26.異世界少女は廃墟に暮らす

 慎重に細い鍵開け道具の一つを差し込んで、留め金に引っ掛ける。

 本来であれば、カギ穴の奥は知識と手の感触で想像するものだ。だが、このゲームではスキルレベルを上げていくことで、カギの構造が薄っすらと見えるようになる。


 飛び出して開かなくするための金具であるデットボルトは、直接動かすわけではない。

 デットボルトは、無理矢理開けようとしても耐えられるように、丈夫に作られている。鍵開け道具でつついたくらいで動くような、軽い作りではない。だから、鍵開け道具で動かすのは留め金のほうだ。


 カチンッと軽い音がして留め金が外れる。

 留め金さえ動かせば、デットボルトが引き込まれる構造になっているのだから、構造が透視出来るなら難しいものでもない。ただし、ファンタジー的なこのゲームでは、別の場所を押さえたうえで外さないと罠が発動するものも少なくないのが厄介だ。


 ゆっくりと扉を開ければ、暗闇に包まれたそこに少しばかりの光が差し込む。

 扉から差し込む光だけでは、中を照らすにはまるで足りない。それでも、スキルで得た『暗視』の力で、部屋の中の状況は見て取れる。


 倒れた棚、朽ちかけたテーブル、足の折れたベッド。

 廃墟となった部屋。だが、そこになぜ鍵が掛かっていたのか。


「あった」


 部屋の隅にチェストがある。

 簡単に言えば宝箱だ。トレジャー・チェスト。このダンジョンで、時折、密室に湧いてくるアイテム入りの箱だ。


 この廃都にはプレイヤーは少ない。

 それは、戦いでは稼ぎが少ないからだ。


 街の中を徘徊する『バリアント・マウス』。暗がりに潜む『レイス』どちらも厄介な魔物だ。

 素早い『バリアント・マウス』は足止めが出来る前衛がいなければ戦いにもならないし、魔法か魔法の武器でしかダメージが与えられない『レイス』は、魔法職がいなければまともに戦えない。つまり、戦士職と魔法職が揃っていなければ、まともな戦いにならないのだ。それでいてドロップも渋いから、儲けも少ない。


 それでは、なぜ私がここにいるか。

 それは簡単なことだ。

 私の職業は『裏街道』。簡単に言えば盗賊系の上位派生職だ。つまり、隠れ、盗むことに特化したスキルビルドを組んでいる。


 部屋に入り込み、チェストの前に膝をつく。

 チェストは中身に関係なく、一抱えほどの大きさがある。チェスト自体は床に固定されていることが多く、見つけたその場で開けるのが普通だ。もし、チェストが動く時は、動かすことで罠が発動すると思って間違いない。


 扉には鍵だけで罠はなかった。罠がある可能性はチェストのほうが高い。

 チェストの外観と共に、スキルの効果でうっすらと透視して見える中の構造から、罠の可能性を考える。


 扉のカギとは少しだけ違って、デットボルトが鎌状になっているのが見える。

 扉であればデットボルトは横方向、扉の開閉は前後方向で方向が違うから、デットボルトは棒状のもので足りる。

 だが、このチェストの蓋は上に開く構造だ。デットボルトが上下、蓋の開閉も上下であれば、デットボルトには鎌状の構造が必須になる。


 この鎌状のデットボルトの移動範囲を考えて、不要な隙間や、罠を仕込めるだけの空間を探す。


「何もないかな」


 ならば、カギではなく、蓋を開けたときに動き出す罠はどうだろう。

 蓋の隙間から薄い金属の板を差し込んで、引っかかりがないか調べる。


「あった」


 わずかに抵抗を感じて手を止める。

 ここの内側に何かある。

 反対側から、もう一度金属の板を差し込んで、範囲を探る。

 狭い。

 糸だろうか。

 蓋を開ければ、糸が引っ張られて、罠が発動する。よくあるタイプだ。


 そうであれば、糸を引っ張らないようにして切れば、罠は発動しない。

 先に鍵開け道具を差し込んで、カギを開ける。

 蓋をほんの少しだけ持ち上げて、そこからハサミを差し込んで。

 切れた。


「ふう」


 軽く息をついてから、薄い金属の板を差し込んで、残っているものがないか確認する。

 何も引っかからないことを確認してから、ゆっくりと蓋を持ち上げると。


「おお~」


 チェストの中には、宝石で彩られたネックレスが入っていた。

 中央にある大きな赤い宝石はルビーで、周囲を守るように配置されているのはダイヤモンドだ。そのダイヤモンドでさえも、リアルでは縁のない大きさの宝石が並んでいる。


「今日は大儲けね」


 ネックレスを手に、ニヤニヤと眺めてから収納に仕舞う。

 装飾品は魔法の効果でもないと装備する意味はない。ただしそれはゲーム的な話だ。売ればかなりの儲けになるし、一つくらいはアクセサリーとして確保しておくのもいい。私には無縁だが、クエストの種類によってはドレスにアクセサリーと、着飾っていく必要があるクエストがあるらしい。


 お宝は手に入れた。あとは帰るだけだ。

 ここからダンジョンを脱出するまでが冒険です。油断せずに帰らないと。


 だが、私の幸運はここまでだったようだ。



「はあっ、はあっ、はあっ」


 荒い息をつく。

 この『天空廃都ダンジョン』は滅びた都市が丸ごとダンジョンとなったものだ。石造りの建物が立ち並び、その半分は崩れていて、通りを気持ちの悪い魔物が徘徊している。『バリアント・マウス』と名前がついている魔物がそうだ。


『バリアント・マウス。体の半分の大きさの頭を持ち、頭全てが口であるという異形の存在。その口は口であると共に胃袋でもあり、噛みついたものを即座に溶かし始める』


 デフォルメしたような二頭身のくせに、頭には目が存在せずに、ただ大きな口があるだけの魔物。目がなくてどうやって感知しているのか知らないけど、プレイヤーを見つけると、わさわさと駈けてくる。


 崩れかけた廃屋の中を通り抜け、屋根に上り、別の廃屋に飛び移る。

 そうしてやっと撒いたと思ったら、廃屋の中からレイスがコンニチワだ。


『レイス。かつて都市で暮らしていた人だったかもしれない亡霊。消滅すると魔石を残す』


 半透明の霧のような姿に、穴が開いただけの目口がついている亡霊は、建物の中に潜んで、近くを通りかかったプレイヤーに襲い掛かってくる。

 レイスの攻撃を躱し、建物の中を走り抜けて、また出会ったバリアント・マウスから遁走し、と、息を切らせて逃げ回った。


 やっと息を整えれる状況になったのは、都市の中央にある大きな館へ逃げ込んだ後だった。


「まいったな~」


 帰るなら、都市から出なければならない。それなのに、追われていたとは言え、都市のほぼ中央まで来てしまった。完全に、逃げるルートを間違った。


「仕方ないか」


 気持ちを切り替えて、探索に入る。

 中央にある大きなお屋敷は、領主の館だと言われている。

 地下の奥にある隠し部屋の先には、財宝と共に領主の亡霊が待ち構えているというが、地下に入り込まなければ、他の廃屋と大きな違いはない。

 ここまで来たなら、ついでにもうひと稼ぎしていくのが健康的な盗賊というものだろう。


 息を潜めて、領主の館の探索を開始する。


 扉に行き当たるたびに、音がしないかをチェックして、カギの有無を確かめる。

 音がしたならパスだ。一人で魔物と戦う気はない。

 音がしなかったら扉を開けて、中を少しだけ覗く。部屋のどこかが崩れていて、扉が用を成していないのであれば、チェストがある可能性も低い。どういうわけか、チェストは完全にランダムというわけではなく、通路や、簡単に入り込める部屋には沸かない。チェストが出るのは、壁が崩れておらず、扉がちゃんと付いている密室ばかりだ。


 さっきのネックレスで運を使い切ったのか、チェストを見つけられないまま探索を続ける。

 階段は上を選ぶ。下手に地下に入り込んで、ダンジョンボスの領主と出会うのは御免だからだ。


 何も見つけれないまま、屋敷の三階へと入り込む。

 屋敷はこの三階が最上階らしい、もしかしたら屋根裏部屋があるのかもしれないけど。階段はここまでだった。もし、屋根裏部屋があっても、梯子を下すとか階段が隠れているとか、隠し部屋みたいになっていそうだ。

 ともあれ、あるかどうか分からない屋根裏部屋よりも、今は三階の探索だ。


 壁が崩れていて、廊下から部屋の中が見える部屋は飛ばす。

 探索を進めていくうちに、よさそうな部屋が見つかった。

 扉はちゃんと嵌ってるし、周囲の壁にも崩れたところがない。これならチェストが沸く条件を満たしている可能性が高い。


 扉を凝視して、罠とカギを確かめる。

 うっすらと透けて見える構造には罠は見当たらない。それどころか、カギが掛かっていない。

 音を立てないように、慎重に扉を開ける。


 倒れた棚、朽ちかけたテーブル、そして真新しいベッド。

 その部屋では、金髪の少女が寝ていた。


 ……なんでこんな所で。


 このゲームで「寝る」というのはログアウトを意味する。

 ログアウト中もアバターはその場に残る仕様だ。だから宿を取ってベッドの上でログアウトするのが鉄則で、間違っても、ダンジョンの奥で寝るなんてことはしない。ログインした時には死に戻り間違いないのだから。


 それとも、この少女はNPCなんだろうか。

 ふと頭に、領主の亡霊のことが思い浮かぶ。

 でもここは三階だ。領主の亡霊は地下の隠し部屋だと聞いている。それにこの部屋には財宝もない。

 それによく見ると、少女の姿はハッキリとしている。亡霊のように透けてはいない。


 鑑定をして見る。

 結果はなし。何も情報が帰って来なかった。

 NPCなら何か情報が帰ってくるはずだ。何も返ってこないなら、プレイヤーの中でも、『隠蔽』スキルの保持者くらい。ならこの少女は、私と同じように盗賊系の職業なんだろうか。


「なにか用かしら」


 考えてるうちに、少女が身を起こしてこちらを見ていた。

 ログアウトしてたんじゃないのか。

 他人の寝室に踏み込んでしまったような気持ちで、なんて返せばいいのか、言葉に詰まる。


「ダンジョンボスなら地下よ?」

「あ、いや、私は、ボスじゃなくて、あの、宝箱狙いで」


 次いで聞かれたことで、なんとか会話の糸口になる。

 それでも答えをドモってしまった。

 金色の髪に白い肌、赤い瞳。赤い瞳は今日拾ったネックレスのルビーよりも、美しい。思わず、会話を置き去りに瞳に見入ってしまいそうになる。


「あら、宝箱というのは、あれかしら」


 少女の視線を辿れば、部屋の隅にチェストがあった。


「えっ、あ、あれですアレ。えっと、でも、先に見つけた人のものだと思うんですけど、あれ、開けないんですか」


 普通、こういうものは早い者勝ちだ。

 鍵開けのスキルがないプレイヤーが、開けずに立ち去ることはあっても。もし、後から来たプレイヤーが鍵開けだけすることがあっても、発見者と、鍵開けで取り分を決めてから行う。


「どうぞ。私は興味ないし」


 そう言う、少女に取り分のことを説明した。

 開けた後で、高価なアイテムが出て来た時に「やっぱり」なんてことになるのが一番面倒だからだ。


「そうね。いいわ、なら取引しましょう」


 そういう少女の赤い瞳は、引き込まれそうなほど、美しく見えた。

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