44.異世界少女は狩りをする
真っ暗な街の外。背後の街、そこから漏れる街灯のか弱い明かりは、月の光よりも弱い。
その月の光でさえ、わずかに海に反射して、うごめく波の気味の悪さを演出しているに過ぎない。
そんな足元さえも覚束ない夜の闇は、開発時にそう設定されたものではあっても、実際に闇の中を走ることとなれば不安を覚える暗さだ。
しばらくの間駈けて、目標の座標のすぐ近くまで到着する。
そこには、ザワザワと波の音だけが聞こえる浜辺には、戦いの音どころか、人の影すら見つからない。
それでもログの座標に間違いはない。その場所へ至り、そこに真っ黒にしか見えない何かがあるのを確認して、指示を出す。
「明かりをつけろ」
男の指示で、大きな杖を持った開発メンバーが明かりの魔法を使う。
杖の先端に灯された明かりが、杖を持つ女性キャラと周囲を照らす。キャラ名「プリティ☆ミカ」。コンセプトは魔法少女。何重にもフリルのついた膝上のスカートというあざとい衣装を着ているが、中身は男性のロールプレイだ。本人とは似ても似つかない姿から微妙に目を逸らす。
明かりに照らされ、砂浜に倒れている開発メンバーの体には、胸の位置に大きな穴が開いていた。
それだけを見て取る間に、開発メンバーの体は掻き消える。身に着けている装備品も、傍に落ちている槍も同時に掻き消える。
死亡判定により消滅したのだろう。ほどなく街の中にリポップするはずだ。
今、消滅したということは、倒されてからすぐのタイミングで到着したということだ。
周りを見渡す。
杖の灯り一つでは、闇を見通せない。それでも、まだ近くにいるはずだ。
「全員、明かりを持って探せ!」
プリティ☆ミカが開発メンバーに明かりをつけて回る。
鞘の先端や、頭の上、お尻など、明かりをつける場所はそれぞれだ。流石にお尻の明かりは付け直すように言った。
全員が明かりを持って周囲に散っていく。
見つけ次第、すぐに全員が駆け付けられるように、全員のログを目の前に広げる。
マップの座標に加えて開発メンバーのステータス。例え開発メンバーが不意打ちで倒されたとしても、すぐに駆け付けられるように。
しかし、赤い眼の少女が見つからないまま、夜が明けた。
「くそっ」
青い空、白い雲、ついでに白い砂浜に打ち寄せては返す波。なにもかも憎らしい。
赤い眼の少女を見つけることが出来ないまま、あたりは昼間の景色に変貌した。見渡す中で動くものは、数体のシー・スラッグがゆっくりと這っているいるだけだ。
夜が明けたばかりのこの砂浜には、赤い眼の少女ばかりか、他のプレイヤーの姿すらない。
十分な戦力を用意した。そのはずだった。
そのために二人で先に襲撃させて戦力を計ったのだ。
誤算だったのはゴーレムだ。街の中にあれほど多くのゴーレムを潜ませているとは。
プレイヤーが一度に使役出来るゴーレムは一体だけだ。
付与術で作り出すゴーレムは動きの鈍い人型で、多くの付与素材を加えて、レベルを上げることにより、より大きく、より力強く成長させるものだ。
一度に何体も使役したり、素早さを上限近くまで上げた開発メンバーに対抗できるものではない。
「
この世界のルールを壊す者め。
この世界のルールは、現実世界の法律なんていう半端なものとは違う。ルールに違反する行動は「出来ない」。警察も収容所もいらない。ルールには違反出来ない。それがこの世界だ。
完璧な世界だ。
完璧な世界になるはずだった。
それを乱すのが
その構造を全て解析し、再び完璧な世界とするために処理しなければならないのに。
しかし、逃げられた。
なんということだ。
戦力はこちらが上だったというのに、隙をつかれた。
だがこちらの兵は無限に復活する。必ず追い詰めてみせよう。
周囲に散っていた開発メンバーを集め、新しい任務を与える。
この街があの赤い眼の少女の拠点だ。街の門と領主の屋敷の見張りを配置する。残りのメンバーは石像の確保だ。
ゴーレムが乱入出来ないように、所有権を無効化して収納に仕舞い込む。開発メンバーだけの特権ルールだ。
「あとは、倒された三人か」
昨日の昼間に倒された二人は、未だに反応がない。
再び業務につくように、新しいルールで縛る必要がある。
夜に一人で戦って倒されたメンバーにも、赤い眼の少女の戦闘方法を確認しなければならない。それを知りルールを更に強固なものとする。
次こそは捕らえるのだ。
だが、その決意は早速つまづくことになった。
街の広場、死亡時の復活地点になっているそこには、倒れたままの三人の姿があった。
一人は長剣を持った剣士、一人は短剣二本を腰にさした盗賊頭、一人は槍を持った槍術士。全員が開発メンバーだった。
夜に倒された槍術士の沙悟浄。彼の胸に開いた穴はすでに塞がっている。それはそうだ。リポップした時点で傷は全てなくなる。そういうルールだ。
昼間に倒された剣士のロック、盗賊頭の伏木も胸に受けた攻撃で死亡していたはずだ。こちらも傷は残っていない。
だが、三人共倒れたままで起き上がってはいない。
すでに夜明けから少し時間が経ち、広場には他のプレイヤーの姿もちらほらとある。
そんな中で倒れたままの三人の姿は異常だ。
たまに、気にするプレイヤーが居ても、近付く前に他のプレイヤーに話し掛けられては広場を離れていく。
(どういうことだ)
広場に足を踏み入れると、すぐに知らないプレイヤーが寄ってきた。
「にいさん、倒れてるヤツらに触っちゃダメだぞ」
「どうしてだ?」
「ストーカーだからだよ。運営には連絡済みだから、触っちゃダメだ」
「そうか」
一旦は物分かりお良いふりをして広場を離れる。
ここで騒ぎを起こして目立つわけにはいかない。
(どういう意味だ)
開発メンバーは全員、ここ数日、赤い眼の少女を探していた。ストーカー疑惑を掛けられるような行動はしていないはずだ。
そして何よりも、倒れたままでいるのがおかしい。
なぜ倒れたままでいる。戦いがどういうものであったとしても、リポップした時点で傷も状態異常も回復するはずだ。
考えをまとめるために、大通りから外れて路地へと入る。
人の目がなくなったところで、建物の壁に背を預け考える。
死亡判定によりプレイヤーは、街の広場で復活する。その時、HPは最小限、MPも最小限だ。MPをまったく使っていなくても、リポップ時には最小限の値に変わる。最小限とは、これ以上減ると気絶するという値だ。その値は、MPの最大値に従って変化する。
MPが最小限になるのは復活に掛かるエネルギーを補填するためだ。広場への転送と復活はシステム側が自動で行う。そのためのエネルギーもシステムが供給する。
しかし、全てをシステムに依存していては、大勢のプレイヤーが死に戻りを繰り返すだけで、エネルギーが枯渇する可能性がある。
それを防ぐために、死亡時に経験値の減少などのペナルティもあるが、完全な抑止力になるかというと微妙だ。エネルギーの枯渇だけは避けなくてはならない。大規模なレイド戦などで一斉に死に戻りする可能性がある以上は、プレイヤーからエネルギーの補填が必要だ。
それを分かりやすく表現したものがMPの減少で、実際にはリポップ後にプレイヤー自身からエネルギーを徴収する。エネルギーの徴収で、プレイヤーは復活時に倦怠感を覚えることになる。そして倦怠感をMPが減ったせいだと考える。本当は逆だが。
最後に状態異常。毒やマヒ、気絶やステータス減少は復活時に全て消える。
例え、頭に攻撃を受けて気絶しても、リポップと共に目が覚める。
そう、目が覚めるのだ。
となれば、リポップ後に気絶させられたか。しかし、街の中での攻撃は無効化される。開発メンバーのように管理者権限を持っているか、赤い眼の少女のようにルールを無視する
普通のプレイヤーが街の中でダメージを発生させることが出来るのは、戦闘イベント中のNPCに対するものくらいだ。
「まさか……」
赤い眼の少女が街に戻っているのだろうか。
開発メンバーに追われて、街から出たとみせかけて。夜の闇の中を。
「いやしかし……」
最後に戦った槍術士一人だけなら分かる。だが、残り二人は昨日の昼間に戦っている。戦いの後、すぐに領主の館に向かったのは確認しているし、その後は夜の戦いが始まるまで領主の館から出てはいない。
考えても結論は出ない。
何かルール外のことが起きていることだけは確かだ。
であれば三人の復帰を急がなければならない。
「運営に連絡済みならば丁度いい」
問題のあるプレイヤーを隔離するための措置がある。
二人以上の開発メンバーの承認を持って行う措置で、指定したプレイヤーを出入口の無い部屋へと転送するものが。
その部屋は尋問室と呼ばれていて、隔離している間にログの調査や本人への確認を行う。問題行為の確認が終われば凍結かBANだ。
そのための転送を使えば、広場に踏み入らなくても三人を回収することは可能だ。
問題は二人以上の承認。この方法を使うためには、街の中に散っている開発メンバーの誰かと合流する必要がある。
「近いのは誰だ」
閉じていたログウィンドウを開き、座標の数値から近い開発メンバーを探す。
数値だのログは地図上に表示されるわけではない。少し使い勝手は悪いが、自分の座標と数値の差分を見ればいいだけのことだ。
「風見鶏が近いか」
その人物は夜の戦いでは悪夢の中から出て来たような、ウサギのゴーレムと戦っていた開発メンバーだ。
ゴーレムの回収を命じていた一人が、今の位置からは一番近い。
「なに!」
だが、その座標は一瞬で移動する。
移動先は街の広場だ。
それはつまり、リポップしたということ。
それはつまり、誰かに倒されたということ。
街の中、本来ならば戦えるはずもない場所での死亡。それはつまり。赤い眼の少女が、この街の中にいるということだ。
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