30.異世界少女は辿り着く
「ここがあの
マコトを追って辿り着いたのは小さな村だった。
森の中にぽつんとある村は、家屋の数で言えば十を少し超える程度だろうか。
規模としては非常に小さい。それでも、一軒一軒が大きな造りをしていて、家同士の間隔も空いていて、間には畑がある。結果として、広い面積にぽつぽつと家が建っている、広い村、街と言っても遜色のない面積の空間が出来ていた。
今まで通ってきた街や村は、壁や柵の内側の限られた空間を、出来るだけ利用しようとしているかのように建物が密集していた。
この村のように間に畑を挟んだ広い空間はめずらしい。
空間が広くとられているせいか、
そんな人形よりも、むしろプレイヤーのほうが目につく。
なんとはなしにプレイヤーを目で追えば、大きな屋敷ばかりの村の中でも、更に大きな建物が二つ。それに隣接するように屋台が並んだ広場が見える。
(あの建物は、ギルドと宿屋かしら)
それはいくつもの街で共通にあった施設。入り口にある看板が、見覚えのある絵柄なのを見つけて、そう推測する。
マコトの位置を探れば、宿屋と思わしき建物の三階にいる。
これはログアウトしているということだろう。
プレイヤーがログアウトするときは、宿に入って、その
こんな寂れた村が拠点だとは思っていなかったが、幸いにも屋台はあった。
食事のために街に行きたかっただけなので、マコトがログアウトしていても問題はない。
そうして、広場にある屋台へと歩き出す。
広場には十を越える屋台が並んではいた。だが、その中で店を開いているのは三つだけ。村の規模通りと言えばそれまでだが、半分以上が誰も使っていない設備というのは物悲しさを感じる。
開いている三つの屋台。
一つ目の屋台には、ポーションが並んでいる。回復や解毒を行う霊薬となっている。HPとかMPというのはどんな意味だろうか。
二つ目の屋台には、毒や札。これらは武器に塗ったり、防具に貼ることで一時的な効果を得られるものらしい。札には何かの文字が書かれてはいる。マナが込められてはいないのか、その文字は読めない。
三つ目の屋台には、店主がいて何かを焼いていた。食べ物の屋台だ。
「一軒しかないのね」
目的は食べ物の屋台だ。
一軒だけでもあったと言うべきなのか、一軒しかないと悲しむべきなのか。
それはそれとして、売っているものがあるなら食べるしかない。
「こんにちわ」
「いらっしゃい。おや、見ない顔だね。新しく来た人?」
「少し、寄ってみただけよ」
「ん。そうなのかい」
不思議そうな顔をする店主によると、この村の名前は『フォレッジ』。『世界樹ダンジョン』に挑む攻略組が拠点にしているだけの村だそうだ。
いわば、攻略の最前線。
村の周りにある森は、質の良い木材が手に入るらしいが、職人たちが来るには難易度が高い。それに村長の許可が必要なのもあって、ダンジョン攻略の拠点としてしか、まだ利用されていないという。
屋台の店主から見れば、この村に来るのはダンジョン攻略のプレイヤーばかりだ。
ダンジョン以外には、村を通り抜けて向かう先もない。
新しいプレイヤーは、新しくダンジョンに来たパーティーか、攻略クランの新メンバーくらいの違いしかなく、どちらにしても目当てはダンジョン。寄ってみただけ、という物好きがいるとは思っていなかったようだ。
(攻略組、ね)
何が楽しいのかは分からないが、この世界では『攻略する』というのが遊びの一つという認識らしい。この作り物の世界は遊ぶための世界だ。つまりは『攻略する』というのは必要なコンテンツなのだろう。
話を聞きながら、料理を買って食べる。
(変な味ね)
率直に言えば美味しくない。
屋台ごとにいろんな味があるのは知っているし、味の好みも人それぞれだと聞いている。だが、この味は今まで食べたどの料理よりも、不味い。
「どうだい、うちの料理は。すごい効果だろ」
そう言えば、と思い出す。
コロンが言っていた、料理を食べるとバフが掛かるという話。プレイヤーの
「不思議な味だわ」
「うちは攻略組御用達のバフ料理だからな。悪いが味は二の次なんだ」
味は二の次と言われても、バフにどの程度の意味があるのか分からない。
食べた物は体内でマナに変わる。それはどの食べ物も同じ。この料理が特別マナが多いわけでもない。マナに変わる時の波が多少違うくらいだ。
(私には関係なさそうね)
推測するに、この波がプレイヤーの
美味しい料理のために来たのに、とても残念だ。この一軒しか屋台がないのであれば、他の街へ移動したほうがいいだろう。
だが、どちらへ向かうべきか。『迷い家』から出てきた森は、どこにある森なのか判然としない。だからこそマコトの拠点を目的地にしたのだ。
「ダンジョンの食材があれば、もっとマシなんだがな」
だが、屋台の店主はそんなことを言った。
「ダンジョンの食材とは、どういうものかしら」
店主から聞き出したところでは、近くにある『世界樹ダンジョン』からは、食材となるドロップ品がいくつも出るらしい。
それは比較的、下層で出るドロップ品だ。攻略組は、上層を目指しているために、単価の安い下層のドロップ品はほとんど拾わないのだという。単価は安くても、バフ効果は優秀だ。それがあれば、今の料理と同じくらいの効果がある料理が、何種類も作れるという。
「ふーん」
「なんなら姉さんが持ってきてくれれば、もうちょっとマシな料理を作るぜ」
「そう。ダンジョンはどこにあるのかしら」
村を抜けてすぐに巨大な樹がある。そこが『世界樹ダンジョン』。
すぐ近くならば、行ってみてもよさそうだ。
「お土産にしましょう」
勿論、持って帰るのはコロンへだ。
味は二の次という人に渡すつもりはない。
*
「あれは、なんなんだ」
金色の髪に白い肌、赤い瞳。
美しくも、どこかで会ったような少女が立ち去ってから、独り言ちる。
日課にしている屋台を出しながら、周辺のプレイヤーの会話をモニターするのが男のやり方だった。
開発チームの中には、特定の村だけでモニターしてもサンプルが偏るという声もある。だが、それを気にするなら、掲示板の書き込みだけを拾っても同じこと。偏っていることを踏まえてモニターする分には、何も問題はない。
それに、特定のダンジョンの感想なら、すぐ近くの街でなければ聞くことは出来ない。
少女との会話中に撮ったスクリーンショットを整理する。
屋台越しの顔のスクリーンショット。バストアップ。立ち去る時の後ろ姿。完全にとは言えなくても、十分に顔と服装が分かるスクリーンショットが撮れた。
一方、少女を鑑定したデータは「なし」。鑑定がまったく返って来なかった。
これは他の開発メンバーからの報告にあった通りだ。当然返ってくるはずの最低限の情報すらない。ためしにと、服装に鑑定をかけてみても同じだった。装備品のIDも性能もUNKNOWN。本来ならば有り得ない話だ。
不正ログインとは、他人のアカウントを乗っ取ったことを指すもので、入り込んでさえしまえばユーザーIDも装備品も、その世界に元から存在するものだ。
改造チートならステータスを書き換えた時に、IDも公式には存在しないIDに書き換えられている。それでも出来るのは書き換えることだけだ。IDそのものを「なし」には出来ない。
IDがないものはこの世界に存在しない。
だが、存在していた。
スクリーンショットにコメントをつけて、開発チームの共有フォルダにアップロードする。
ついで、メッセージを飛ばす。
「対象は『世界樹ダンジョン』へ向かっている。拘束の用意を頼む」
メッセージを飛ばし終わった頃、男は少女の顔を思い出せなくなっていた。
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