43.異世界少女は夜を駆ける

「『姿なき導き』」


 開いた扉越しに、串が風に導かれて飛んでゆく。

 追い越していく・・・・・・串を視界の隅に確認し、軌道を上に跳ね上げれば、串は建物の屋上からこちらを伺っていたプレイヤーの額に突き刺さる。


 ……ドサリ。


 数秒遅れて、落ちて来たアバターが地面でぶつかり、消滅する。

 それとほぼ同時に、周囲の物陰から何人ものプレイヤーが飛び出してきた。


『名前:沙悟浄 職業:槍術士 レベル:不明 能力値:不明』

『名前:フォルテ 職業:使役者 レベル:不明 能力値:不明』

『名前:プリティ☆ミカ 職業:魔法使い レベル:不明 能力値:不明』

『名前:風見鶏 職業:山師 レベル:不明 能力値:不明』

『名前:ぺろりすと 職業:霊薬師 レベル:不明 能力値:不明』


 飛び出してきた全員が武器を持ち、虚ろな瞳をしている。そして鑑定の結果も、昼間に戦った運営の二人と同じだ。

 アリスの攻撃に反応して飛び出したはずが、その瞳はアリスを見ていない。焦点のあっていないその瞳は正面を向いているだけだ。


(運営って全員こうなのかしら)


 これでは神というよりも、マナに支配された操り人形だ。


 飛び出してきた運営たちはアリスを囲むように立ち止まる。その位置すらも歪だ。

 アリスから見て右手に三人、正面に一人。左側にも一人しかいない。

 見比べてもマナの量にほとんど差がない。特に強い者を一人で配置しているというわけではなさそうだ。


 だからアリスは左に向けて駆けだす。

 両手で振り下ろされる杖をかわし、脇に軽く手を当てて押し込む。そこを支点にくるりと回れば、たたらを踏む運営の背中と、それに邪魔されるもう一人の姿が見える。

 とは言え、攻撃ではない。軽く押した程度のことだ。

 相手はすぐに立ち直り、五人がアリスの前に横並びになる。


(多いわね)


 短い時間だが、昼間に戦った二人と遜色ない速度なのは見てとれた。

 二人だけでも攻撃を回避するだけで、詠唱の暇もなかったのだ。ともなれば、五人を相手に詠唱する余裕があるとは思えない。

 だから、アリスはあっさりと身をひるがえす。


 背を見せて走り出せば、運営たちもまた走って追いかけ始める。

 それを視界の隅・・・・にとらえ仮初の従者ガーゴイルへ戦闘指示を出す。


 門柱の上から飛び出したネコのガーゴイルは、運営たちの行く手を横切り、足元に潜り込んでは踏み出した足をすくい、飛び掛かっては頭を踏み台にする。

 ガーゴイルは素早い動きで運営たちを翻弄するも、運営たちも武器を手に対抗してくる。運営たちの振るう武器、その全てを回避しきることは出来ない。何度も運営の攻撃がガーゴイルを打ち据える。その間にもアリスは距離を広げる。


「全員でゴーレムに構うな! 一人だけでいい、他はアイツを追いかけろ!」


 ガーゴイルと五人の運営が戦っている場所よりも、少し離れた所から声が上がる。

 そして短剣を持った一人だけを残して、四人はアリスを追って走り始めた。


(あれが指揮をしてるのかしら)


 いくつかの視界を繋げて声の主を確認しながらも、アリスは夜の街を疾走する。

 街灯の灯りが作り出す、光と影のコントラスト。白と黒のストライプの中をアリスが、運営が走り抜ける。


「うわっ」

「なんだっ」

「危ない!」


 夜にもかかわらず街を歩いているプレイヤーたちが、走り抜けていくアリスたちに驚いて脇に避ける。

 街の中心部を避けるように疾走した一団は、城壁の近くを移動する。

 その最後尾へ、丸いシルエットが飛び掛かる。


 卵に手足が生えたような姿をしたそれも、アリスが使役する仮初の従者ガーゴイルの一体だ。

 建物の屋上に設置されていたガーゴイルは、運営の一人の背中に飛び乗ってその動きを封じる。前を進む三人はそれを認識しているのかしていないのか。迷いもなくアリスを追いかけ続けた。


              *


「なんなんだこいつは」


 プレイヤーたちが領主の館と呼ぶ建物の前、少しばかり広くなっているそこには、石像の残骸が転がっていた。数は二体。

 素早い動きで開発チームの邪魔をしたネコの石像に続いてもう一体、ずんぐりとした鳥の石像までもが、姿に似合わぬ動きで襲い掛かってきた。


 この世界にも石像を動かす術はある。

 使役者に転職すると、付与術で恒久的に石像を動かすことが可能だ。ゴーレム作成と呼ばれるその術は、動きの鈍い人型のゴーレムを作り出す。多くの付与素材を加えて、レベルを上げることにより、より大きく、より力強く成長させる。ただし素早くなるわけではない。


 それなのに、赤い眼の少女を守るように襲い掛かってきたこの石像は、素早かった。

 足元を駆けまわるだけではなく、数歩分ではあるが、空すらも駈けてみせた。

 以前の戦いで石像に襲われたとは聞いた。それでも、ゴーレムとここまで違うとは聞いていない。


 そのせいで、後ろから指揮を取るだけのつもりが、ずんぐりとした鳥の攻撃を受けて戦うはめになってしまった。

 石像は二体とも、足止めのためだけの存在だったのか、自分も開発チームの一人もダメージはほとんど受けていない。

 ゴーレムであれば戦う相手を指定するだけで、手加減や足止めのような高度な指示は出来ない。


「やはり侵入者インベーダーのルールは異質か」


 ならば是が非でも捕らえて、その知識を得なければならない。

 ゴーレムの存在は厄介だが、前回も今回も、ゴーレムが現れたのはこの屋敷の前だけだ。広場では使わなかったところを見ると、持ち運べないのか、数が少ないのか。

 何もなくなった門柱の上を見る。ゴーレムが居た場所にはもう何もない。


 先に追跡した開発チームのログを辿れば、追いつくことは可能だ。


「その前に」


 先に倒された開発チームの三人に連絡を入れる。

 ゴーレムが居なければ先に追いかけた四人で十分だが、街のどこかにゴーレムを隠しているのだとすれば、もっと手札が必要だ。


「なぜだ」


 先ほど倒された忍者のカスミからはすぐに応答があった。だが、昼間に戦った二人、剣士のロックと盗賊頭の伏木からは返答がない。

 アバターの能力を引き上げるついでに、命令に従うよう、意志を縛っておいたにも関わらずだ。


「縛りが甘かったか?」


 そんなことは許されないというのに。

 今は時間がない。二人のことは後に回すしかない。


 ログを調べ、忍者のカスミと合流してから三人で駆け出す。

 現実世界では有り得ないスピードだ。それでいて息が切れることもない。作り上げたこの世界に感動を新たにする。だからこそ完璧なルールを敷かなければならないと。

 しかし、その感動はすぐに掻き消えることになった。


 そこには卵に手足が生えたようなゴーレムに、押し潰されてもがいている開発メンバーの姿があった。

 チッと舌打ちを一つして、連れて来た二人に排除を命じる。


 楕円形の丸い体。卵そのものの体から手足だけがひょろりと伸びる。顔の位置には落書きのような眼鼻が書いてあるだけのゴーレムだ。


「ハンプティ・ダンプティか」


 イギリスの童謡で歌われているキャラクターだ。起源については諸説あってはっきりしない。起源よりも有名なのは『鏡の国のアリス』で登場したキャラクターとしてだろう。

 破壊されるゴーレムを見ながら、そういえばこの街の名前は『キャロル』だったかと思い出す。


「ならばあれはチシャ猫とドードー鳥か?」


 街の名前とそれにちなんだ石像。ゴーレムがそこかしこに配置されていても、不自然ではないように偽装したのだろう。

 侵入者インベーダーのくせに。そんな思いが立ち登る。

 この世界のルールを破るだけでなく、元の世界のモチーフまで勝手に使うなどとは。


 不条理な怒りでゴーレムの破壊を急がせて、他の開発チームの元へと急ぐ。


 次に見つけた開発チームのメンバーは、目隠しを解こうと暴れていた。

 原因は背中にはりついた二頭身の男のゴーレム。目隠しは大きな、頭がすっぽりと入るくらい大きな帽子だ。

 目隠しを外そうと暴れ回る開発メンバーこそが狂った帽子屋のようだ。


「ゴーレムを破壊しろ!」


 冷めるどころか加速する怒りに任せて破壊を命令すると、開発チームの三人が暴れるメンバーを取り押さえて、背中に張り付いたゴーレムを破壊する。

 破壊し終わったところで、すぐに残りのメンバーを探して走り出す。

 赤い眼の少女を追いかけた開発メンバーは四人。そのうち二人がゴーレムに阻まれて脱落していたのだ。残り二人ではあの少女を取り押さえることが出来るのか、危うい。


 ギンッ。ギンッ。


 走る先で剣戟の音が断続的に鳴っている。

 やっと追いついたかと、街の門の前にある広場に駆け込めば、そこに居たのは開発メンバーの一人とゴーレムだけだった。

 ウサギの形をしたゴーレムは、長い耳を立て、その顔は狂ったように釣り上がった目に、三日月のように弧を描いた口をしていた。童話のキャラクターというよりも悪夢の中から出て来たような存在が、月夜の下で飛び跳ねている。


 長い耳を立てたゴーレムが素早い動きで短剣を繰り出している。

 それを辛うじて防いでいるのは開発メンバーの持った鉈だった。

 常に首を狙ってくる斬撃を受け止めるたびにキンッという鋭い音が響いている。


 広場に踏み込んだ開発チームに気づいたのか、ウサギの頭がぐるりと回り、釣り上がった目がこちらを向く。


「っ。壊せ!」


 その目の狂気から逃れるように指示を下せば、開発メンバー総出で武器を振るう。

 杖が、短剣が、鉈が、忍者刀がウサギを襲い、そしてウサギのゴーレムは破壊された。


 冷や汗が出ているような気がして思わず額を手で拭う。汗なんて、アバターの体からは流れないはずなのにだ。

 破壊され、転がっているだけの石像の、それでも笑っているような視線から目を逸らす。


「まずいな」


 残りの開発メンバーは一人だけだ。赤い眼の少女に逃げられていないことを祈りながらログを辿る。

 街の外。海辺の砂浜で見つけたのは、倒れて意識のない開発メンバーの最後の一人だった。

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