25.異世界少女は地に潜む

 パタパタと手を動かしてメニューを操作して、露天のNPCからアイテムを購入する。

 露天の店はプレイヤー製のアイテムを売っているが、プレイヤー本人がいるのは料理中の屋台くらいのものだ。

 消耗品を売っている露天は、NPCを雇って店番をさせているのが大半だ。

 それはそうだろう、ずっと店に居たらダンジョンに行くことも、他のプレイヤーと遊ぶことも出来ない。


 それに製造もそうだ。

 屋台で料理をしながら売れるのが例外で、他の製造職のプレイヤーは、鍛冶場とか調合室とか、そんな専門の器具がある場所を借りて製造をする。

 製造をしないと売るものがなくなるのに、店に張り付いていては製造が出来ない。

 それでも、NPCを雇うには、レベルを上げて二次職になってからだ。製造職でも初心者のうちはあまり売り物を作らない。それよりもレベルを上げて二次職を目指すのが先になる。


 収納に並ぶアイテム一覧を確認する。

 そこには回復アイテムやバフ用の料理が数種類並ぶ。

 HP回復ポーションと、毒消しポーション、麻痺回復ポーションに、もしものためのMP回復ポーション。

 料理のバフは一つで30分持つから、いつも通りなら4個いる。延びる可能性も考えれば6個は欲しい。


「足りるな」


 毎回買い出すのが面倒で、多めに買っておいたのがまだ残っていた。

 準備はこのくらいで平気かと思い、集合場所への移動を始める。丁度そのタイミングでフレンドチャットが届いた。

 ユースケからだった。

 今日の、というか、最近はずっとパーティーを組んでいる中の一人だ。

 移動中だと返して集合場所へ急ぐ。


「おせーぞー」


 集合場所にはユースケと、もう一人、コノミさんもいた。

 二人共高校のクラスメイトで、リアルでも毎日、顔を合わせる仲だ。

 ユースケのゲーム内での職業は『剣豪』。両手剣使いの攻撃特化で、防具は皮鎧で、金属は縁取りのように端に少しだけ使われている。つまり紙装甲だ。

 コノミさんの職業は『聖騎士』で、金属製のブレストプレートと小手を身に着け、大きめの盾を持つ盾職だ。装備だけじゃなく、職業名でも分かる通り、回復魔法も自分で使って耐えることが出来る。武器はハンマー。メイスではなくハンマーだ。


 そして自分は『魔導師』。地水火風の四属性を万遍なく鍛えてある。どんな状況にも対応は出来る。ただし、特化型ほどの火力はない。

 装備は魔法の威力を上げてくれる杖と、皮のローブ。でも、この皮のローブには金属の糸が編み込んであって、ユースケの皮鎧よりは防御力が高かったりする。


 半固定のような感じで、特に用事がなければ三人でパーティーを組んでいる。


「集合時間まで、まだあるだろ」


 メニューの隅にある時計を見れば、集合時間の2分前を指している。

 別に遅れたわけじゃない。


「それより準備は出来てるのか」

「ん?」

「大丈夫だよ」


 ユースケの代わりに応えたのはコノミさんだった。

 コノミさんはクラスの中でも世話焼きで、皆から頼られている美人だ。密かに惚れているクラスメイトもいるらしい。それも複数。

 そんな人気のある彼女だが、このゲームを一緒にやるようになって知った事実がある。


 ユースケとコノミさんは、幼馴染だったということだ。

 クラスじゃそんな素振りも見せていない。だが、なんと、俺がユースケをゲームに誘ったら、準備をしている所をコノミさんに見つかったとか言って、コノミさんもゲームを始めることになった。


 準備をしている所を見つかったってなんだよ、お前どこで準備してたんだよと聞いたら、普通に自室だった。

 つまり、自室にコノミさんが出入りしているのだという。衝撃だ。


 さり気なく徹底的に辛抱強く聞いてみた。

 なんでも、コノミさんの家は母親が早くに亡くなり、隣に住んでたユースケの家で面倒を見るようになったそうだ。父親の帰りが遅いために、夕食をユースケの家で食べたり。小さい頃は、ユースケの母親がコノミさんの家の掃除も手伝っていたらしい。

 高校生になった今では、コノミさんもひと通りの家事が出来るようになり、面倒を見る必要もあまりないそうだ。それでも、ユースケの母親が一人で食べるのは寂しいだろうと、ほとんど毎日、ユースケの家に来ているという。


 美人の幼馴染なんて都市伝説を、目の当たりにするとは思わなかった。

 そのつもりで見ていれば、ユースケとコノミさんは仲が良い。特にコノミさんは、色々とユースケの面倒を見ている。うらやましい。

 でも、コノミさんと話す機会が増えたのは、少し嬉しかったりする。


「じゃあ行こうぜ」


 準備もしてないクセに、自信だけはある素振りでユースケが号令をする。

 元々の仲が良くなければ、コノミさんの幼馴染というだけで後ろから撃つところだが、冷静で友達思いの俺は寸でのところで思い止まる。


 三人で向かうのは、ここ最近の狩場にしているダンジョンだ。

 山の中腹にある『ヒルサイド』の街から、少し下ったところにある。

 渓谷ダンジョンと呼ばれるそこは、入り口こそヒルサイド周辺と同じような岩場だが、奥へと下りていくと珍しい薬草の自生する渓谷となる。ダンジョンの最下層まで進むと川が流れているから、渓谷ダンジョンだ。


「今日はどこまで下りる?」

「ボスはレアドロップ引けないから、美味しくないんだよな」

「なら中腹で薬草探さない? 知り合いの霊薬師が足りないって言ってたよ」

「薬草集めか~」

「いいんじゃないか。どうせ敵は向うから襲ってくるんだし、狩りをしながら薬草集めってことで」


 そんなことを話して、ダンジョンに入る。ボスレアなんて、何十回戦えば出るのか分からないし、通常ドロップは捨て値で取引されている。自分たちも十を超える程度にはボスを倒したが、まだ一度もレアを引いていない。


 そして、今日は薬草を狙うことになった。

 霊薬師というのは薬剤師とは少し違って、HPポーションや毒消しのような回復剤よりも、気絶防止や魅了防止のような状態異常を防ぐポーションを得意としている。

 予め飲んでおかないと意味はないが、ここのボスのヒル・ジャイアントのように、鈍器で殴ってくる敵相手には必要なアイテムだ。頭を殴られると高確率で気絶するから。


「敵がくるぞ! 崖の上。レオパルド一匹」


 風の探索魔法に魔物の反応を見つけて、叫ぶ。

 すぐにユースケは両手剣を構え、コノミさんは盾を手に前へ出る。


 渓谷ダンジョンの大部分は、山の斜面だ。

 垂直ではないというだけの、崖のような斜面に、狭い道が何本も走っている。

 崖は人が歩けるような勾配ではない。それなのに、魔物はその崖の斜面を走って襲ってくる。


『ハイランド・レオパルド。高地に住む四足歩行の肉食獣。木の上や崖の上で待ち伏せ、強力な脚力で飛び掛かり、獲物の喉笛を食いちぎる狩人』


 まだら模様の肉食獣が、崖の上から躍りかかってくる。

 回避に失敗したら組みつかれて、諸共、崖の下だ。そして食い殺される。


 ガキンッ。


 だがそれはコノミさんの盾に遮られた。

 レオパルドの爪と、金属の盾が音を響かせる。


「よっしゃ!」


 つかさずユースケが両手剣を振り下ろす。


 ザシュ。


 剣が毛皮を切り裂き、追加ダメージのエフィクトが飛び散る。


「ギャン!!」


 悲鳴を上げて、距離を取るレオパルド。風の索敵魔法を解除し、レオパルドの足元目掛けて魔法を選択する。

 地面から生える土の腕。三本生えた腕のうち、一本がレオパルドの足を掴むことに成功する。


「カイトくん、流石」


 魔法が成功すると気分がいい。そこにコノミさんからの賞賛が加われば尚更だ。

 ユースケとコノミさんが駆け寄って武器を振るう。

 ユースケの両手剣が動けないレオパルドの毛皮を切り裂き、正面に陣取ったコノミさんのハンマーがレオパルドの頭に振り下ろされる。


 うん。やっぱりうちで一番強いのはコノミさんだな。

 レオパルドの攻撃を受け止める盾役であると同時に、攻撃でもユースケに引けを取っていない。


 それから何度も、襲って来るレオパルドと、もう一種類、鹿の魔物を倒しながらダンジョンを進む。


『マウンテン・ディアー。枝分かれした二本の角をもつ四足歩行の草食獣。縄張り意識が強く、自分のテリトリーに踏み込む者は角を武器に追い払う』


 鑑定には草食獣とあるけど、角を使った突進は、レオパルドと遜色がない攻撃力を持っている。こっちも回避に失敗したら崖から真っ逆さまだ。

 どっちも耐久力が低めな代わりに、崖から突き落とされる危険がある。

 コノミさんが盾でガッチリと攻撃を止めてくれるからこそ、三人で狩りが成り立っているようなものだ。


「あ、薬草あったよ」


 行き止まりの道の端っこで、薬草を摘む。ゲームによっては、スキルがないと薬草が見つからない場合もあるが、このゲームではそんなことはない。どんな職業であっても鑑定で調べれば薬草かどうかは分かる。

 道の途中ではほとんど見かけない薬草も、行き止まりなら少しだけ見つかりやすい。攻略サイトによると、ランダムの時間湧きで生えてくるらしいが、道の途中だと通りすがりに摘まれてしまうんだろう。


「やっぱり行き止まりを探さないと、見つからないな」

「そうだね。もうちょっと集めたいし、行き止まりの道探す?」

「よっし、どうせだ、いつも行かない道を探索しようぜ」


 ダンジョンのボスと戦うなら、渓谷の一番下、川の流れるところまで行く必要がある。その場合には、最短ルートを通るのが普通だ。そして、何度もこのダンジョンに入っている俺たちは最短ルートも知っている。

 だが、ボスに用がないなら、同じ道を通るのも退屈だ。


「賛成!」

「いいんじゃないか」


 ユースケの提案に賛成の言葉を言って、再び三人でダンジョンの探索を開始する。


 そして、それを見つけたのは、そろそろ帰ろうかと話しをしていた時だった。


 普通なら行かない、奥まった道の行き止まり。

 ボスまでの最短経路ではないのは当然。そこはダンジョンのことを良く知らない人しか踏み入れないような、迷った先の行き止まり。


 そこに一台のベッドがあった。


「なんだあれ」

「ベッド、じゃないの、布団もあるし」

「私にもベッドに見える」


 なぜダンジョンの行き止まりにベッドがあるのか。

 不思議に思いながらも、恐る恐る近づく。

 布団が盛り上がっているのが見える。


「あれ?」


 枕の位置には金色の……。


「人が寝てる」


 そのベッドには、金髪の少女が寝ていた。


「本当だ」

「こんなところで?」


 ここはダンジョンの中だ。魔物が襲ってくるダンジョンの中。

 それなのに、場違いなベッドの上では少女が寝ていた。


「どうするよ」

「どうするって言われても」


 男二人で言い合う。なんでここで寝ているのか分からないし、面倒事かもしれない。それに、知らない女性が寝ているところに近づくのは、なにか気まずい。


「えっと、なにか事情があるのかも知れないし。私、聞いてこよっか」


 コノミさんの発言にすこし顔を見合わせる。そしてお願いすることにした。

 だが、コノミさんが少し近寄ったところで、それ以上は進めなくなった。


「なんか壁があるみたい」


 見た目は何もないが、透明な壁みたいなのがある。そう聞いて俺もユースケも近寄ってみたら、その通りだった。

 なんでここで寝てるのかは分からないけど、それならこのまま立ち去っても大丈夫だろうか。もし、誰かに非難されても「壁があって近づけなかった」と言えるし。


 さり気なく帰ろうと提案してみたが、コノミさんは少女のことが気になるようだ。もしかしたらダンジョンに取り残されているのかもしれないと言う。それなら死に戻りすればいいだけだとも思うが、コノミさん的には事情を聞いて、必要なら街まで連れて帰りたいらしい。


「そうは言っても、この壁は……」


 そんな話をしている間に、少女が目を覚ました。

 ベッドの上で身を起こしている。


「なにか用かしら」


 金色の髪に白い肌、赤い瞳。

 色素の薄い中で赤く輝く瞳は、宝石のように美しい。


「……」

「……」

「……」

「なにか用かしら?」


 思わず見惚れていたら、聞き直された。


「えっと、こんなダンジョンの奥で、どうしたのかなって」


 コノミさんが答えを返す。ユースケはポカンと口を開けた状態で固まっている。あ、コノミさんに脇を小突かれた。


「寝ていただけよ?」


 軽い答えが返ってきた。

 その後も、コノミさんが話をしていたが、別に遭難していたわけではないらしい。二人が話をしている間、俺とユースケは、コノミさんの後ろで大人しくしていた。俺が会話する? 無理だよあんな美人と会話なんて。


「取引をする気はあるかしら」


 そう言われたのは、そろそろお暇しよかとした頃だった。

 少女が収納から腕輪を取り出して見せて来る。


「『巨人の腕輪』だ」


 人なら腕どころか胴体だってすっぽりと入りそうなサイズのそれは、このダンジョンのボスレアだった。

 俺たちもボスは何度も倒しているけど、一度もドロップしたことのないボスレア。通常ドロップだけじゃ、消耗品で足が出ることもあって、今日は薬草狙いにしたボスのレアドロップ。


 大きな腕輪だが、装備するとプレイヤー本人の腕にピッタリのサイズになる魔法の品。効果はSTRの増加。前衛職ならアタッカーでも盾職でも欲しがる腕輪。買おうとしたら、今、装備している武具一式でなんとか釣り合うくらいに高価な装備だ。


「これと交換なんて、どうかしら」


 三人で顔を見合わせる。

 もらえるものならもらいたい。でも、高価な装備品と引き換えに何を頼まれるのか不安だ。


「えっと、何をすればいいの」


 そう尋ねるコノミさん。俺とユースケも美しい少女に注目する。赤い瞳。少女の赤い瞳はとても、とても美しい。



「あれ?」

「ここどこだ」

「街の中、よね」


 気づいたら街の中にいた。

 振り返れば、街の門がすぐ後ろにあった。

 見覚えのある風景。

 そこは『ヒルサイド』の街だった。


「いつの間に帰ってきたんだ」

「え、お前も覚えてないの」

「私たち、ダンジョンにいたよね」


 三人全員が帰り道のことを覚えていない。

 何度も通った道だとは言え、三人全員というのはおかしい。通いなれた学校の帰り道を、一人でぼーっと歩いてきたのとは訳が違う。


「そういえば『腕輪』はどうなった?」

「あっ」


 慌てて調べると、収納の中に『巨人の腕輪』が入っていた。


「あった」

「あったわ」


 ユースケとコノミさんの声でそちらを向けば、二人共『巨人の腕輪』を一つづつ持っている。

 そして俺の収納から取り出した『巨人の腕輪』がもう一つ。


 三人で『腕輪』を手したまま、不思議な少女との出会いを思い返す。彼女は一体、何者だったんだろうかと。

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