21.異世界少女は引きこもる
その日も村の工事は続いていた。
戦闘や攻略というゲームの本流から外れた、モノづくりの職人たちが、ここぞとばかりに集まってきての工事だ。
その規模は日々拡大し、職人でないプレイヤーの中にも、生産スキルを取る者が出るほどだ。
「なんか普通だよな」
「でも、領主登録はあの子で間違いないんだろ」
「ああ、それは間違いないんだけど……」
「じゃあ、クランの会計担当とかじゃないのか。リーダーと会計が別のプレイヤーのクランって、結構あるだろ」
「それがさあ、彼女はクランに所属してないのよ」
「んん? じゃあこの工事の資金ってどっから出てるのさ」
工事を遠目に見ながら話し合っているのは、開発チームの二人だった。
予定になかった急な村の開発により、ゲームへの影響を確認するため、開発チームは交代でログインしていた。
領主として登録されている、女性プレイヤーの職業は「料理長」。ログによると、料理人から料理長に転職したのは、この村に来た後だ。
ステータスにバフをかけれる料理は、工事中の職人たちには売れるだろうが、こんな大規模な工事を賄えるほどの売り上げがあるはずがない。そんな狂ったバランスであれば、ゲームの中は料理人だらけになっている。
料理長に転職後であれば、NPCの料理人を雇える。うまく街毎に料理人を配置出来れば、一人で作って売るよりも数は出るだろう。だが、NPCの雇用金が出ていくため、売り上げが劇的に上がるかというと、微妙だ。
もちろん、そうなるように開発チームが調整している。
「委任されてるマネージャーって感じ?」
「それもなあ。仕切るなら、村の建築の始めから居た、大工たちでいいだろ」
「手が足りないんじゃない?」
「そうかもなあ」
開発チームは、問題が起こった時にはログを遡って解析し、修正する仕事がある。
そのために、全プレイヤーの行動ログを閲覧する権限を持っている。
そうして調べたところ、領主に登録されているコロンというプレイヤーが、かなりの金額を「取引」で受け取ったことまでは判明した。しかし、その「取引」をした相手プレイヤーが不明なのだ。どうやって調べても、コロンに大量のお金を渡した相手が見つからない。
開発チームでは、チート行為ではないかとの意見も出た。
しかし、チームリーダーからの「あり得ない」という強い否定があった。
相手がいなければ取引のシーケンスは動かないし、シーケンスを無視したチート行為なら、「取引」のログにすら残らないというのがその主張だった。
そうして相手不明のまま、資金については有耶無耶の状態だ。
「でも、規模によってはリソース圧迫するでしょ」
「そうなんだよなあ。一日でとれる材料の制限とか、会議に上げたほうがいいかもなあ」
「一日あたりって、リポップにそんな設定項目ないよね」
「作るんだよ。お前が」
「いやいやいや、言い出しっぺが作ってよ」
二人は話をしながらも村の中をまわり、建物の数や、空きスペースの確認をしていく。
街の中に最大でどのくらいのリソースが必要なのか。それは単に建物と言っても多岐に渡る。
規模だけではなく、装飾も含めてのリソースだ。木の素材そのままの壁と、壁一面に大きな絵を描いた壁では必要なリソースは異なる。ましてや、イルミネーションよろしくゴテゴテと飾り立てたらとんでもないリソースを食う。
それでも、今建っている建物を見て回れば、ある程度の想定は出来るものだ。
村の中を一巡りして、辿り着いたのは領主の館だった。
領主の館とはいっても、システム的にはただの建物だ。大きな建物というだけで、特別な機能がついているわけではない。
「ほら、領主様の帰宅だぞ」
「やっぱり、この屋敷でログインしてるんだね」
丁度、コロンが屋敷に帰ってくるところだった。
時間的にも、ゲーム内の夜が近い。工事を止めるには良い時間だ。
どれだけ街灯を増やしたところで、暗いものは暗い。もし夜間も工事を続けるなら、そのためだけの照明が必要になるだろう。
リアル世界では、道路工事などの、交通量が減る夜間にしか出来ない工事がある。
そのために強力な照明を持ち込んで、発電機を回しながら工事をする。このゲーム世界にはそこまでの用意はされていない。
灯りを点ける魔法道具はあるから、束ねて使うか、大勢の魔法使いが明かりを灯しながら工事をするかになる。そこまで工事を急ぐ必要があれば、だが。
「……屋敷の前に定点カメラでも置いとくか」
「ストーカーはダメでしょ」
「違う。そんなことはしない。この屋敷に出入りするヤツを洗えば、資金源が分かるかと思っただけだ」
「それって入館許可持ってるプレイヤーにあたるんじゃダメなの?」
「一時許可があるからな。許可持ってなくても案内されれば入れる。あてにならん」
どうにも資金源が気になって仕方ない男は、管理者メニューから、カメラを選択する。
このカメラを設置しておけば、ゲームにログインしなくても、いつでもゲーム内の映像を確認出来る。それでいて、カメラ自体は不可視属性がついているため、プレイヤーの目には映らない。
管理権限を持っているからこそ出来る方法だ。もし、リアルで似たようなことが出来たら盗撮にストーカーと、悪用する方法はいくらでもあるだろう。
だが、管理権限であっても、建物の中、入館許可が必要になる場所への設置は出来ないようになっている。
カメラを設置する男たち。しかし、彼らは、彼ら自身が見られているとは、考えもしていなかった。
*
元来客用の応接室、すっかり面影も消えてお茶会室になっていたその部屋は、最近になってまた様相が変わっていた。
村から街への大改装が進むにつれて、執務室件食堂のような、雑多な空間となっていたのだ。
それはまるで、零細企業の事務所のように、書類の空きスペースで弁当を広げるような、ギリギリ秩序が見える混沌だった。
「最近アリスさん来ないねー」
そう言ったのは、いつの間にかこの屋敷に住み着いたサシミンだった。
桟橋が出来上がり、漁に出る拠点がサイドの街からこの村に変わってから、領主の屋敷でログインするようになっている。
「リアルが忙しいのかも」
答えたカグヤも領主の館に入り浸っている。
大工の職業についている彼女だが、専門はもっと細かい木工細工である。工事の進む中では大工仕事が多くなってはいるが、そんな中でもタンスや椅子などの家具を手掛けることが多い。
職人たちは家を建てる現場か、村の中に作られた加工所で作業をする。元々はカグヤも加工所の部屋でログインしいた。だが職人は男所帯だからか、いつのまにか、女性ばかりが出入りしている領主の館で過ごすことが増えていた。
「村の名前決めて欲しいのに~」
そうぼやくのは領主代行のコロンだった。
たまに部屋を覗いても、アリスは何日も寝たままで起き出す気配がない。それはプレイヤーが、アバターからログアウトしている状態と同じだ。彼女たちは単に、アリスがログインしていないのだと思っていた。
「勝手に決めちゃ、まずいか」
「それはダメでしょ」
「候補くらい出しておかない?」
テーブルの上に広げたお菓子を食べながら、好き勝手に話す。
コロンが料理人から料理長へ転職したことで、調理はNPCへ依頼出来るようになった。この屋敷には、いつもお菓子が潤沢に用意されている。
ゲーム内の夜。
それは屋外での工事には向かないが、明かりを灯した室内で過ごすには良い時間だ。
気のあった友人と、美味しいお菓子を食べて話す。その時間はリアルでもヴァーチャルでも変わらない価値がある。強いて言えば、ヴァーチャルであればお菓子のカロリーを気にしなくて良い。
彼女たちは、のんびりとした気分でお菓子を楽しんだ。
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