第2話 死と生の宣告者
【智春 幼少期】
「昔々、人を滅ぼそうとする悪い悪い悪魔が現れました。人々はその悪魔に怯え、苦しみ、絶望しました。しかし、そこに同じ悪魔族と契約した、紅い月からの銀色の髪の使者が現れ、その悪魔を倒し、人々に秩序と安息をもたらしました」
その、何度目か解らない古びた絵本を僕らは何度も読んでもらった。
その絵本の表紙には真っ赤な月と、銀色の長い髪がたなびく女性の絵が描かれている。
「それが、ひづきさまなの?」
「そうよ。だから緋月様はこの国の英雄なのよ」
母さんは同じ布団の中で眠る前に、僕と弟の
「でも怖い人なんでしょ?」
「何歳なの? おばあちゃんなの? お月様からきているの?」
僕らがそう口々にいうと、母さんは少し困ったような顔をする。
「怖くないわよ。母さん、緋月様とお話したことあるけど、優しい人だったわよ。それに母さんより若かったし」
「えー! 母さんすごい!」
「なんでなんで! だって母さんよりも長生きしてるんでしょ? 月から来てるから!?」
母さんは笑って僕らに布団をかけなおした。心許ないライトの明かりが母さんの横顔を淡く照らしている。
束ねた髪の中に何本かキラキラしている髪が混じっていた。
「母さんもひづきさまみたいになるの?」
「どうして?」
「お髪、キラキラしてる」
「え……あぁ……そうね。もしかしたらそうなっちゃうのかもしれないわね」
母さんは、自分の髪を触った。
なんだか悲しそうな顔をしているように見えた。
気づいていない雪尋を置いて、僕は幼いながらもその表情を見て気持ちに不安が立ち込める。
「母さん……」
「智春、いい子ね。母さんは大丈夫よ」
そう言って僕の頭を撫でてくれた。それに、いつものように微笑んでくれている。
「ほら、明日も早いんだからこの話はまた今度ね」
そうして電気を消した。
僕はひづきさまを想像して、わくわくしながら中々寝付けなかった。
紅い月からきた英雄のひづきさま。
いつか僕もお話しできるかな。
◆◆◆
【智春 現在】
僕が退院する日、緋月様は僕を迎えに来てくれた。
国の中で一番で忙しい人なのに、僕なんかの為に動いてくれるなんて信じられない気持ちでいっぱいだ。
母さんが言っていたように優しい人なんだろうか。
しかし、18歳になって解ったけれど、緋月様は残酷なことを仕事にしていることを知っている。
赤紙の罪人への容赦なさについて、
国王の収める王政府、赤紙、第三者委員会と黒旗の4つの大まかな組織がある。
しかし、実質一番権力があるのは赤紙だ。
罪を犯せば、罪の種類にもよるが赤紙と第三者委員会に連絡が行き、管轄が決まり次第、赤紙の者と第三者委員会が共に解決していくことになる。
王政府はただの飾りと言っても過言ではない。
実質は赤紙がすべての取り仕切りをしている。
だから緋月様は王と対等、もしくはそれ以上の存在だった。それは緋月様が特別な存在だからだ。
『死神』の異名がある彼女は、目の前に現れて死を与えるか、生を与えるかという意味で『死と生の宣告者』とも言われている。
更には巨体の人喰いの悪魔である『アダム』を従えている。
見たところアダムの姿はない。
今はいないのだろうか。
「あぁ、大丈夫? 声出るかな。出せなかったら無理に話さなくてもいいよ」
銀色の長い髪が風に揺られて眩しいくらいに輝く。
まるで水面に反射する光のようだった。
「大丈夫です。だいぶ良くなりましたから」
「そうなんだ。そんな声していたんだね」
まるで、こうしてみると普通の人間のようにしか見えない。
しかし、その悪魔の細胞と身体を同化させて半分悪魔になってしまっていて、見た目は人間と相違ないが身体を自在に変化させることができるようだ。
よく翼を形成して飛んでいるのを見かける。
「わ子、レイ、お待たせ」
「おせえよ緋月」
車の前には二人の人がいた。
緋月様に不機嫌そうに話しかけるのは、左半分の髪だけを伸ばし金色に染めている背の高い細身の男で、左腕に茨とトカゲの刺青をしている。
緋月様の側近の『
「ごめんごめん」
「緋月様、その方が?」
そう言ってきたのは地味な見た目で、声は男性の声だが見た目が男とも女ともつかない少し太り気味の男性。
緋月様の側近の『
頭がよく、武道にも長けている文武両道の逸材だ。黒く長い髪を後ろで1本に縛っている。
「そう、この子」
渉さんは僕に軽く
緋月様と一緒に後部座席に乗って、僕らは移動し始めた。
「さて……智春君、君にいくつか聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
外の景色が目まぐるしく流れていく。
渉さんが運転で、光さんは助手席で脚を前方向に投げ出して、退屈そうに外を眺めていた。
「はい……」
「私の経験上、君のお父さんは7区へ移動というのが妥当な線だと思うんだけど、君的にはどうかな? 子供区にいたときに習っただろうから知っているとは思うけど、各区の簡単な待遇表を一応渡しておくね」
緋月様がそう言うと、運転中の渉さんが緋月様に向かって一枚の紙を渡してきた。
そしてそれを僕に緋月様が渡してくる。
その紙には
【文書】
子供区01:2区以上の人間の子供が集められ集団生活を送り、教育を受けることができる区。勉学に遊戯、ありとあらゆるものが揃っている子供の区。子供区に寝泊まりすることもできるし、親と暮らすこともできる。18歳になると成人と見なされ1区へ移動となる。国で決めている法を犯すような、他者に加害行動を与えるなどの問題行動が改善されない者は、01区内の特別区、あるいは子供区02に移動となる。素行改善が見られたことで慎重考慮がされ、01区に戻ることはある。
子供区02:3区以下の人間の子供が集められ、主に機能としては子供区01と相違ない。しかし親との面会は制限がつく。
金色区:1区民であり、三頭身以内に2区以下の人間がいないことを条件に高額納税をすれば住める区。あらゆる娯楽施設が揃っている。
ウィルスキャリア区:2区以上のあらゆる感染症に罹患している患者が移動される区。感染症治療の最先端であり、疾病が完治すれば出ることができる。
0区:家畜などを放牧、農業などを行っている。国で一番の面積を誇る。
1区:優良市民の街。1区のみの特権として働かなくても毎月食事に事欠かない程度のお金が与えられる。働くこともでき、働いた分の収益は自分のために100%使用できる。税金はかからない。娯楽街もある。
2区:1区で他者に多大な迷惑をかけた人間が住む。明確な罪ではなく、本人の社会貢献度を考慮して半年から一年程度で、1区に戻ることも可能。働かなければ生活は出来ない。税金は給与から5%取られる。
3区:2区で罪を犯した者や軽犯罪(窃盗、軽度わいせつ行為、軽度傷害、違法薬物所持等)を犯した者が住む。更正したとしても1区、2区には戻れない。税金は給与の10%。他区間別での労働時には監視が付き、不正行為や更に軽犯罪を犯した場合は相当の下区へ、重犯罪(強姦、重度傷害、拉致監禁・軟禁、放火、故意ではない殺人等)などを犯した場合は7区以下の適当な区へ移動となる。
4区:3区で罪を犯した者が入る。税金は給与の12%。更生次第で3区に戻れる。
5区:4区で罪を犯した者が入る。税金は給与の14%。更生次第で4区に戻れる。
6区:5区で罪を犯した者が入る。税金は給与の16%。更生次第で5区に戻れる。
7区:6区で罪を犯した者や、重犯罪を犯した者が入る。他区間での労働もかなりの条件がつく。2区より上の区には一切の立ち入りが禁止される。業務内容も選ぶことができない。厳重な監視の元過酷な労働を強いられる。自分の意思で医療機関を受診することができない。給与は金銭ではなく、飲料、食料品が一日三回支給される。
更生したとしても6区より上の区には戻ることができない。
8区:7区で罪を犯した者が入る。食料の配当は一日二回。更生次第では7区に戻れる。
9区:8区で罪を犯した者が入る。食料の配当は一日一回。更生次第では8区に戻れる。
10区:利己的な理由で殺人を犯した者や、9区で罪を犯した者が入る。死刑を待つばかりの者であり、人としては扱われない。無法地帯。食料の配当は一日一回。生きるのに必要最低限の物が与えられる。更生が見られたとしても、9区より上の区に戻ることは出来ない。
僕はその紙を見て、改めて非情な政治体制を感じた。
7区……かなり厳しい処遇になる。でも明確な罪を犯したわけでもないのに、そんなことが可能なのだろうか。
「裁判とか……しなくていいんですか?」
「あぁ、私の場合は裁量に関して委ねられているから問題ないよ。第三者委員会にも資料投げてあるし、既に処罰対象で認定されているから。処罰内容は勿論第三者委員会の人も立ち合いになるけど」
さすが国の最上位者。
面倒な手続きの類は省略しても構わないということか……
「……こんなこと、君に言うのは忍びないけど、今回の最悪の場合は10区に移動か、本人の
僕は拳を握りしめた。
それは、父を哀れに思ってのことではない。死別が悲しいわけでもない。
いくつもいくつも悪事に手を染めている父が許せなかった。
どうしてそんな人の為に母さんは死ななければならなかったのかと、僕は下唇を噛みしめた。
「どうかな? 本人の意見を聞きたいんだけど。7区は重すぎると思う?」
「いえ……7区ですら軽く感じます……」
僕は父が憎かった。
借金をして、その負債だけ母に押し付けて
そのことを思い出すと僕はこらえきれずに涙が出てきた。
「ハンカチ、使っていいよ」
緋月様はそう言って、赤い色のハンカチを僕に手渡してくる。
「ごめんなさい……」
「解った。君の意見は落ち着いたらでいいよ。あと、それとできればお願いしたいことがある」
緋月様はそういって僕の肩にそっと手を置いた。
その手の冷たさと、得体の知れなさに僕は身体を硬直させる。
「な……なんですか……?」
「それはね……」
緋月様が顔を近づけてくる。僕はそのまま喉を咬み切られるのではないかと目を強く閉じ、そして覚悟をした。
そして小声でそれは聞こえた。
「私の下で働いてほしい」
「え……?」
僕は目を開いて緋月様の方を見た。顔がものすごく近い。
距離にして10センチもない。
キスできてしまうような距離。その真紅の瞳や、白くて美しい肌に僕は見とれた。
人間ではないと理解はしつつも、その美しさに。
「おい緋月! 何イチャイチャしてやがるんだ! さっさと離れろボケ!」
光さんが割って入ってきて僕と緋月様と強引に引きはがす。
ものすごく険しい顔をしていて、僕はその恐ろしさに思わず委縮した。
「ははは、レイ。そんなにムキにならなくてもいいでしょ。ははははは」
緋月様は何がおかしいのか笑い出した。『レイ』と呼ばれた光さんは僕を睨み殺す勢いで鋭い眼光を向けてくる。
「うるせぇよボケ緋月。お前は相手との適切な距離が足りねぇんだよ!」
「光、助手席で暴れないでください。あとシートベルトをつけてください。急ブレーキ時に投げ出されますよ」
渉さんは呆れたようにそう言う。
「ごめんごめん、レイ。悪かったよ」
光さんと緋月様の恋愛報道はよくされているが、それは本当なのだろうか?
「おい、お前」
光さんが僕の方を睨みつけてこう言った。
「俺はてめぇと仕事なんかできねぇ。よく覚えておけ」
なんて答えていいか分からない僕は、緋月様に助けを求めて彼女の赤い瞳を見たが、笑ながら口に人差し指をあてていた。「しーっ」と、それ以上何も言うなということだろうか。
その後の車内は気まずい沈黙が流れた。
大都市の摩天楼が日差しをことごとく遮って影を落としている様子を僕は眺めながら考えていた。
緋月様と働くとは、どういう意味で、何を意味するのか。
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