20.異世界少女は働かない

 カーン、カーン、カーンと石を叩く音が鳴り響く。

 フォースの街のギルドには石工が多い。

 すぐ近くに石切り場があるということが、その理由の大半だ。逆に、戦闘職にとってはゴーレムくらいしか出ないフォースの街周辺は、あまり人気がない。


 もう一つ理由を付け加えるとするなら、スキルレベルだろう。

 一定以上のスキルレベルを持たないと、街へ入るためのクエストが発生しない。一芸に特化した生産職であれば中堅レベル程度のものだが、武器の種類によるスキル、攻撃系スキル、防御系スキルと、平行していくつものスキルを育てる必要がある戦闘職にとってのハードルは高い。

 だから、その日にギルドでクエストを探していたプレイヤーたちも生産職、石工だった。


「よう、このクエストどうよ」

「んー? 石畳? なんかつまんなそう。もっとこうロボット的なさ~」

「金額見て見ろよ」

「うわ、めっちゃ高いじゃん。これ受けようぜ」


 金銭効率、経験効率。効率を追求する者も、しない者もいる。だが、目の前においしいクエストがぶら下がっているのを、見逃すプレイヤーはいなかった。

 そうして石工たちは、大量の石材を抱えて村を目指す。


              *


 村からほど近い海岸。そこに何人ものプレイヤーが集まっていた。

 近くには、海岸に引き上げられたいくつもの船がある。

 船の扱いは乗り物に準じる。お金さえ出せば小型の船をレンタルすることは可能だし、金額の多寡を考えなければ、大型の船を購入することも可能だ。


 だが、収納に仕舞うことは出来ない。

 船から降りたら、船が流されないようにどこかに繋いでおくか、陸に引き上げる必要がある。

 この砂浜のように、繋ぐものがない場所では、陸地に引き上げる一択だ。

 そして桟橋のない砂浜であれば、浅瀬の海からプレイヤーが引っ張って陸地まで引き上げることになる。


「このあたりに作れないか?」

「出来なくはないが……、ここは遠浅だろ。もっと水深が深くないと、大きな船は入れないぞ」

「ああ、それがあったか。今は、海辺で船から降りて砂浜まで引き上げてるから、遠浅でいいんだが。桟橋だと違うか」

「でも村の距離で見たら、このあたりのが便利じゃない。土を掘るとかしたら……」


 集まって話し合っていたのは、桟橋を作る場所だった。

 すでに村からの依頼でクエストは発行されている。ただ、作る場所が問題だ。そこで大工と船に乗る人たちで、場所を相談することになった。


 相談にあたっては、桟橋の場所だけではなく、使う船の大きさに合わせた桟橋の規模が必要になる。そこで現地を見ながら話そうと海岸までやってきたのだ。


「掘るにしても人手が問題になるぞ。村の建物もまだ途中なんだ、大工が足りない」

「大工って木工スキルだっけ。誰か呼んでくるわけにはいかないの?」

「知り合いは全部声を掛けたあとだからな~。なんなら船乗りみんなで木工スキル取ってみるか?」

「え、いやだよ。ウチは漁師だもの」

「でも、木工スキルがあれば、船の修理も出来るようになるぞ」

「それは……」


 村からは、一気にクエストが発行された。

 それは生産職にとっては、いくらでも稼げるといってもいいくらいの量だ。だが、それだけに、一度に作れる物は職人の数で制限される。


 元々、大工の数は少ない。

 生産職よりは戦闘職のほうが人気は高い。生産職の中でも、戦闘に使う武具が作れる鍛冶師や、料理でバフがかかる料理人、一時的に装備に属性を付与できる付術師のほうが人気が高い。

 それは攻略組と言われる、難易度の高い地域で活動する戦闘クランに居場所があるかどうかによる。


 木工スキルで作れる武具なんて、初心者用の木刀や木の盾くらいのものだ。

 だから大工の職業は人気がない。

 今、大工へ転職を果たしているのは、戦闘に興味が薄い、趣味で物作りをしたい人たちばかりだ。

 一人で好きに物作りをしている分には、大工が何人いようが関係ない。だが、この村のように大規模な工事が立て続けに、となると人数は一人でも多いほうがいい。


「考えてもみてくれ。この先、漁の途中で船が壊れるかもしれない。近くの海岸に避難するかもしれない。そんな時に船を修理出来るかどうかは重要じゃないか。それに、もっといい漁場を見つけたとして、近くの海岸に小屋の一軒も建てれれば、そこから漁に出れるぞ」


 桟橋の話し合いは、いつの間にか大工の勧誘へと移っていった。


              *


「用意が出来たならいくぞ」

「ちょっと待ってくれよ。いきなり店が閉まってしまって、魚が買えないんだよ」

「幽霊船か。タイミング悪いな。なら船着き場だ、運がよければ漁師がいる」

「それがあったか」


 サイドの港町では料理人が準備に忙しく立ち回っていた。

 急に出来た海沿いの村。何人かの料理人は、少し前からその村で屋台を開いていたという。二人がその存在を知ったのは、ほんの数日前だ。


 村を作ったという美少女には、他の料理人たちと一緒にサードの街に入るクエストを手伝ってもらった。その時は、報酬は料理だけでいいという話しだったし、討伐系のクエストは一人ではクリア出来ない。すぐにサードの街に入るわけではないが、このチャンスにクエストをクリアしておこう、そのくらいの気持ちだった。


 だが、その後にギルドから大量のクエストが発行された。

 行先はその村。

 クエストの種類は製造系。船をつけるための桟橋に、村の外壁の建築、NPCが常駐する商店なんかも建てるらしい。

 そのクエストは、料理人には直接関係はないが。料理を食べることでつくバフは、どの職人にも有効だ。特に魚料理でつくDEXのバフは、その製造職でも作業効率を上げられる。


 つまり、売れる。


 屋台区画はないようだが、料理人であればレンタルした屋台がある。街の中だろうが、を街の外のフィールドだろうが屋台を広げることが出来る。何も問題はない。

 それに、村へ行けば美味しそうに食べてくれた、あの美少女にもう一度会えるかもしれない。

 そうして料理人たちは船着き場へ向かった。


              *


 村では至る所に職人が張り付き、開発が進んでいた。

 職人の数には限りがあるため、抜群の速さで、という訳にはいかない。それでも現実で重機を使って建てるよりも、遥かに早いスピードで進むのは、ゲームならではだろう。


「本当にここに建てるのかい?」

「ええ、このラインでだだーんと建てちゃってください」

「随分と、村から離れてるが……」


 振り返れば、元々の村の柵が遠くに見える。

 その間を、シー・スラッグがのんびりと横切っていく。ノンアクティブで、ドロップ品が建築の素材になる。石工にとっても、大工にとっても馴染み深い魔物だ。


「いやあ、なんか、都市計画?的なあれで、このくらい広くないと、建物が入りきらないからダメなんですって」

「どんだけ広げる気なんだよ」

「だから、ここまでです」

「……わかった」


 一人は石工で、村の外壁の工事クエストを請け負ったのだが、予想よりも広い範囲に驚いていた。

 知り合いの石工も何人も村に来ている。知り合いたちは、先に村の中で、道路にあたる部分の石畳を作ることになっていた。

 しかし、これだけ広いとなると、先に外壁に手を貸してもらったほうがいいだろうか。どうせ石畳も、外壁の傍まで敷き詰めることになるんだろう。ならば、順番は外壁が先だ。


「あ、あとですね。外壁の上に石像が欲しいんですけど、出来ます?」

「石像は、俺の専門じゃないな。作ってるヤツから買い取ってくるんでもいいのか?」

「はい、はい、大丈夫です。じゃあ石像の買い取りで、別にクエスト出しておきますね。それで、こんな感じの石像がいいんですけど……」


 そういって収納から取り出したのは、三頭身の犬の像だった。ぬいぐるみのように可愛らしい。だが石だ、固い。


「なんだ。メイアンが彫ったやつか。なら、あいつに頼めばいいな」

「知ってるんですか。なら安心ですね。誰が作ったのか分からなくて、困ってたんですよ」

「まあ、大丈夫だと思うぞ。ただ、あいつ、こういう可愛いやつ作ってるの隠してるんだよ。とっくにバレてるけどな」


 他の石工がいる前では彫らない。そして並べてある石像も、手前は猛々しい獣ばかりで、可愛い石像は奥のほうに隠してある。近づいて覗き込めば、見つかる程度の隠し方だが。

 それでも、隠しているという気持ちを考えて、周囲の石工は何も言わないでいる。


「それで、ここに建てるのは分かったが、あっちのシー・スラッグはいいのか?」


 のんびりと進むシー・スラッグは、まだ視界の半分も移動していない。

 こちらから戦いを挑まなければ問題ないとはいえ、魔物が沸く場所の外側に外壁といわれると、何か違うように思う。


「よく分かんないんですけど、外壁が出来た後に、付与して?司教の魔法で?なんとかなるらしいです」

「ふーん。それならいいさ」


 付与使いの職業についている知り合いはいる。司教は、攻略組にいるような上級の支援職だから、知り合いにはいないが。なんとかなるなら、石工は石工らしく仕事をするだけだ。


              *


 サードの街は森に囲まれている。

 森の中ではレアドロップ狙いに猿を狩るプレイヤーと、木材狙いでトレントを狩る斧使いが多い。生産職と戦闘職のバランスが取れた狩場だと言える。

 しかし、しばらく前からトレントを狩るプレイヤーが、多く滞在するようになった。


 それはトレント材の需要の急増。

 木材の加工するための作業所、通称「加工所」。トレント材はそこで大量の買い取りを行っていた。だが、その日は多くいた職人たちの姿も少なく、買い取りに訪れる人の姿もまた少なくなっていた。

 トレント材を持ってきたプレイヤーが不審に思って訪ねる。


「ひょっとして木材の買い取り終わった?」

「いや、買い取りはあるよ。今度はギルド経由に代わっただけ、だからギルドに持って行ってくれ。値段は一緒」

「それならいいや。でもギルド経由ってなんでだ?」

「作ってた村にギルドが建ったからな」

「え? お前ら村作ってたの?」


 木材を売りにきて、何人もの職人が加工しているのは知っていても、それが何を示しているのかは理解していなかったプレイヤーが驚く。


「なんだと思ってたんだよ」

「いや、誰かがクランハウスでも建てるんだろうなー、と」


 聞けば、森を抜けた海岸に村が出来ているという。

 元より森の中で狩りをしているのだ、もう少し足を伸ばすだけで海があり、新しい村がある。そう聞けば見に行こうという気にもなる。しかも工事中の建物が沢山あるという。建った建物には特に興味もないが、工事中は見てみたい。

 そうしてクエストとは無関係に、村への見物客も増えていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る