39.異世界少女は介抱する

 場所は屋台区画。見知った料理人が多く店を出しているその区画では、コロンを知っている者も多い。

 だからこそ、倒れてすぐは「何かにつまずいて転んだんだろ」と思われていた。料理の腕はともかく、戦闘に関してはまったくダメなのがコロンだからだ。


 しかし、五秒経ち、十秒経っても起き上がらない。

 そこから徐々に「何かあったのか」と、周辺の料理人が集まり始める。

 コロンの屋台が料理人たちに囲まれる頃、アリスはコロンの隣に居た。

 屋台のカウンターの前に居たアリスがコロンのところに行くためには、屋台をぐるりと迂回する必要がある。それでも、他の屋台から駆け付けるよりも、アリスのほうが近い。


 倒れたままのコロンを抱える。

 目は開いたまま、僅かに瞳が揺れている。口は軽く開いている。唇が時折ふるえて見える。それでいて唇は色を失ってはいない。普段と同じ赤みを保っている。


「どうした?」

「わからん」

「VR装置の故障かも」


 人形NPCの体も、プレイヤーのアバターも、構造は同じだ。調べていくと、他の人形とは違う箇所はすぐに判明する。

 顔を上げれば、目的とする人物はすぐに目に入った。


「あなた、海鮮スープを持ってきて下さる?」


 見つけた料理人に頼むと、何か言いたそうにしながらも、海鮮スープを持ってきてくれた。

 海鮮スープのうちのスープの部分を、ゆっくりと、コロンの開いたままの口から流し込む。

 一口分ずつ流し込みながら、海鮮スープを形作っているマナへ干渉し、コロンのアバターへ浸透させる。


 プレイヤーの使っているアバターも、口に入れた食べ物は分解してマナに変換する。変換したマナはアバターの中に保管される。

 保管されたマナは、鑑定やクエスト中の人形とのやり取りなどで消費されていると思っていた。今のコロンの様子を見ると、プレイヤーがアバターを動かすことにも使用しているようだ。


 コロンのアバターにあるマナは枯渇していた。

 コロン自身のマナは残っているが、それも、前に見たときよりも少ないように思う。その理由は分からないが、良いことではない。


 何度か海鮮スープを飲ませていると、コロンの目が動き出した。

 まばたきはするが、まだ体は上手く動かないようだ。起き上がろうとする気配はあるものの、体が動いていない。


「まずは、これを飲みなさい?」


 コロンに言い聞かせながら、海鮮スープを飲ませる。口が動くようになってからは、具材も食べさせる。

 一杯の海鮮スープが空になる頃には、コロンも身を起こせるようになった。

 すぐに動き出そうとするコロンを抑えて、他の屋台の料理も食べさせる。


「何だよ。お腹空いてたのか」

「VR中に倒れるとか、危なくないか。ログアウトしてリアルで食事したほうが……」

「ハンガーノック? VRでそれはないだろ」


 コロンが動けるようになった頃には、料理人以外のプレイヤーも集まっていた。

 改めて周りのプレイヤーを見ると、誰も彼も、アバターのマナの量が少ない。

 それでも屋台の店主である料理人は少しはマシなほうだ。たまたま居合わせた、料理人ではないプレイヤーのアバターは更に少ない。


 それはアバターだけの問題ではない。

 プレイヤー本人のマナの量もそうだ。個人差が大きいために、見知ったプレイヤーのマナの量を、昔はどうだったはずだと思い出し、比較することしか出来ない。そうして思い出す範囲では、全員マナが少ないように思う。


(どういうことかしら)


 コロンを始め、数人の『味見』をした相手は、ほとんどマナが回復していないのは見てきた。それは、この村がまだ工事中だった頃。運営を名乗る者達と出会って、村を出る前の話だ。

 回復しないだけであれば、ギリギリ許容範囲だ。しかし、減り続けるのであれば危うい。


 マナは魂とも密接な関わりがある。


 減り過ぎたマナでは魂の形を支えきれずに、魂が欠ける。

 マナが完全に枯渇すれば、魂は壊れ、霧散するだろう。


 アリスの知るところでは、マナの量が多くても少なくても、その量は魂の核に沿った量になろうとする。

 多ければ放出されてマナの量が減る。少なければ、周囲からマナを取り込んでマナの量は増える。その法則に逆らって、大量のマナを抱えているためには、アリスのようにマナを制御する技術が必要だ。


 なぜ減っているのか。

 単純に考えれば、それだけのマナを使っているということになる。回復量以上に使えば、減る。


 何に使っているのか。

 コロンが倒れた時は、収納に食材を仕舞っている途中だった。

 確かに、収納は空間を作るときよりははるかに少ないが、出し入れにマナを消費する。しかし、それだけで回復量を使い切れるものではない。他にもマナを消費するものがあるはずだ。


「コロン? あなたマナを使うかしら」


 きょとんとしたコロンにマナの説明をしても、いまいち理解していないようだ。それでも、魔法を使うと減るものだと言ったところ「MPのことですか」という言葉が返ってきた。

 だが、コロンは魔法を覚えていないという。


「街の建築が忙しくて、魔法に手を出してる暇がなかったんですよね」


 そうしてコロンと話をしていると、周りのプレイヤーも「俺は覚えた」「覚えてない」と騒がしい。


「ならクエストはどうかしら。あれもマナを使うでしょう?」

「え、そうなんですか?」


 どうにも話が合わない。

 周りのプレイヤーたちに聞いてみても、MPは魔法やスキルで消費するもので、クエストや収納の使用で減るものではないようだ。


「あ、でも、そうなるとさっきコロンちゃんが倒れたのってMP切れ?」

「そういや、MP切れると気絶するんだっけ」


 一人の料理人プレイヤーの言葉に、他のプレイヤーも一時、納得の顔を見せる。


「え、でも私のMP減ってませんよ」


 コロンの言葉を聞いて、プレイヤーたちから鑑定の波動がコロンへ飛ぶ。

 アリスも真似をして鑑定して見ると、ステータスの中にMPという欄があった。そして、MPの値は最大値を示している。

 だが、アリスの目に映るマナの量は少ない。食事で多少は増えたものの、まだ最低限と言っていい量だろう。


 全員が釈然としない顔のまま、いくつかの推測の言葉が交わされる。

 そんな中で、一人のプレイヤーが発した言葉で、状況は次へ進む。


「じゃあ、試しにMPポーション飲んでみたら?」


 ハッとした顔で発言者を見るプレイヤーたち。

 幸いにも、屋台の一軒でMPポーションを売っていたこともあって、誰が買ったものかは知らないが、MPポーションがコロンの前に差し出される。


(まるでお姫様ね)


 屋台区画に居たほとんどのプレイヤーがコロンを心配して集まっている。

 そんな光景にコロン自身が困惑している様が面白い。

 周囲の圧力に断り切れずに、コロンがMPポーションを口にする。


「あ、楽になったかも」


 そんなコロンの言葉に、回りを囲っていたプレイヤーたちが囃し立てる。


「マジか」

「えっ、回復したってこと?」

「本当に?」

「でも、MP全快なら効果ないはずじゃ……」


 更に騒がしくなるプレイヤーたち。

 仕方なしに、アリスは一言を添える。


「なら、あなたたちも飲んでみたらどうかしら」


 元より、アリスの目には、全員のマナが不足しているように映るのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る