40.異世界少女は目を付ける

 その日、ギルドの中は混み合っていた。

 入口を入ってすぐの広い部屋。そこは壁に貼られた依頼表と、奥にカウンターだけがある部屋で、待合室に当然ある待つための椅子すらない。

 そんな殺風景でも広くとられた部屋には、大勢のプレイヤーが居た。

 壁の依頼表を見ている者、カウンターで話をしている者。カウンターの前に並んで順番を待っている者たちだ。


「なんでこんなに混んでるんだろ」


 ふうかは、不思議に思いつつもギルドの中に足を進める。


 その日は数日振りのログインだった。

 急な納期に追われてゲームをする暇がなかったのだ。昨日やっと納品が終わって、久しぶりの息抜きにログインしたところだ。


 街を建設しているという話を聞いて、拠点を変えてからしばらく経つ。

 街の建築中は、今と同じように大勢のプレイヤーが資材の納品や建築などの仕事を受けにギルドに詰め掛けていた。だが、それも終わり。建築ラッシュの終了と共に、街に居たプレイヤーのほとんどは元の拠点へ戻るなり、新しいクエストを求めて街を後にした、はずだった。


 もしかして、まだ作る建物でもあったんだろうかと、依頼表が貼られている壁へ向かう。

 元々、今日は一人で適当にクエストでもやろうかと思っていたところだ。割りの良い依頼があるなら、そのほうが嬉しい。


「んーっと。収集クエストはっと。……『ラディッシュの葉』、『古代樹の根』、『清水の水草』。建築資材じゃないんだ。なんだろこれ」


 小柄な体でプレイヤーたちの間をすり抜けて覗き見た依頼表には、知らない物が多い。どれも名前から植物系の素材だということは分かる。それらは以前に建築資材として依頼が出ていた、木材や石材とは違うものだ。


「『ラディッシュの葉』は、確か『セカンド』の近くに出てくる赤大根のドロップだったよね。他のは、なんだろう。どっかで名前を見たような気はするけど、どの敵が落とすのか分からないや」


 依頼表を見ながら、いつものクセでブツブツと呟きながら記憶を探る。覚えているのは赤大根くらいなものだ。あれは『サード』の街に入るためのクエストで、何十体も狩る必要がある。ドロップの確率も、そんなに悪くなかったはずだ。

 そこまで見て取ったところで、肩をポンと叩かれる。


「よう!」


 振り返ると、ひょろりとした長身のプレイヤーの姿があった。


「わっ、ひさしぶり」


 顔に見覚えはある。確か建物の工事をしていた大工の一人だ。建築工事では、ふうかもギルドのクエストを受けて手伝った。建築資材の調達は、トレントもゴーレムも武器の相性が悪いので、海岸でシー・スラッグを狩るくらい。その代わり、工事現場で、付与を使っての仮止めをメインに仕事していた。

 そのため、工事現場で働いていた大工の人たちとも面識がある。目の前の長身のプレイヤーもその一人だ。それは間違いないが、目の前の男性の名前は出て来ない。こっそり『鑑定』を発動して、名前を見る。


「ところでロイガーさん、今日のギルドって混んでますよね。なにかイベントでも始まりました?」


 名前を確認したら、すぐに口に出す。

 どうにも人の名前を覚えるのは苦手で、鑑定で見てもすぐに忘れてしまう。だから忘れる前に口に出す。一度名前で呼んでおけば、その後は名前を言わなくても結構なんとかなるものだ。


「イベントというか、バグ対応だな」

「?」


 聞いて見ると、MPが最大値でも、MP切れになったように気絶するバグが見つかったらしい。MPポーションを飲むまで気絶したままという、凶悪なバグだ。当然のことながら、本人は気絶しているためポーションを飲むことが出来ない。誰かにMPポーションを飲ませてもらうまで、気絶したままになってしまう。


「なにそれこわい」

「そうなんだよ。しかもな……」


 運営への問い合わせには未だ回答なし。

 修正の目途どころか、公式ページの不具合一覧にすら載っていない状態だということだ。


「私、MPポーション持ってないんですよ」


 思わず口をついてしまうのは不安の言葉だ。

 このゲームのMPポーションは微妙に高い。ゲームによっては一度の狩りで何百も消費するMPポーションだが、このゲームでのMPポーションは普段使うものではない。ボス討伐のパーティーが使うくらいで、後は用心深いプレイヤーが保険で持っているくらいだ。


 ふうかは付与使いという職業で、矢に魔法を付与して遠距離から狙撃する魔法戦士だ。MPはそこそこ使うものの、なくても弓は打てる。だから保険のMPポーションも持ち歩いていなかった。


 運の悪いことに、建築の手伝いなどで手に入れたお金は、装備の更新に使ってしまった。今の手持ちで買えるのか心配なくらい、お金は残っていない。それに、バグで皆がMPポーションを欲しがるのであれば、値上がりしている可能性もある。


「なら一本やるよ」


 その言葉にハッとする。欲しいのは事実だが、クエストで知り合いになっただけの人からもらうには高価すぎる。


「いえいえいえ。流石にもらう訳には」


 ギルドの中でしばらく、MPポーションを間に押し問答が続いた。


              *


 アリスは珍しく、コロンと二人で外出していた。

 外出と言っても街の中の話だ。ギルドに用事があるというコロンの付き添いで、館を出てきただけだ。そのついでに、ギルドの向かいにある屋台区画にも寄っていこうと思っているから、コロンの付き添いだけが理由でもない。

 ただ、以前に倒れたコロンのことが気になったのも事実だ。


(あまり余裕があるようには見えないわね)


 数日前、コロンが倒れたのはアバターのマナが尽きたからだった。

 今はアバターのマナは残っている。MPポーションを飲ませたり、食事を取らせたことでマナが回復したからだ。だが、コロン本人のマナは先日よりもわずかに減っている。


「それで、ギルドにはMPポーションの材料集めのクエストを出したんですよ。相場通りだと集まらないって言われて、少し高めの値段にしたんです。みんな自分のお金じゃないからって、好き勝手言い過ぎだと思いませんか」


 そう話すコロンは、なにか楽しそうだ。倒れた原因も分かっていないのに気楽なものだと思う。


「いくつかのレシピがあるんですが、材料の中には、初級ダンジョンと言ってもボスドロップがあったり、『渓谷ダンジョン』まで行かないと手に入らない水草もありますからね。仕方ないのも分かるんですよ」


 先日、コロンの他にも倒れたプレイヤーが出た。

 それでMPポーションを手に入れようとするプレイヤーが増えた。

 しかし、MPポーションを作れるプレイヤーはそれなりに居ても、材料がなければ話にならない。通常であれば、生産職が自分で取りに行ったり、知り合いに頼んで集めてもらったりするものなんだそうだ。予期せぬ需要拡大は、そんな個人で集めれる範囲を飛び越えて、MPポーションは枯渇した。


 そこでコロンが領主としての権利を使って、ギルドに材料を集めるクエストと、MPポーション製造のクエストを発行することになったのだ。

 発行前には、コロンは費用の心配ばかりしていたので、お金を押し付けて済ませた。

 コロンの話を聞いているうちに、ギルドに着く。


 その日、ギルドの中は混み合っていた。

 入口を入ってすぐの広い部屋。そこは壁に貼られた依頼表と、奥にカウンターだけがある部屋だ。

 そんな殺風景で広いはずの部屋は、大勢のプレイヤーが居ることで手狭に見える。

 壁の依頼表を見ている者、カウンターで話をしている者。カウンターの前に並んで順番を待っている者たち。そして言い合いをしている二人のプレイヤー。


「どうしたんでしょう」


 そう言って、コロンがひょこひょこと言い合いをしている二人に近づく。


「ロイガーさん、ふうかさん、どうしたんです? 言い合いなんかして」


 コロンも含めて三人の会話をなんとなしに聞いている。

 言い合いしていたのは、男性のプレイヤーがMPポーション渡そうとして、女性プレイヤーが断っているらしい。

 くれるというなら、貰えばいいと思う。だが、その女性は高価だからと言って受け取ろうとしない。


「ロイガーさん恰好つけたがってるだけだから、貰ってもいいと思いますよ」

「いや、恰好つけとか、そんなつもりじゃないさ」

「いつもそうじゃないですか、女の子と見ると何かプレゼントしようとして。……ああ、なら私と交換しましょうか。私がMPポーションを出しますから、代わりに赤大根の実を取ってきてもらってもいいですか。葉のほうは使わないので、このクエストのついでな感じで」


 後半はロイガーを無視して、コロンはふうかと話を続ける。

 コロンが指した依頼表は『ラディッシュの葉』。ギルドに来る途中に、MPポーションの材料だと言っていた素材だ。他の素材集めやMPポーション製造の依頼も、依頼表の中にあるはずだ。


「わぁよかった。ありがとうございます」


 話がまとまったらしく、前払いだと言ってコロンがMPポーションを押し付けている。

 出会った頃はもっとオドオドしていたような気もする。いつの間にか逞しくなったものだ。

 その傍らでロイガーが一人、所在なさげにしている。


「話しが終わったのなら、私からも一ついいかしら」


 すぐにクエストに出掛けようという素振りを見せる、ふうかに話し掛ける。

 ここで話を聞きながら待っていたのは、コロンの成長を見たかったからではない。それ以上に気になることがあったからだ。

 それはマナの量。

 コロンやロイガーに比べて、ふうかのマナの量は随分と多かった。その理由を探るべく、私はふうかの話を聞かなければならないのだ。

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