怪人イタチソード⑤

「我々はダークスフィア! そして私は四騎将の一人、“怪人イタチソード=リッパー”だ! ここにいる全ての人間よ、絶望するといい!」


 外から聞こえた声は、確かに飯綱先生……いや、怪人イタチソードの声だった。


 だけど、“怪人イタチソード=リッパー”に名前が変わっているぞ!?


「耕太くん!」

「はい!」


 僕達は人混みをかき分けて外へと向かうと、そこには確かにイタチソードがいた。


 そして、その姿は以前とは異なっていた。


 以前の黒のタイトスーツのコスチュームとは異なり、その身体は赤を基調とした、サムライが着るような鎧のようなもので覆われていた。

 両腕の手甲や両脚のブーツも、それに合わせてデザインが変更されている。

 そして、鉄の仮面もデザインが変更され、額にはツノのようなものが生えていた。


「耕太くん……ウチは飯綱先生、いや、怪人イタチソードと闘う。それでもええか……?」


 僕達がイタチソードを視認した後、こよみさんがおずおずと尋ねる。

 多分、こよみさんは僕に気遣っていて、それで……。


 だけど、僕の答えは決まっている。


「はい……僕にとって世界で一番大切なのは、こよみさんです。だから、絶対に無事に帰ってきてください!」

「うん……分かった!」


 僕の言葉にこよみさんは力強く返事をすると、左腕をかざし、ヴレイウォッチのダイヤルを回した。


「変身!」


 こよみさんはいつものように、ヴレイピンクへと変身する。

 こよみさんの本当の姿とは違う、長身でグラマラスなスタイルに。


 ……僕はいつも、この変身後の姿に憤りを覚える。


 どうしてこよみさんが、自分の意志に関係なく自分を偽って闘わなきゃいけないんだ、と。


「こよみさん……」


 変身したこよみさんに、僕はその名を呟く。


「もう……耕太くんは気にせんでええんよ? でも、ありがとう。ウチは、耕太くんがそう想ってくれるだけで充分。それだけで、ウチの心は満たされてるさかい」


 そう言って、こよみさんはそっと自分胸に掌を当てる。


「耕太くん……行ってくる!」

「はい!」


 こよみさんは颯爽と飛び出し、イタチソードの前に姿を現す。


「怪人イタチソード=リッパー! この勇者戦隊ヴレイファイブの一人、ヴレイピンクが相手するわ!」

「……現れたか。だが、そんな自分を偽りながらの状態で、さらなる怪人化によってパワーアップしたこの私に勝てるのか?」

「それは……やってみないと分からない!」


 ヴレイソードを正中に構えたまま、こよみさんがイタチソードに突進する。


「フン」


 イタチソードは腕から二本の刃を出現させると、こよみさんのヴレイソードを受け止める。


「やああああああ!」


 そこからこよみさんはさらに連撃を加える。

 ここまでは前回と同じ展開だった。


 僕はこよみさんが闘っているその間にタブレットを取り出し、司令本部及びヴレイファイブの面々に通信する。


「みなさん! 現在、六本木の美術館に怪人イタチソードが“怪人イタチソード=リッパー”と名と姿を変えて出現! ヴレイピンクが対処していますが、至急応援をお願いします!」

『こちら司令本部! 了解した! 既に警察機関には連絡済みだ!』

『耕太! ブルーだ! あと五分もしたら到着するぜ!』

『上代くん! ゴメン! 私は今首都高に乗ったところ! まだしばらく時間がかかるわ!』

『……こちらブラック。現在イエローとともに向かっている。あと一〇分かかりそうだ……』


 ……一番早い青乃さんでも五分後、か……。


 前回は先輩との連携で撃退したけど、今回はこよみさん一人だ。

 みんなが到着するまで、なんとか持ちこたえられたら……。


 その時。


 ——キイィィィィィイイン!


「そんな!? ヴレイソードが!?」


 耳障りな金属音とともに、こよみさんの動揺する声が聞こえてきた。


 見ると——ヴレイソードが半分に折れていた。


「っ!? こよみさん!」


 僕はたまらずこよみさんの名を叫んでしまっていた。


「む!? 君は……では、まさか!?」


 イタチソードは僕へと視線を向けると、明らかにうろたえている。

 僕がここにいること、そしておそらくは……ヴレイピンクの正体を知ったことで……。


「……そうか……運命とは皮肉なものだな……だが! 私は怪人イタチソード=リッパー! 私を救ってくださり、そして、導いてくださった“あの御方”のため、ここでヴレイピンクを葬る!」


 そう宣言すると、イタチソードはこよみさんへと肉薄し、そして。


「キャアアアアアアアア!」

「こ、こよみさ—————ん!?」


 こよみさんはイタチソードによって切り刻まれると、変身が解け、満身創痍の状態で地面へと叩きつけられた。


「く、くそ!? こよ……」

「待て耕太!」


 今すぐこよみさんの元に飛び出そうとしたところで、到着した青乃さんの手によって抑えられた。


「は、離してください!」

「バカ! 今お前が行ったところで、何にもならねえだろ! 無駄死にするだけだ!」

「だけど! こよみさんが! こよみさんがあ!」


 僕は青乃さんの手を振り払おうとするけど、所詮一般人の僕の力では、青乃さんの手を振りほどけない。


 そうこうしている間にも、イタチソードはこよみさんへと一歩、また一歩と、歩みを進める。


「……う、うう……」

「……すまないが、これも私の使命なのでな……恨んでくれて構わないよ……」


 横たわるこよみさんを見つめながら、イタチソードは呟いた。


 その言葉は、こよみさんに向けられているのか、それとも、僕へと向けられているのか。


僕は……!


「モモ—————ッ!」


 僕は思いきりモモの名を叫ぶ。


「ん? モモ……? って、おわっ!?」


 モモは僕を押さえていた青乃さんに突っ込むと、僕の目の前に横付けした。


『耕太!』

「モモ! すぐに僕をこよみさんの元へ!」

「イチチ……お、おい待て耕太!?」


 僕は青乃さんの制止も聞かず、モモに跨ると全速力でこよみさんの元へと向かう。


 そして。


「っ! 上代耕太……」

「こよみさんには指一本触れさせません!」


 僕とモモは、イタチソードの前で立ちはだかる。


 こよみさんを、守るために。

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