31.異世界少女は樹を登る

 村を出て、森の小道を進むと、ほどなく木々の切れ間に出る。

 広場になったそこには、中央に巨大な樹が立っている。


 幹の太さだけでも、村の家より大きい。

 以前に見た樹の中に入るダンジョンよりもさらに巨大。幹はまるで壁のようだ。幹からは巨大な根が四方八方に延びていて、丘のようになっている。

 幹に近づくだけでも丘を登っていくようなものだ。

 目を上に向けても、見えるのは幹だけだ。樹の途中から雲に隠れてその頂上どころか、枝葉を見ることすら出来ない


 近づいていくにつれ、幹に斧でも打ち込んだかのようなうろが見える。

 更に近づくと、人の持つ斧では到底足りない大きさなのが分かる。

 武器を振り回しさえしなければ、五人は並んで入れるほどの大きな洞だった。それだけ大きくても、幹の大きさからみれば小さなくぼみだ。街の周囲を囲む壁と、僅かに開いた門のような関係をしている。

 そして、その洞はダンジョンの入口になっているらしく、丁度居たプレイヤーたちが洞の中に入っていくのが見えた。


 プレイヤーの後を追うように洞の中へ入る。

 樹の洞なんて、その樹が生き続ける過程で出来た傷跡に過ぎない。生きる年月が長い樹であれば、あるいは小部屋くらいの洞が出来る。それは、ちょっとした傷跡が広がった結果でもあるし、あるいは絡まり合った根と根の隙間がそう見えるだけのこともある。


 だが、この世界の樹は違う。

 森の木々は真っ直ぐに伸びているものばかりで、幹が曲がりくねっていたり、根が不規則に土から飛び出ていることもない。そう、このダンジョンと呼ばれる特殊な樹以外は。


 そんな特殊な樹の洞の中は、いくつかの通路に分かれていた。

 以前に入ったダンジョンでは、根の上だけが唯一の通路で、根の周囲には土もなかった。そこでは飛び降りるだけで、簡単に奥まで進むことが出来た。このダンジョンでは、そうはいかないようだ。


 何本もある通路から適当に選び、歩く。

 樹の中をくり抜いたような通路は案外、広い。天井は手を伸ばしても届かない高さがある。左右の壁も両手を伸ばして届かない広さがある。

 それでも通路は通路だ。武器を振り回すのに十分な広さかというと、そうでもない。

 武器が壁に当たらないように振り回すには、通路の中央から動くことは出来ないだろう。


 魔物の攻撃を避けることを考えれば、中央から動かないというのも難しい。

 結果として、壁の位置を気にしながら武器を振るうことになる。槍などの長い武器を持ってるプレイヤーにしてみれば、さぞや戦い難い場所だろう。

 そんなことを思いながら、分かれ道を気の向いたほうへ進む。


『ツリー・ラビット。世界樹に住む、侵入者に襲い掛かる獰猛なウサギ。倒すと肉や毛皮を落とす』


 現れた魔物は、以前に見たものに似ていた。

 この世界で初めて入った街の外。コロンと出会った時の記憶。違うのは、毛皮が茶色なのと……。


「向うから襲ってくる事かしら」


 飛び掛かってきた魔物のクビを掴む。そして握りつぶす。


 あの草原では草を食んでいるだけだったのに。

 そう気づいて見渡せば、樹をくり抜いたような通路には草など生えてはいない。

 マナの塊から生まれる魔物のことだ。食事にどれだけの意味があるのかという話でもある、だが。


「お腹が空いていたのかしら」


 最近、食事を取るようになってから分かったことがある。

 食事をしない時間が続くと、なんとなく物寂しくなる。場合によってはイライラしたりもする。不思議な感覚だった。その話をコロンたちにしたところ「お腹が空くと怒りっぽくなるものだ」と言われた。だから、襲い掛かってきた魔物も空腹だったのかもしれない。


 ダンジョンを進むうちに、度々、魔物が襲ってきた。

 出会ったのは、最初と同じツリー・ラビットばかりで、揃いも揃って数歩手前まで来ると飛び掛かってくる。

 小さな体なのだから、そのまま足を狙えばいいのに、必ず飛び掛かってくるものだから、倒すのも容易い。わざわざ屈まなくても、手の届く場所に来てくれるのだから。

 首を折り、首を切り、首を握りつぶして進む。


 しばらく歩いていると、扉があった。このダンジョンでは初めてだ。

 曲がり角や分かれ道は無数にあったが、扉はなかった。

 扉を開いてみれば、通路よりも幾分広い部屋。そして奥にはもう一つ扉がある。

 部屋の中に踏み込むと、勝手に入り口の扉は閉じた。


(罠、にしてはマナが少ないわね)


 閉じた扉の間にマナが繋がる。

 そして繋がったマナの中間、部屋の中央にマナが凝縮し、魔物が現れる。


『ローグ・ラビット。世界樹に住むフロアボスの一体。目つきが鋭いだけのウサギ。その肉は美味しいらしい』


(らしいって何かしら。仮にも鑑定でしょうに)


 飛び掛かってくるウサギにタイミングが合わずに、身を屈めてかわす。

 今までのウサギよりも少し早い。

 二度目に飛び掛かられたときには、首を掴むことに成功した。それでも、首を掴まれたまま暴れている。


 ゴキッ。


 魔物が消えて、ドロップ品の肉に変わる。

 他のウサギに比べると、少しばかり頑丈だったように思う。首を掴んだまま暴れるものだから、ウサギの手足で腕が叩かれてしまった。


 ドロップ品の「美味しいらしい」肉を仕舞っていると、マナの繋がりが途絶え、部屋の奥の扉が開いた。

 扉の奥には、上へ延びる階段が見える。


(面倒よね)


 始めの街からの街道や、いくつかのダンジョンで見かけた構造だ。ボスを倒さないと進めないというルール。

 どう考えても、ボスにつぎ込まれているマナの量よりも、ボスを倒さないと進めないという構造、それを維持するための結界のほうが、使われているマナは多い。

 プレイヤーを倒すことが目的の罠ではなく、遊ぶための世界だというのがよく分かるやり方だ。


 となれば進むしかないだろう。

 念のため、少し待っては見ても、再びウサギが沸く気配はない。

 「美味しいらしい」肉はもう少し欲しいところだが、他にはないという情報もない。むしろ、遊び場としてのやり方を推測すれば、先の方が良いものが手に入る可能性が高い。


 階段を上り始めると、背後で扉が閉じる音がする。


「次はどんなところかしら」


 ……と、言ってみたこともあったような気がする。けれども、次のフロアで襲ってくる魔物もただのウサギだった。

 通路も前の階と変わりがない。

 歩きまわっても面白いものはなさそうだ。


 思えば、たまに見かけるプレイヤーは、皆同じ方向に進んでいた。あの方向になにかありそうだ。

 屋台でのやり取りや、クエストの手伝いなどで、人と話すのも多少は慣れた。それでも、無意識のうちに人のいない方へ歩いていることが多い。気持ちを入れ替えて、プレイヤーが進んでいった方向へ向かう。


 しばらく歩いていくと扉が見つかる。

 下の階で見たのと変わらない扉。だが、扉に手をかけても開かない。

 マナの流れは、前の階でボスが出現していた時と同じに見える。


(誰か中にいるのかしら)


 思えば、プレイヤーの後を追うように移動したのだ。中でプレイヤーが戦っている可能性は高い。

 マナの流れを辿れば、扉と、その奥、何か動き回っているものにマナが繋がっているのが感じられる。

 動き回っているのは魔物だろう。前の階では、魔物を倒し終わると奥の扉が開いた。多分だが、その後に入口側の扉も開くようになるのだろう。


(どうしようかしら)


 扉が開かないとは言っても、それほど強固に閉じられているわけでもない。無理に開くことは出来そうだ。

 しかし、待っていれば開くものに、わざわざ手間を掛けるのも馬鹿らしい。

 結局は、マナの流れを観察しながら待つことにした。あまりに遅いようなら、そのときに壊せばいい。


 それほど待つこともなく、マナの流れは切れた。

 切れたところで、すぐに扉を開いてみたが、そこにはプレイヤーの姿はない。

 奥の扉も閉まっていることから、プレイヤーが部屋を出ることで入口が開くようになるのだろう。


 部屋の中に踏み込めば、入り口の扉は自動的に閉まり、マナが部屋の中央に集まっていく。下の階と同じように魔物が現れる。しかし、その魔物は違う姿だった。


『ジャイアント・バット。世界樹に住むフロアボスの一体。鈍重そうな外見に似合わず、素早い』


 ずんぐりとした胴体に短い足。申し訳程度にちょこんと乗った頭からは、短い牙が見える。

 鳥にしては不格好なそれは、それでもかぎ爪のついた両腕を広げると、大きな翼を持っていた。


(確かに早そうには見えないわね)


 羽ばたき、宙にしばらく静止した後、頭から一直線に突っ込んでくるそれを掴む。

 ウサギよりも更に早い。それでも、一直線にくるだけであれば、捕らえることは難しくない。

 力を入れると共に、ミシミシと軋む音が手のひらに響く。

 暴れる翼は、動ける範囲が狭いのか、掴む腕には届かない。


 バキツ。


 頭の砕ける音と共に、ジャイアント・バットは消えて、翼を切り落としただけの姿に変わる。鑑定によると肉だそうだ。

 食材が落ちるのは悪くない。ボスの食材は一つずつしか手に入らないのは困りものだ。たった一つでは、料理にしてもらったところでたかが知れている。


 奥の扉が開く。

 もう一度だけ、このまま部屋に居れば、再び魔物が出てこないかと少し待って見る。

 マナが集まる気配はない。

 入り口の扉は閉まったままで、先に進むしかなさそうだ。


「面倒な作り」


 一言ため息代わりに呟いて、奥へ進むことにした。

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