美術館デート
「こよみさん! 集中講義が全部終わったんです!」
飯綱先生の集中講義が終わってから一週間後、夏休みに入れていた最後の集中講義も終わった僕は、部屋に帰るなり、開口一番こよみさんにそう宣言した。
「え、えっと耕太くん、どういうこと?」
突然のことに、こよみさんはキョトンとしながら尋ねる。
「つまりですね、僕は晴れて夏休みなんです!」
「ふんふん」
「ですから、その……デート、しませんか?」
「デート! ……う、うん! する!」
ようやく意味を飲み込めたこよみさんが、嬉しそうに返事をした。
「ですので、早速明日にでもデートしようと思うんですけど、こよみさんはどんなデートがいいですか?」
「そ、そやなあ……ベタかもしれんけど、映画館デートいうんも憧れるし、動物園とか水族館もありやし……はわああ、迷うなあ……」
こよみさんがいろんなデートのシチュエーションに想いを馳せる中、僕は一つ提案してみる。
「その……例えばなんですけど、美術館とかって、どうですか……?」
「美術館?」
「はい、ちょうど海外の有名な画家の企画展をしていまして、そこはどうかなあ、と……」
もちろん、僕の目的はその美術館だけではない。
その美術館の近くに新しくオープンした有名なタピオカドリンクのお店とか、パンケーキのお店とか、こよみさんに似合いそうなカワイイ服を売っているショップだったり……。
とにかく、こよみさんとデートを楽しく過ごすために、今日は講義そっちのけでプランを練っていたのだ。
「はわあ……ウチに絵のことなんて分かるやろか……」
「あはは、それを言ったら僕だって絵のことなんて良く分からないです。でも、きっとこよみさんと一緒だったら楽しいかなって」
「うーん……うん! じゃあ美術館にしよか!」
「はい!」
こよみさんは屈託のない笑顔で僕が提案した美術館デートについて了承してくれた。
「じゃあ、明日は楽しみましょうね!」
「うん!」
◇
「え、ええと耕太くん……その、そんなまじまじと見つめられると……はうう……」
はあ……こよみさん、あなたは女神ですか。
今日のこよみさんのコーデは赤のチェックのシャツワンピに、白のレースカーディガン、黒のレースアップサンダル、そして、黒のリボンの付いた麦わら帽子……。
どうしよう……美術館の絵がこよみさんによって全く映えなくなってしまったら。
そんな余計な心配をしてしまうくらいこよみさんは素敵で、独占したくて、つい僕はこんなことをしてしまう。
「え……こ、耕太くん!?」
僕はこよみさんの手を取ると、胸元に引き寄せ、そして抱きしめてしまった。
こよみさんから、良い匂いがする。
「はわわわ……その……」
しばらくするとこよみさんも慣れてきたのか、同じように僕を抱きしめ返してくれた。
うん、デート前にこれ以上はマズイ。
それはデートの最後までにちゃんととっておかないと。
「こ、こよみさん、そろそろ……行きましょうか……」
「あ……うん……」
僕達は、お互い離れようとして、でも、名残惜しくて、ついお互い服の袖をつまんでしまって……。
だから。
「あ……えへへ……」
せめて少しでもくっついていたいから、僕はこよみさんと手をつなぐ。
「じゃあ、今度こそ行きましょう」
「うん!」
僕達は部屋を出て、駐輪場に停めているモモに跨ると、美術館目指して出発した。
◇
「はわあああ……メッチャ素敵やなあ……」
僕達は六本木にある美術館の中に入り、絵を鑑賞しているんだけど、早速こよみさんが、入ってすぐのところに展示してある絵に釘付けになっている。
それは、透き通るような青空と緑が広がる田園風景が描かれたものだった。
「そうですね……こんなところを歩いたら気持ちいいでしょうね」
「そやね……こんな素敵なところを耕太くんと……」
そう呟きながら、こよみさんはうっとりとしている。
ですがこよみさん、僕も同じことを考えていましたよ。
「ふふ、じゃあ次の絵に移りましょうか」
「うん」
僕はこよみさんの背中に手を添え、軽く誘導しながら次々と絵を鑑賞する。
入口のような田園風景の絵のほか、中世ヨーロッパの街並みを描いたものや貴婦人の肖像画、宗教画、神話をモチーフにした絵など様々あって、こよみさんはその絵のどれもに感動を示していた。
そして。
「はわあああ……!」
おそらく最後の部屋と思われる場所には、花瓶に生けられた花束の絵が、いくつも飾られていた。
「これは……壮観ですね……」
「うん……まるでホンマもんのお花に囲まれてるみたいや……」
こよみさんは胸の前で自分の手をキュ、と握り、目移りしながら花の絵を眺めている。
「あはは……こよみさん、いつか綺麗なお花畑のあるところに旅行に行きましょうね」
「うん! ウチ、耕太くんと旅行に行きたい!」
よし! いい流れで旅行の約束を取りつけたぞ!
部屋に帰ったら、早速旅行先を吟味しよう。そうしよう。
「さて……ここで最後のようですけど、お昼ご飯はどうしますか? 美術館に併設されているカフェで食べてもいいですし、どこか……」
——ドオオオオン!
「な、なんや!?」
「い、今の音は……?」
突然起こった激しい衝撃音に、僕達を含めた観客達は騒然となる。
「と、とにかく一旦外に出ましょう!」
「そ、そやな!」
僕達は慌てて出口に向かうと、同じく出ようとする観客達でごった返していた。
「うわあ……これじゃ、なかなか出られそうにないですね……」
「うん……」
その時、外から女性の叫び声が聞こえた。
「我々はダークスフィア! そして私は四騎将の一人、“怪人イタチソード=リッパー”だ! ここにいる全ての人間よ、絶望するといい!」
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