19.異世界少女は領主にならない
クエストの手伝いをするうちに数日が過ぎた。
何日もかかったのは、料理人たちの都合に合わせたからだ。
その日に出掛けるのかと思えば、武器も防具も持ち歩いていない人ばかりで、流石にそれはと後日の話になった。
そして料理人たちがサイドの港町で準備をしていたところ、村に来ていない他の料理人にも希望者がでた。
収拾がつかなくなりそうになったものの、コロンとカグヤの二人で調整してくれたようだ。結果として、数日に分けてのクエストの引率と、報酬代わりに料理の自信作をもらえることになった。
サードの街に入るクエストは、セカンドの街の周囲での魔物の討伐だ。
決められた数の魔物を倒す必要があるが、討伐にカウントされるのは同じパーティーメンバーだけだという。一つのパーティーにも人数の上限があるため、希望者が多いと何度も討伐をする必要がある。
サイドの港町からの出発ということもあって、サイドからファースト、セカンドの街へ移動しては戦い、サードの街に入れることを確認するという長い道のりになった。それを何度も繰り返すのだ。
途中で面倒にはなったが、料理人には女性プレイヤーも多い。
料理以外にも、何人かよさそうなプレイヤーにマークをつけたり、そのままサードの街でログアウトするというプレイヤーを味見できた。無駄な日々ではなかったのだと思う。
クエストの合間には、フォースの街へ出向いて石像を買ってきた。
以前に買ったところへ行ったら、また可愛らしい石像が増えていた。あまり歓迎されていないような感じもあったが、他のプレイヤーの作った石像よりも、可愛らしくて気に入っている。
クエストの手伝いをしているうちに、村には更に数軒の建物が建っていた。
プレイヤーたちの言う宿屋とギルドだそうだ。
村を拠点にするプレイヤーも増えて、村には昼だけはなく、夜にも人がいるようになる。
少しばかり騒がしくはなったが、屋敷から見える海に変わりはない。村の中でも海に近い端に建てられた屋敷からは見る海は、静かに水面を揺らせていた。
「それで、ギルドからというか、どっちかというと運営からなんだが……」
そう説明を始めるのはクラフトだった。
場所は屋敷の一室。以前に来客用の応接室だと説明された一室は、お茶会用の部屋の改装されていた。始めにあったソファとローテーブルは撤去されて、白いテーブルと椅子のセットに代わっている。
部屋にいるのは私とクラフトの他にコロン、カグヤ、サシミンと、クエストの手伝いをしていた人たちが揃っている。というよりも、四人でお茶を飲んでいたところにクラフトがやってきたというのが正しい。
「この村の村長を決めて欲しいそうなんだ」
「あ、それ、私の所にもメールがきましたよ。あれなんですか?」
「私にもきてた」
「えっ、ウチには来てない」
「あー、多分だが、村に居た時間だと思う。大工の中でも、村で建築作業をしてたヤツには来たんだが、サードの街で木材の買い取りとか、加工を中心にやってたヤツには来なくてな」
クッキーをもう一つ摘まむ。
屋敷のキッチンにあるオーブンを使って作ったお菓子だそうだ。
サクサクとした歯触りと甘さは、今まで食べた料理とはまったく違う。そう言うとコロンは料理とお菓子は違うのだと説明をしてくれた。だが良く分からない。オーブンを使ったらお菓子なのかと聞いても、違うという。甘ければお菓子なのかと聞いても、違うという。この世界の文化は難しい。
「宿とギルドが出来たからな。村としての要件を満たしたってことらしくて、領主を決めないといけないんだそうだ」
「領主って何かするんです?」
「ギルドの話だと、この村の予算の決定権を持つらしい。予算を使って、他の街のように街灯の設置したり、料理人ではなくても借りれる屋台を置いたり、まあ、インフラ関係だな」
「へー、面白そう」
「でも予算っていっても、どうやってお金集めるのよ」
「あー、それはギルドや宿から税金が納められるらしい」
暖かいお茶でクッキーを流し込む。サクサクとしていた歯ざわりが、お茶を吸い込んでしっとりとした食感に変わる。お茶の苦さが、クッキーに吸い込まれ、甘い液体に変わる。二つだった物体が交じり合って、一つの、違った何かに変わる。
「ふーん。ならやっぱり、アリスさんが領主?」
「村を見つけた? 開放した? のがアリスさんなんだっけ」
「大工連中はアリスさんでいいんじゃないかとは言っている。だから本人に確認をな」
「いいんじゃない」
「私も賛成する!」
「いやよ」
「「「なんで!?」」」
まったく、クッキーとお茶なんていう面白いものを口にしているときに、味を損ねる話題は慎んで欲しいと思う。なにより……。
「私はこの屋敷が欲しかっただけだもの、村なんていらないわ」
それだけの話だ。
「あー、まあ、そうだよなー」
「えークラフトさん、納得しちゃうんですか」
「いや、自分で管理したいなら、俺ら大工が勝手に家建ててる時点で文句言うだろ」
「え? 勝手に建ててたんですか?」
「いや、一応聞いてはいたんだが『好きにすれば』としか言われなくてな……」
もう一つクッキーをつまむ。
今度はクッキーだけをかみ砕いて飲み込む。そしてお茶を飲めば、クッキーの甘さが流れさり口の中がスッキリする。
その間にも領主はどうするのか、誰ならいいか、クラフトはどうかと言われて、本人は、俺は建物を請け負っただけだからと話しが続く。だからこう告げる。
「コロン。あなたがやりなさい?」
「はあ!?」
良い顔だった。
*
「どうしろってんですか、もう」
クッキーを食べつくして、自室に引っ込んでしまったアリスさんに愚痴をいう。もちろん、本人には聞こえない。居るのはクラフトさんを含めて三人だけ。
それ以外には、サイドボードの上にいる小っちゃいワンちゃん。この屋敷には、アリスさんの趣味で、いろんな場所にヌイグルミみたいな石像が置かれている。抱きしめたいくらいに可愛いけど、石だ。固い。
「あー、まあ、あまり気負わなくてもいいと思うぞ」
「がんばるとか、がんばらないの前に、何すればいいのか分かりませんよ」
「お金の使い道を決めるんでしょ」
「あ、ウチ、桟橋作って欲しい!」
「でもその前に、他の人が納得してくれるかな~」
それが一番の問題だ。
私はただの料理人で、屋台をやってただけの人間だ。いきなり領主です、この村のことは私が決めます、なんて言っても誰も納得してはくれないだろう。
「あー、そこは、ほら、アリスさんの代官ってことで」
「代官ってなんです?」
聞くと領主の代理で、実際に街や村の統治を行う文官のことを言うらしい。「越後屋と悪代官とか聞いたことない?」と言われても何のことなのかさっぱりだ。
「コロンちゃんはこの屋敷に住んでるわけだし、アリスさんが領主で、コロンちゃんが代官ってことでいいんじゃない」
「うーん、ならそれでもいいですけど。結局、何すればいいんです?」
「桟橋つくってー」
「その前に街灯じゃない?」
「それは、予算を見てから考えればいいさ。まだまだ先の話になるから、要望だけ集めておけば十分だろ」
そうしてメールが届いた人たちに話をして、私が代官ということになった。
メールが届いていたのは、大工の人たちと、屋台の店主ばかりだったから話は簡単に済んだ。何日もこの村で屋台をやっていたから、全員顔見知りだ。
登録をしたギルドで教えられたのは、ギルドや宿屋などの、NPCが運営している場所から、売り上げに相当する金額の一部が税金として納められること。他の街のようにレンタルの屋台や、船を用意することが出来れば、そこからも利用料の一部が税金として納められることだった。
村を利用する人が増えなければ税金は増えない。
税金が増えなければ、便利な施設が作れない。
便利な施設がなければ、村に立ちよる理由はない。しばらくは大工の人たちと、大工の人たちを相手にする屋台くらいだけだろう。
施設を作るときには、ギルドからクエストとして発行されるらしい。
新しいクエストがなければ、村に人が来ないだろうから、村の発展はとてもゆっくりになると思えた。
それなのに、作るものの優先順位を話し合っていたら、それをアリスさんが聞きつけたらしい。大量のお金を渡されてしまった。
話し合いの席にはアリスさんは居なかったのに、誰に聞いたんだろう。
クラフトさんたち大工の仕事だけでなく、魔法道具を作れる付与使いへ街灯を頼んだり、石畳を石工たちに頼んだりと、沢山のクエストが一度に発行されて、村はまた騒がしくなった。
……もう村って規模じゃないかもしれない。
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