24.異世界少女は対峙する

 その日もいつも通り、屋敷の中でアリスはお菓子を食べていた。

 ただ、いつも通りなのは屋敷の中だけだ。屋台に出掛けるのは、あのマナの塊を潰した日から控えている。

 映像と記録の仕掛けをした者が分からないからだ。仮に、この屋敷の正面に仕掛けたのと同一人物であるとしても、その目的は不明なままだ。


 街の他の場所にも仕掛けてある可能性もある。

 全てを潰せばおびき出すことが出来るのかもしれない。だが、それよりも優先することがあった。


 一つはマナの補給についてだ。

 コロンを始め、数人を『味見』してマナを補給してきたが、その後のコロンたちのマナの回復がほとんど見られない。

 アリスの常識では、数日もあれば周囲のマナを吸収し、元の量に戻るはずだった。

 その回復がほとんど行われていない。


 回復が行われない例外は、いくつか考えられる。

 アリスのように本来の容量よりも大量のマナを抱えている場合や、常に・・マナを消費し続けている場合だ。

 コロン一人だけであれば、アリスと同じような例外だと考えることも可能だが、カグヤやサシミン、屋台を出している料理人の中にも『味見』をした相手がいる。その全員が、となると難しい。


 ならば、常に・・消費し続けているのか。

 消費し続けているとして、何に使われているのか。

 その謎はまだ解けていない。


 アリスの目論見としては、回復したところで再び『味見』をしようと思っていた。だが、回復しないのであれば、そういうわけにもいかない。

 マナを取り過ぎれば、魂が欠ける。完全に吸い取ってしまっては、魂が壊れるだろう。友好的な関係を築いている相手を壊すほど、マナに困っているわけではない。

 最近はもっぱら、屋敷ではお菓子を、屋台ではいくつもの料理を買ってマナに変えていた。


 もう一つは屋敷の入場制限についてだ。

 ルールの分からない何かが屋敷に仕掛けられていては、結界を張ることも出来ない。だが、それはコロンやカグヤに協力してもらったところ、屋敷の問題ではないことが分かった。

 プレイヤーのルールと言えばいいのか。仮初の体アバターに設定されたルールだったのだ。


 アリスは、何度かコロンが泊まっている宿の部屋に入ったことがある。

 入った理由はいくつかあるが、それ自体がプレイヤーのルールに外れることだったらしい。どおりで随分とコロンが驚いていたわけだ。


 屋敷に仕掛けがないのであれば、結界を張る事に問題はない。

 結界のかなめくさびを用意する手間はあるが、それは準備に時間が掛かるというだけの話だ。数日の作業で、屋敷には結界が張れるだろうと思っていた。


 屋敷の前に、あの二人組が現れたのは、そんな時だった。


              *


 開発チームの二人は、ギルドの屋上に来ていた。

 ゲーム内の監視カメラを設置した場所だ。


「なんで屋上に……」

「ほら、ここからなら広場のNPCが映るだろ。それに広場の向こうは屋台区画で、プレイヤーのたまり場になってるから」

「そういや、最初に壊されたNPCって、広場に設置してたチュートリアル用だっけ」

「そうそう」


 二人は屋上を見渡すが、当然のことながら、そこには何もない。

 監視カメラもなければ、それを壊した赤い眼の少女の姿もない。


「んで、ここでなにするわけ」

「どうすっか」

「おい」


 二人がわざわざゲームにログインして、この屋上までやってきたのには理由がある。

 カメラの破壊を確認してすぐにログを洗ったが、その時刻に屋上いたはずのプレイヤーが見つからなかったからだ。


 以前のNPC破壊でも、ログから該当するプレイヤーの調査は行われている。だが、調査をしたのがサポート部門だったこともあり、開発チームでは重要視されていなかった。

 誰がやったのかよりも、攻撃禁止区域である街の中で、どうやればNPCを破壊出来るのかの調査が重視された。


 結局は、それも結論は出ていない。その前に大量のNPC破壊が行われたことで、監視カメラによる原因の特定が指示された。


「一応、カメラは仕掛け直そうと思ってるけどな」

「また壊されるだけじゃないか」

「今度はID表示するようにしたから。壊されてもプレイヤーは特定出来る」

「プレイヤーIDだけ? 鑑定は?」

「全部表示したら邪魔で見えないだろ」

「ああ、そうか」


 言いながらもメニューからカメラを選択して、設置する。

 カメラの方向は前と同じ、広場を見下ろす方向だ。


「これでよし、っと。じゃあ次の場所に行こう」

「次?」

「ここより前に壊されたカメラの場所」

「ああ、椅子から落っこちた時の」

「それはもういいだろ!」


              *


「ごきげんよう」

「……赤い、眼」


 領主の屋敷の前で、アリスは二人の男と対峙していた。


 屋敷の中で、結界用のくさびを作っていたところ、仮初の従者ガーゴイルの目に二人組が映ったのだ。

 もし、アリスがマナの塊を潰したところが見られていなければ、立ち回りによっては、一方的に情報が得られるかもしれない。

 だが、二人はまたマナの塊を設置し始めるのを見て、その気が失せた。


 一時、隠れて過ごしたところで、いつかは対峙することになるのだ。

 それならば、監視を我慢する必要などない。


「……お前は、何者だ」


 姿を見せても、対策をしないのとは違う。数日振りに隠蔽魔法を使って、個人と認識し難くしてある。相手がマナの塊を生み出すだけの術者であれば、気休め程度ではあるが。


「鑑定が返って来ないぞ」

「こっちもだ」


 マナの設置を諦めて、今度は何をやっているのかと思えば鑑定だったようだ。しばらく使っていなかったから忘れていた。

 魔物には、鑑定に反応する情報が書き込まれていた。彼らの常識では、プレイヤーにも鑑定を使えば情報が帰ってくるものなのだろう。そのために、わざわざ情報が張り付けてある。だが、そんな手間を掛けて相手に協力する理由はない。だが、逆はどうだろう。


鑑定ステータス


『名前:ロック 職業:剣士  レベル:不明 能力値:不明』

『名前:伏木  職業:盗賊頭 レベル:不明 能力値:不明』


(役に立たないわね)


 名前だけわかったところで仕方ない。強いて言えば「盗賊頭」というのは犯罪者ではないのか。街の中を堂々と歩いていい職業ではないように思う。


「それで、ここで何をしているのかしら」

「お前は、何者だ。鑑定が返って来ない理由を言え」

「あら、随分と偉そうね」

「俺たちは運営の者だ。理由によってはチート行為で拘束するぞ」


 運営。それは以前にコロンから聞いたことがある。確か、この世界を作った者たちの名前だったはずだ。


(でも、神様っぽくはないわね)


 見る限りでは、他のプレイヤーと同じだ。マナの塊に映像と記録の機能を与える力は面白いと思うが、それ以外が普通すぎた。

 使っている体も、プレイヤーと同じ人形の類だろう。内包するマナの量も、他のプレイヤーと比べて多いとは言えない。

 それにも増して、言葉使いや、自信の有無。真に支配者たる神であるならば、その立ち振る舞いは無様という他ない。


(つまり、下っ端ということかしら)


「隔離は?」

「ID分かんなきゃ使えねえよ」


 何か話している二人に近づく。


「それで、ここで何をしているのかしら?」


 そう、改めて訪ねても答えは返って来ない。


「ロープで縛るか」

「なんでそんなもの持ってんだよ」


 さらに近づく。

 話す気がないのなら、話す気にさせればいい。


 一人はロープを手に、正面へ。もう一人は背後に回ろうとしている。


「話すのは一人でいいわ」


 瞳にマナを込める。

 ガコンと低い音が背後から聞こえる。


「なっ、石像が!?」


 一人は門に居た仮初の従者ガーゴイルに任せて、もう一人の瞳へマナを通す。相手の瞳を、その奥を覗き込む。魂の波長を弄る。私の言葉を染み込ませる。


「さあ、話す気になったかしら?」



 既に、二人の姿はない。

 一人は仮初の従者ガーゴイルに打倒されて消えた。他のプレイヤーと同じように、どこかで復活している頃だろう。

 もう一人は話を聞いた後で、首を折った。こちらもでどこかで復活しているはずだが、意識を取り戻すにはしばらくかかるだろう。


(少し、危険かしら)


 聞き出した情報を整理する。

 あの男は、思った通り下っ端で、『運営』には数十人が所属しているそうだ。その大半がこの世界に体を持っており、男と同じように「監視カメラ」や、他にもいくつかの道具を使うことが出来るという。


 そして、『運営』の中でも『開発チーム』は世界を改変する権能を持つ。

 この世界の外から、この世界を書き換えることが出来るという。魔物が発生する場所や、その強さも、すべて開発チームが決めたこと。必要であれば、プレイヤーを弱体化させることも、決して勝てない魔物を作り出すことも出来る、そう話していた。

 「負けイベント」というのが何を差すのかは分からないが、勝てないように設定した魔物も、この世界には何体か存在するという。


 であれば、街の門が常に開かれていることにも納得が出来る。

 そう設定・・・・された魔物は、街の中に入ることは決してない。


 逆に、街の中に魔物を発生させることも出来る。

 この街が出来る前の廃村のように。


 内側から魔物が出現するのであれば、屋敷を結界で覆っても意味はない。

 それを封じるには、魔物の出現方法を、この世界のルールを、より深く知る必要があるだろう。


 屋敷が出来て、少しばかりゆったりと過ごすことは出来たが、ここにアリスが居ることは相手にバレた。

 『運営』のトップがアリスのことをどう判断するかは分からない。だが、なんらかのちょっかいを掛けてくることは確実だろう。誰であろうと異分子は気になるものだ。それが自分が作った世界のルールに従わない者となれば尚更。そうなればあの屋敷は、安全な拠点とは言えなくなる。


「良い寝床だったのにね」


 仮初の従者ガーゴイルを収納に仕舞う。他の仮初の従者ガーゴイルはともかく、戦った個体を残したままでは解析されてしまうだろう。全ての従者を引き上げる時間があるかは分からないし、そこまで徹底して隠すほどの技術でもない。だが、無駄に情報を流す意味もない。

 そのまま、屋敷には戻らずに街の門へ向かう。



 そうしてアリスは街を出た。

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