16.異世界少女は石を掘る
石像を数体買って、街を出る。
石像を買ったついでに、彫刻をしていたプレイヤーに聞いたところ、街の外にある石切り場のことを教えてもらった。
本当は石工で建物を建てれる人がいるか聞いたのが「知らん」というだけで終わってしまったのだ。石切り場は、石工が出入りする場所として教えてもらったに過ぎない。
街に入ってきたのとは反対側にある門を出れば、街道は緩やかな斜面を経て、遠くに山が広がって見えた。
話によると、街道に沿って進むと石切り場があるらしい。
今の位置から見えないのは、途中の木が邪魔しているからだろう。
森とまではいえな疎らな木々。その間を蛇行していく街道を進めば、すぐに石切り場が見えてきた。
丘の断面図のような岩の壁がいくつもある。
その壁の前では、何人ものプレイヤーがツルハシを振るっている。
カーン、カーン、カーン。
ツルハシが岩にぶつかって、高い音を奏でる。
(手間のかかることをしてるわね)
ツルハシは街の中でも見た道具だ。
斧にも似た柄のついた道具だが、斧と違って刃があるわけではない。先端は尖っていて、それを石に突き刺して削るための道具。何度も、何度も突き刺していけばその部分が削れていく。いわばそれだけの道具だ。
ここは石切り場だと聞いている。ならば岩の壁から石を切り出す場所のはずだ。
ツルハシでは、一つの石を取り出すのに、何度振るえばいいのか。気が遠くなる。
誰一人、魔法で切り出そうともせず、愚直にツルハシを振るっているのも不思議だ。
そんなことを考えながら見ていると、不意に岩の壁から石の塊が転げ落ちる。
それなのに、落ちた場所の岩の壁は、変わらずに
(マナが動いた?)
見ているうちに、別のプレイヤーのところでも、石が転がり落ちる。
(確かにマナが動いたわ)
岩壁は
つまり、ツルハシを何度も突き刺すと、岩壁から石の塊が落ちる。それは魔物がドロップアイテムに変化するときのマナの動きに似ていた。
ゴロリ、ゴロリと転がり落ちる石をしまっては、プレイヤーたちは再びツルハシを振るう。
近くにある別の岩壁を見ても、それは変わらない。
石の色合いが少し違うものの、ツルハシを振るうと石が転がり落ちるのは同じだ。
「不思議な世界ね」
マナを使って生み出すなら、ツルハシを振るう必要はない。
ツルハシを振るうなら、マナで生み出す必要はない。
わざわざ無駄に手間をかけて、出し惜しみをしている世界。あるいはそれが「遊び場」という意味なのかもしれない。
「ゴーレムがくるぞー」
不意にプレイヤーの一人が声を上げる。
そして全員が一斉に岩壁から離れる。近くの別の壁からはプレイヤーたちが集まってくる。
プレイヤーたちの視線を辿れば、それは岩壁の上。大きな人型。
ドッシン。
大きな音を一つ立てて、大きな人型は岩壁の上から降ってきた。
『ロック・ゴーレム。岩で出来た魔法生物。鈍重な動きではあるが力は強い』
「やるぞおまえらー」
「つっこめー」
「殴れー」
さっきまで岩壁にツルハシを振るっていたプレイヤーたちが、今度はロック・ゴーレムに殺到する。
手に持つのはツルハシ。
ガシガシと、ツルハシでロック・ゴーレムを削っていく。
時折、ロック・ゴーレムの反撃で突き飛ばされているプレイヤーもいる。
それでも、数の暴力は圧倒的だ。
突き飛ばされたプレイヤーが、後ろで殴る順番待ちをしているくらいだ。プレイヤーの勝ちは揺るがないだろう。
だが、そのまま終わりとはいかないようだ。
「まだ来るぞ!」
岩壁の上に、さらに数体のロック・ゴーレムの姿が現れる。
次々と飛び降りてくるロック・ゴーレムにプレイヤーたちが浮足立つ。
ツルハシを振るう手は止まらないものの、まだ最初の一体ですら倒れていない。
「数が多い!」
「足止めしろ!」
何人かのプレイヤーが追加のロック・ゴーレムの元へと向かう。
だが足止めしようとしたプレイヤーが突き飛ばされ、ロック・ゴーレムの動きは止まらない。
最初の一体に合流したロック・ゴーレムが、囲んでいるプレイヤーを薙ぎ払う。
「足止めはどうした!」
「数が多すぎて無理だよ」
「どうする。一度引くか?」
「せっかくの石材だぞ?」
ロック・ゴーレムたちを前に、距離をとって相談するプレイヤーたち。
逃げる気はないようだが、徐々に距離をつめてくるロック・ゴーレムに及び腰だ。
(仕方ないわね)
せっかく石切り場まで来たのに、話を聞く前に散り散りになられても困る。
「
マナが呪文により、いくつもの風の刃と化す。
それらはロック・ゴーレムたちの足に叩きつけられる。
ガッ、ゴッ、ガッ。
一つの刃で深く傷ついたロック・ゴーレムの足は、次の刃で半ばほどまで傷を広げる。
それだけでは終わらない。さらに数度の刃で、足が切り落とされる。
それが続け様に、すべてのロック・ゴーレムに行われた。
足を失い、転がるロック・ゴーレム。呆然とするプレイヤーたち。
ツルハシを振るうわけでもなく、ロック・ゴーレムを見ているだけのプレイヤーたちに声をかける。
「ほら、足止めしたわよ。早く倒しなさい?」
その答えは、プレイヤーたちの雄叫びと、ロック・ゴーレムに叩きつけられるツルハシの音で返された。
*
「もらってしまって良かったんですかね~」
「仕方ないだろ。いらないって言うんだから」
男たちは同じクランに所属する仲間だった。
クランの名前は『ロボット技術研究所』、通称「ロボ研」である。
彼らは、このファンタジー的な世界で、人が乗り込めるロボットを作ろうとしている職人集団だった。
とは言っても、まだSF的なロボットは言うに及ばず、ゴーレムをベースに人が乗れるようにしようと試行錯誤している段階だ。
「せめてお礼とか」
「売ってくれとは言ったさ。断られたけどな」
石切り場に大勢でやってきたのは、ゴーレムの素材を手に入れるためだった。
岩壁から掘り出せる石材も大量に必要で、それ以上にロック・ゴーレムがドロップする『ゴーレムの欠片』という名前の石材が必要だった。『ゴーレムの欠片』は付与と相性がいい、ゴーレムの中核部品の一つだ。
一体二体であれば、生産職の彼らであっても、ロック・ゴーレムは狩れる。
だが、今日は運わるく、大量のロック・ゴーレムが一気に湧いてしまった。
貴重な『ゴーレムの欠片』は欲しい。だが倒せる戦力がない。一度逃げて、一体づつ釣るか。それとも街まで戻って戦闘職を呼んでくるか。そう考えていたところで、意外な助っ人が現れた。
ローブ姿の少女は、魔法の一撃でロック・ゴーレムたちの足を切り落としてみせたのだ。
いくら力の強いロック・ゴーレムとはいえ、歩けなくなってはまともに反撃することも難しい。彼らはロック・ゴーレムの手が届かない位置から、ツルハシを振るうだけでよかった。
ドロップした『ゴーレムの欠片』は、戦闘に関わった全員で分けるのが普通だ。だが、戦闘で最も活躍した少女に優先権があるとも言える。だから彼らは『ゴーレムの欠片』を売って欲しいと交渉をした。
結果は「いらないわ」の一言で終わってしまったが。
「強い魔法だったな」
「前線組かな」
「たぶんな。家を建てる金があるんだ、最前線の攻略組だろ」
ドロップ品がいらないと言った少女は、代わりに家を建てれる人はいるかと聞いてきた。
しかし、この場にいたのはロボットの研究をしている者たちばかりだ。残念ながら、少女の希望には答えることが出来なかった。
「まあ、なんにせよ。一つ借りだな。もらいっぱなしって訳にもいかん。機会を見つけて返さんとな」
「そっすね」
少女の名前すら聞いていない。彼らがそんな単純なことに気づくのは、もっとずっと後だった。
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