46.異世界少女は現実世界で夢を見る

 休日の日曜日。私、コロンこと坂下香さかしたかおりはクッキーを作っていた。

 ほぼ毎日ログインしていたVRMMOが、急なサービス終了になってから数週間。ゲームの中では料理ばかりしていたせいか、空いた時間に料理をするのが習い性になってしまった。

 とは言っても高校生が自宅で作る程度の量だ。ゲームの中のように屋台で売るわけでもなければ、いくら食べてもカロリーゼロ、というわけにもいかない。控え目に作ったつもりが、思ったよりも多くて、こっそり学校の友達にプレゼントしていたりもする。


 クッキー生地を混ぜるのに使っていたボールやヘラは、クッキー生地を冷蔵庫で休ませている間に洗う。残った薄力粉やバターなんかの片づけも一緒に済ませる。

 まだこれからも洗い物は出るけど、最後に回すと台所がすごいことになるし、何よりお母さんに怒られる。

 少しでも手が空いたら片づけをしないといけない。

 この辺りはゲームの中は楽で良かったのにと思う。材料は収納に入れればいいし、調理器具はスキル一つで綺麗になる。


 ゲームのサービス終了は、本当に突然だった。

 アリスさんから、MP切れのバグのことで、しばらくログインしないようにと言われ、数日の間、ログインを我慢した。

 その間に何かあったらしいというのは、サービス終了を知ってから調べて知った。


 大勢のプレイヤーが倒れていたとか、亡くなった人がいるとか、いや病院送りになっただけで亡くなってはいないとか、噂はいろいろと見つかった。

 表向きは赤字倒産によるサービス終了だったが、運営会社のビルにいかにも捜査官みたいな、体格の良いスーツの人が何人も入っていく写真なんてものも、ネットに上がっていた。顔は写ってなかったし、ただの社員という可能性もあるけれど。


 ゲームは終わってしまったけれど、そこで出会った中の何人か、カグヤやサシミンとは今でも連絡を取り合っている。

 でも、アリスさんとはあれっきりだ。

 ゲーム内で別れたまま、連絡を取る手段もない。


 冷蔵庫からクッキー生地を取り出して、薄く延ばす。

 型抜きで一枚づつ抜きだして、穴だらけの生地をまた丸めて薄く延ばす。

 全部の形が整うと、一度には焼けない量が出来上がってしまった。もちろん一人どころか、家族で食べきるにも何日もかかりそうだ。仕方ない。学校の友達にはカロリーをお裾分けすることにしよう。


 余熱したオーブンに入れれば、生地を伸ばすのに使ったまな板や型抜きを洗う。

 ついでにお湯を沸かして紅茶を入れれば、丁度一回目のクッキーが焼きあがる。

 焼けたクッキーをお皿に移し、二回目をオーブンに入れたら、熱いままのクッキーを食べようと思う。出来立てのクッキーは、冷める前よりも少しだけ柔らかくて、少しだけ別の食べ物になる。


 本当は、カグヤやサシミン、そしてアリスさんと、ゲームの中でしていたようにお菓子を食べて話しをしたい。住んでいるところが遠いから、カグヤやサシミンと会うのも難しいし、アリスさんなんて連絡先も分からない。

 それでもいつかは、と思ってしまう。


 二回目のクッキーをオーブンに入れ終わる。

 そのとき、突然人の気配を感じた。サクリとクッキーを食べる音まで聞こえてくる。

 びっくりして急いで振り返る。


「アリスさん!?」


 金色の髪に白い肌、赤い瞳。赤く輝く瞳は、宝石のように美しい。

 そこにはゲームの中で見たままのアリスさんがいた。


「いただくわね?」


 クッキーを片手に、アリスさんはそこにいた。


「なんでここに居るんですかーー!!!」


 休日の住宅街に、コロンの叫び声が響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界少女は仮想世界で夢を見る 工事帽 @gray

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ