かべている園さんに、得体のしれない怖さを僕は感じた。

この人には何故か得体の知れなさがあって時々だが怖いと感じる。


「渉君と光君が、どういう精神疾患があるのか知ってる?」

「詳しいことは何も知らないですが……」

「渉君は『性同一性障害』で、光君は『心的外傷ストレス障害』だよ」

「……確かに渉さんは……そうかなって思っていました。女性らしいときもありますし、緋月様が渉さんのことを女性扱いしますし、呼び方も『わ子』と」


性同一性障害とは、自分の性別に違和感を覚えるというもので、渉さんの場合は身体は男ではあるけれど、内面は女性という状態なのだろう。

だから緋月様は渉さんのことをという。


「光君のことは……緋月様が硬く口止めしていることだから、私が言ったことは内緒だよ?」

「………………」


そんなことを聞いていいのだろうかという後ろめたさはあったが、しかし光さんのことは僕もずっと気になっていた。

僕は制止するわけでもなく、そのまま園さんの言葉に耳を傾けた。


「光君は3区で生まれ育ったんだよ。国に申請しないままの子供ってたまに事件で出るけど、光君はその中でもかなり酷かった。発見されたのは2年前だからね。18歳の時に発見されたんだよ。今の君と同い年のときだね」

「そんなことが……でも、そんな大事件だったら大きく取り上げられるはずではないですか?」


せいぜい3年とか、あるいは長くても5年程度で発見されているが、よほど家の中に閉じ込めて人の目に触れないようにしていたのかもしれない。

でなければそんなこと考えられない。


「そう思うでしょう? でも緋月様はそのときに光君を隠すことにしたんだよ。そういう報道を大々的にしてしまったら、その後の光君の人生がめちゃくちゃになってしまうことを危惧きぐして、身寄りを失った光君を自分が保護することにしたんだよ」


確か……徐々に緋月様が光さんと一緒にいるところを、みんなが見るようになったのは1年前くらいだったと思う。


「虐待に、性的暴行、食事もろくに与えない。子供の腕に刺青を入れさせるとか。そんな生活をずっと18年間してきた彼は酷いトラウマを持っている。緋月様が偶然見つけなかったらまだ彼はその生活をしていただろうね」

「そうだったんですか……」

「保護したときはガリガリに痩せていて、髪の毛も伸びっぱなしになっていた。私もあの時は驚いた。緋月様が甘やかしてしまうのも納得できる。今でこそあれだけ元気になっているが、それでもまだ療養中だからね」

「…………」


そういうことを知ってしまうと、緋月様や他のこれを知っている人が光さんを大目に見ている理由も納得できた。

光さんのあの態度も。

渉さんも厳しくする面もあるけれど、やはり大目に見ているところはある。


「光君にとっては、緋月様は初めて自分に愛情を注いでくれた人だからね、だからあんな感じなんだよ。ふふ、これを私が話したことは内緒だよ」


園さんは自分の口に人差し指をつけて「しーっ」という動作をした。


「……解りました」


初めのとき、達美さんが「3区の……」と言ったときに緋月様が怒って掴みかかったことを考えたら、園さんが言ったことがばれたらこの人も、ただではすまないだろうと思った。


「ところで、私も聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「……なんですか?」


その目の怪しい輝きに、なんだか少し不気味さを感じる。


「緋月様は最近どう? いつも何をしているの?」


なんでそんなことを聞いてくるのだろう。僕は真っ先にそう感じた。

それに、そんなことを答えていいのだろうか? 躊躇ためらいながらも僕は当たり障りのないことを答え始めた。


「……詳しくは解りませんが、寝ずにお仕事をされているようですよ」

「へぇ。部屋に基本的にいるのかな?」

「いえ……研究室に行っていたり、あとは――――」

「あとは?」


園さんは食い気味に僕に聞いてきた。僕は怖くなってきて、口ごもった。


「えっと、ごめんなさい。個人情報でもありますし、緋月様に直接聞いていただけますか?」

「教えてくれないんだよね、彼女。秘密が多いじゃない?」

「なんでそんなこと……聞いてくるんですか?」


今まで見た中で、一番不気味な笑みを浮かべて園さんは答えた。


「ふふふ、私も緋月様のこと大好きなんだよね」


その時の身の毛もよだつような笑みは、僕は一生忘れることは出来ないと思う。




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