閑話3 運営さんは休めない

 就業時間まではまだ一時間。気の早い社員が出社するかどうかという時刻。

 そんな時間に男は一人でモニターを見つめていた。

 映っているのは、いくつものゲーム内映像。

 いくつものウィンドウには、それぞれ別のゲーム内映像が映し出されていた。そして、すみにあるウィンドウにはゲームの掲示板も。


 映像には平日の朝に関わらず、多くのプレイヤーたちが行きかっているのが映し出されている。

 遊んでいるプレイヤーたちが少し羨ましく思っても、今は勤務中だと気を入れなおして、あくびをかみ殺した。


「おはよう。起きてるか」


 もう一人。入ってくるなり声をかける。


「おはよっす班長」

「おう。監視はどうだ、異常は?」

「ねえっす」

「そうか」


 班長と呼ばれた男は席について、自分のPCを立ち上げる。


「それよか班長。この監視って意味あるんすか」

「知るか」

「ちょっ」

「上からの指示だよ。サーバートラブルに備えて夜勤するんだから、監視くらい一緒にやれってな。……でもまあ、開発部でNPCへのログを組んでる。それまでの数日だけだ」

「……サーバートラブルあったら一人で監視とか無理っすからね」


 それに「分かってる」とだけ答えて、班長は起動したPCにログインする。


「…………」

「…………」


 しばらくカチカチとマウスのクリック音だけが響く。


「そういや班長、掲示板みました?」

「ん? いや、まだだ」

「イベント板が盛り上がってるんすけど、なんかやってましたっけ」

「いや? いまはイベントは何も動いてないぞ」

「村の復興とか言ってる人たちがいるですけど」


 掲示板に書かれていたのは、サードの西にある村だという。

 そんな場所があったかとしばらく考えて、フォースの街から南西に進んだ廃村だと気づいた。

 サードからの道はなく、森と海岸の間にはかなりの高低差がある。垂直の崖ではないから、無理をすれば昇り降り出来なくはない、という程度だ。普通に歩いて行き来するルートなら、フォースの街から西の海岸線に出て、南へ下ることになる。


 元々、廃村はかつての漁村だったという設定だ。サイドの街の定期イベントと同じ幽霊船に滅ぼされたことになっている。

 いづれはアンデットを殲滅して、村を開放するイベントが予定されてはいる。だが、それはタイミングを見計らっている段階だ。フォースの街に入れるプレイヤーの数が十分に増えてから、と会議で決まっている。


 それまでは、村ではゾンビが無限沸きするようになっている。

 ゾンビをいくら倒しても意味はなく、ボスクラスのHPに設定した廃屋を破壊するまでは、上限なく沸いてくる。上限なくというのは、一度に存在するゾンビの数だ。サーバーの負荷を上げ過ぎないように、誰かが村に踏み込んだ時の限定だが。

 もし、村へ踏み込んだプレイヤーがいても、ゾンビに集られて逃げ出すことになるだろう。ゾンビが湧く廃屋は複数あるから、プレイヤーが複数パーティーで来ても同じことだ。


「なんでこんなことに」


 二人で話をしながら掲示板を確認すれば、確かに村の復興だと騒いでいるプレイヤーたちがいた。

 投稿されたスクリーンショットからは、廃屋は一軒たりとも残っておらず、その代わりに新しい家がいくつも建築中だった。ほんの僅かな希望にすがってカメラを起動してみても、廃村だった場所に新しい建物が建築中なのを確認できただけだった。


「イベントの予定が台無しじゃねーか」


 掲示板の確認をしている間に就業時間になっていた。

 見なかったとこにしたいが、村の影響を考えると後回しにするわけにもいかない。そんな葛藤をメールにこめる。班長が上司と他部署に送信したメールは、朝から騒動を巻き起こすだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る