41.異世界少女は検証する
「バグのことはどうにかなったの? 公式ページ見ても何も書いてないんだけど」
「久しぶりにログインしたかと思ったらそれかよ。まだ何ともなってないぜ」
「そうなのか。じゃあまだしばらくログインしないほうがいいかなー」
「一応、対処方法はあるっぽいぜ」
「なにそれ」
「飯を食べるといいらしい」
二人のプレイヤーが話しているのは、キャロルの街の広場だった。
リスボーン地点にもなっている広場は、待ち合わせにもよく使われる。他の街だとただの何もない広場だが、キャロルの街ではプレイヤーが建築したことで、広場の周辺には、待ち合わせ用の椅子が多数置かれることになった。
二人も空いている椅子に向かいながら話を続けている。
「飯ってどういうこと? バフ料理ってこと?」
「そうそう。別にこの辺りの敵って料理なしでも楽勝だろ? でも料理を食べておけばバグ回避になるっぽいぜ」
「ぽいって、確定じゃないのかよ」
二人が腰を下ろしてからも、会話は続く。
一方のプレイヤーが、情報を求めて知り合いを呼び出したという所だろう。
少し距離が離れている。アバターではなく、魂のマナを確認するのは少し面倒だ。
アリスは一人で座っていた椅子から立ち上がり、近付きながらマナの量を確認する。
ギルドでふうかという名前のプレイヤーと出会ってから、屋台に行く予定を変えて広場へとやってきた。
それはギルドに次いでプレイヤーが多いのが広場だからだ。
ギルドの中で数人、広場へやって来てからも数人。
いずれも、マナが多いプレイヤーはログインの頻度が低かった。となれば、ログインという行為にマナを消耗する何かがあるということになる。
考えてみれば当然の話だ。
以前にコロンから聞いたのは、この世界に遊びに来る対価は「一回の食事代くらい」という話だった。そんなわけがない。
仮に、全てのプレイヤーで費用を賄うとしてもだ。どれだけプレイヤーの数が多くても、世界を作り上げ、維持する労力が「一回の食事代くらい」で終わるはずがない。
その対価がマナであるという可能性は高い。
なにしろ、プレイヤーたちはマナを認識していないのだ。
認識していないものを盗むほど、楽なものはない。
「まあ気休めかもしれないけどな、今のところ料理の効果中に倒れた人はいないって聞いてるぜ」
「じゃあなんか買っておくかー」
「あ、あとはMPポーションな1本は持っておけよ」
「倒れた時用か? でも自分が倒れたら使えなくないか」
「どっちかっていうと、他の人が倒れた時用だな。領主の姉さんが手を回してな、ギルドで買えるようになってるから」
「へー、領主になるとそんなこともできるのか」
近くで確認して見る。
予想通り情報を聞き出しているほうのプレイヤーはマナが多い。
「おい、なんかすっごい見られてるぞ」
「きれいな子じゃん。知り合い?」
「いや、知らないけど。お前の知り合いじゃないの」
「え、俺だって知らないよ」
こちらの気づいて、急にコソコソと声を落とす二人に、食べ物を手に近づく。
収納に入れて出来立てのままのこの料理は、冷えるとまったくの別物のように味が変わる。名前は確か「海鮮ピザ」だったか。冷めないように、買ったものは全て収納の仕舞い、一枚づつ取り出して、熱いうちに食べるのが良い。
「少しいいかしら」
二人にピザを渡しながら訪ねる。
アリスは仮説の確認をするために、ログインの頻度について聞き出した。
*
『フォレッジ』の村にある屋台区画。屋台の数が少ない割には、広くとられた場所は、広場のようにも見える。その一画、屋台の一つで料理を作りながら、男はあの少女のことを考える。IDを持たない少女のことを考える。
偶然に出会い、『世界樹ダンジョン』ダンジョンへ行くように誘導してみたはものの、拘束することは出来なかった。どういう手段を用いたのか。ダンジョンの出口での張り込みは不発に終わった。
その後は、開発チームを各地に派遣して、足取りを追っているものの、まだ見つかったという話は聞いていない。
メニューを開いて、以前に撮ったスクリーンショットを表示する。
人形のように白い肌、光の中に溶けて消えそうな金色の髪、そして赤い瞳。
美しいと思う。
美しく、印象的なのに、スクリーンショットを閉じると、途端にどんな顔だったのかわからなくなる。
ただし、赤い瞳だけは覚えている。不思議な少女だ。
少女を追いかけているのは不正ログインだからだ、ということになっている。
不正ログインとは一般的には、他人のアカウントを使ってログインすることを指す。他人のアカウントを不正に使用してログインしていることを指す。だからログインした後のキャラクターは正規のものだ。
もう一つ。不正行為にチートというものがある。
キャラクターのステータスを改変したり、装備に本来付かないはずの能力を付加したりして、有利にゲームを進めようとする不正行為だ。
改造の過程でIDを書き換えることは可能だろう。それでも能力とIDが紐づいている以上、IDそのものを「なし」には出来ない。IDのないものはシステムに存在しない。それはつまり、この世界に存在しない。
ならばなぜ、少女にはIDがなかったのか。
考えられる可能性は多くはない。
IDはシステムと密接に絡みついている。世界を密接に絡みついている。だからこそ、IDがないということは異物である証拠だ。
システム外の
ならば、殺さなければならない。消滅させなければならない。そして侵入経路を閉じなければならない。
完璧なこの世界のために。
男が作り上げたこの世界は完璧なはずだった。
閉じた箱庭にシステムという名の秩序を作った。
決められたルールで、決められた通りに動く人形たち。
そのシステムには、異世界からマナを運ぶためのプレイヤーも含まれる。
プレイヤーの魂を荷車に、マナをこの世界に運び込む。
根源にして万能のマナは、世界の礎となる。
マナを奪われた世界は滅び、マナに溢れた世界は栄える。当然のことだ。
しかし、少し前から完璧な世界が壊されてきた。
ルールを無視した破壊が行われてきた。
ルール通りに動く人形たちが壊され、マナが奪われてきた。
赤い眼の少女が、それだ。
ならば、殺さなければならない。消滅させなければならない。そして世界を守らなければならない。
完全なこの世界のために。
完全な私となるために。
頭の中に、ポーンという受信音が鳴る。
メニューを開き、最新のメッセージを選択する。
そこには「赤い眼の少女を発見」の文字があった。
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