7.異世界少女は海を知る
(ん~~~~)
アリスはベッドから起き上がり体を伸ばす。
久々にゆっくり寝た。何日ぶりかはよく分からない。そもそもこの世界の一日の長さもよく分からないのだから、何日ぶりというのも意味はないのかもしれない。
宿のベッドは快適だった。コロンのところに忍び込んだ時も思ったが、取り立てて何もない狭い部屋でしかないのに、寝具は上等なものが置かれている。
プレイヤーはログアウトするために使うだけなのだから、寝具が上等である必要はないだろうに。それでもまあ、柔らかい寝床があるのはいいことだ。
金銭のやり取りについてのマナの波動は理解した。
品物の取引は、収納への転送が問題ではあるものの、こういった宿で支払いをする分には問題ない。また気が向いたら宿に泊まろうと思う。ベッドを片付けて宿を出る。
ファーストの街を出て岩場を進めば次の街が見えてくる。
サシミンに教えられた港町だ。砂浜と、そこに集まっているプレイヤーを横目に街に入る。ここの街も門は開いたままで素通りだ。
かつての世界では、街の出入りに通行税が必要な所もあった。この世界では門番や衛兵と言ったものすら見ない。人形だけの箱庭ではそんなものは不要なのか。街の中でプレイヤーが暴れることを想定していないのか。
(不思議な世界ね)
遊ぶための箱庭だと分かっても、尚、この世界は歪だ。
街を歩いているうちに霧が出てきた。少し日が陰る程度の霧で、視界がなくなるほどではない。
そのまま進むと、街の奥には木の橋が並んでいた。大きな水たまり、海に突き出るように作られた橋はその途中で唐突に終わっている。いくつかの橋の隣には水に浮かんだ乗り物がある。
『小型漁船。ギルドで所有しているレンタル可能な船。定員は1パーティ』
鑑定で分かるのはそれだけだ。
せっかくの海なのに、海の上は濃い霧で見えない。街の中に漂っている霧とは濃さが違う。
(あら?)
気づけばコロンにつけたマーカーが近くにある。この街にいるようだ。
海は後回しにして、先にコロンに料理を作ってもらおう。
そう思って、アリスは海を離れた。
*
私はファーストの街の西側にあるサイドという港町に来ていた。この街まではセカンドに行く時のようにボスが出るわけじゃないから安心だ。
この街に来たのは、料理人への転職のためだ。
アリスさんが沢山素材をくれたお陰で、不本意ながらもあっさりと転職できるスキルレベル5に到達出来たからだ。でももう変な食材は料理したくない。
セカンドでログインした時には、宿までついて来ていたはずのアリスさんの姿はなかった。私よりも先にログインしてどこかに出掛けたのだと思う。フレンド登録してあればメッセージで聞けるのに、なぜかアリスさんは登録出来ない。本人は気にしてないみたいだけど、今度、運営に問い合わせしたほうがいいかもしれない。
サイドの港町について、クエストを進めていると霧が出て来た。
タイミングが悪いと思う。
霧は港町で定期的にある幽霊船襲撃の合図で、霧が出始めてから討伐が終わるまでの間は一切の船が出ないし、街の中で魚を売ってくれる店も閉まってしまう。
今日は時間に余裕があるから、一気に転職するまで進めたかったのに。
骸骨と戦うのは嫌だし、終わるまでどうしてようか。そんなことを考えているとアリスさんが現れた。
*
『蜘蛛の足』『二面蜘蛛の足』材料を渡したのだけれど、コロンはあまりうれしそうではなかった。それに『古代樹の目玉』は料理の材料にならないと言われてしまった。
(まあ、料理はするようだし、構わないけれど)
料理の間に話をしてみると、この街には料理人に転職するために来たらしい。そして、転職クエストの途中で霧が出て来たのだという。
クエストというものが何なのか良く分からないままに、海に出るのかと聞いてみたら違うという。どうも、海で獲れる材料がクエストには必要で、霧が出ている間はそれが手に入らないということだ。
収納なら時間も経たないのに、霧が出ているとダメとか、相変わらずこの世界のルールは歪だ。沢山獲って仕舞っておけばいいだけの話なのに。
「出来ましたよ。これが『蜘蛛と大根のサラダ』、こっちが『蜘蛛足のフライ』」
出来上がった料理を順番に口にする。
赤い野菜と白い蜘蛛肉のコントラストが鮮やかなサラダは、野菜のシャキシャキした歯ざわりがクセになる。蜘蛛の肉は柔らかく、野菜に比べて存在感がない。
蜘蛛足のフライは表面がパリッとしていて、サラダとは別の歯ごたえがある。中身は蜘蛛の肉だというが、サラダとは違って味が濃い。
同じ蜘蛛の肉でも料理によって随分と差が出るものだ。
「あ、やった、屋台あるじゃない」
「……え、あの、これは材料が持ち込みなんで、売れないんですよ」
「ええー、そんなー」
食事を続けていると、コロンが他のプレイヤーと話をしている。
困った顔でちらちらと見て来るコロンに別に構わないと許可を出す。プレイヤーが料理を買っていく。
料理を食べるのは面白いけど、マナ効率で言えば材料のまま吸うのに比べても数段落ちる。ただの娯楽なのだから、無理に全部を手に入れようとも思わない。
それに渡した材料以外にも、いくつも材料を使っているのを見ている。コロンの取り分だって必要だろう。
買ったプレイヤーは、急ぎ足で街の外へ向かうようだ。
「なにかあるのかしら」
「霧が出てますからね~。討伐に参加するんしょうね」
霧が出ると討伐だという。霧というのは魔物なのだろうか。
コロンの要領を得ない説明によると、霧が出るとイベント開始の合図で、街の様子が変わる。
船が出せなくなり、海産物を売っている店は、店を閉めてしまうのだという。
そしてこの霧は、イベントが終了するまで続く。
そのイベントとは、幽霊船の討伐。
一艘の大型船。そこから湧き出す大量のスケルトン。その船は街の外に停泊し、小舟を使ってスケルトンたちは砂浜に押し寄せるのだという。もっともコロンも実際に見たわけではなく、攻略サイトの情報らしい。
(攻略サイト。変な名前ね、方言かしら)
翻訳魔法で言葉が通じるようになってるといっても、正確なニュアンスが伝わるとは限らない。
「どうせクエストも進まないし、見学に行ってみません?」
「あら、あなたは戦わないの?」
「いや、あははは……」
街の外に向かう。
すぐ近くにある砂浜は、いくつかの小さな船が置いてある。街の中にあった橋に横付けされていた船よりももっと小さい。
そして、船の前を通り過ぎて少し歩くと、そこに数人のプレイヤーが集まっていた。
「あれ? なんか少ない。かも」
人数にして十人もいないだろう。
「スケルトンは何体くらい出るのかしら」
「えっと、確か、百は超えるはずです」
「そう」
聞いてはみたものの、スケルトンの強さは分からないし、プレイヤーの強さにも興味はない。無言で見ているのも味気ないから言ってみただけだ。
「どうしよう。討伐終わらないかも」
「終わらなかったらどうなるの?」
「終わるまでクエストが出来ません」
そういうものか。
その後もなんというわけもなく会話を続けた。それによると、倒せなかったところで、街が滅ぼされたりはしないらしい。
ただ、倒し切るまでスケルトンがうろついて、霧が晴れず、店が開かない。たったそれだけだということだ。
半端というか、ごっこ遊びのお約束のようなものだ。戦いはしても、それだけ。勝った先も、負けた後もない。
「あ、来ましたよ」
見れば海の上、霧の奥からのっそりと船が現れる。
その大きさは、砂浜に置かれていた船よりも、街の奥にあった船よりも、とても大きい。同じ船同士で比較するよりは、街の建物と比較したほうが近いだろう。
二階建ての建物の屋根のような高見から、小舟が下ろされる。
小舟に乗るのは数体のスケルトン。骨だけの姿のそれは、なぜか頭に布を巻き付け、剣を持っている。
「頭の布って、必要かしら」
「海賊っぽいからじゃないですか?」
そんな話をしている間に、スケルトンたちは海面に降り立つ。海に踏み込んだプレイヤーと戦闘が始まる。スケルトンを下ろした小舟は、もう一度上に引き上げられる。コロンの言った通りの数がいるなら、繰り返しスケルトンが下ろされるのだろう。
「あまり増えないわね」
続けてスケルトンを下ろせば、プレイヤーの数を圧倒するはずだ。しかし、船から降ろされるスピードは遅い。プレイヤーがスケルトンを倒すのを待っているかのように、遅い。
五分、十分と戦闘は続く。
スケルトンは倒される度に補充される。
数の不利。一度に囲まれることはなくても、繰り返しの戦闘に、プレイヤーの動きが鈍っていく。
どういった魔法なのか遠目では良く分からないが、剣や斧にマナが宿ったり、火や水の矢が飛んだりということも減っていく。
「ああっ」
ついに倒れるプレイヤーが出た。
倒れた体は魔物と同じように消えていく。
「今日はもうクエスト出来ないかも……」
コロンが哀しそうにそういう。
倒されたプレイヤーのことなど一言もない。ここは遊び場で、あの体はアバターだからだろう。戦いの凄惨さも、帰らぬ者への悲哀も、ここには何もない。
「目ざわりね」
「えっ?」
マナが溢れる。
「
霧が薄れる。いや、霧が集まる。
周囲の霧は晴れ、海が見える。そして船だけがより濃い霧で包まれる。すでに船の姿は見えない。船のあった場所にあるのは白い塊だ。
「風よ遊べ。それこそが
風が渦を巻く。
白い塊を中心に閉じ込めて、竜巻が出現する。
「マナよ走れ。『逆巻く
光が、立った。
太い雷は、その大きな音を従えて天に上る。
天から地に落ちる雷とは逆の方向。ゆえに、光が立ったように見えた。昼間でも更に強い光が。
そして船は消滅した。
海の霧は晴れ、船の痕跡すらも見当たらない。あの船が魔物と同じようなマナの塊であるならば、消え去ってしまったのだろう。
そして、浜辺で戦っていたプレイヤーたちの姿もまた、消えていた。
「さあ、行きましょう。クエストをするのでしょう?」
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