幕間

紫村由宇②

 カネショウとあのバカな女が逃げ去った後、私はヴレイピンクによって彼女達の本拠地へと連行されると、拘束されて地下施設に収容された。


「……お父さん……ごめんね」


 私の目から、涙が零れる。


 手で拭いたいけど、拘束衣を着せられているため、それすらもできない。


 時間も分からない空間の中、いたずらに時間だけが過ぎていく。


 その時、カツン、カツン、と人の歩く音が響き、それは、こちらへと近づいてきた。


 カツン、と立ち止まる。


 そして。


 ——ガシャン。


 私を閉じ込めている檻の扉が解錠される音が聞こえた。


「……やあ、怪人スオクイン。いや、紫村由宇くん、と呼んだほうが良いかな?」


 私の前に立ったその男は、ふざけているのか、縁日で売っているキャラクターもののお面を被っていた。


「……何か用かしら?」

「そうだね……どうしても君に聞きたいことがあったからね」

「聞きたいこと? ……おあいにく様。私にはお前達に話すことはないわ」


 そう告げると、男はやれやれといった様子で肩をすくめた。


「まあいい……君はどうして、ダークスフィアにいるんだい?」

「どうして? おかしな質問するのね……そんなの決まってるじゃない。この国を滅ぼすためよ」


 すると男は、なぜか首を傾げる仕草をした。

 どういうこと……? 今の私の答えに、どんな違和感があるっていうの?


「……本当に? ダークスフィアはそんなことを目的としているのかい?」


 何? 何が言いたいの?

 ダークスフィアはこの国に宣戦布告した悪の組織なんだから、この国の打倒が目的に決まってるじゃない!


「……まあいい。じゃあもう一度質問。君はどうしてダークスフィアに? しかも、わざわざ怪人になってまで」


 ダメ……この男の質問の意味が分からない……。

 私は思わず口をつぐむ。


「ふう……まさかとは思うけど、君のお父さん……“反町一二三”は、この国に殺された……そう思っているのかい?」


 っ!? この男、今なんて言った!?


 どうして私が娘だって知っているの!?


 母方の姓を名乗っているし、そもそもお父さん……“反町一二三”を知っているなんて……!?


「……あなた、一体?」


 私は油断ならないこの男を睨みつける。


「私かい? 私は君の味方・・、だよ」


 味方!?


 ……この男の意図が、ますます分からない。


「うん、じゃあ順を追って説明しようか……」


 そう言うと、男は静かに語りだした。


 お父さんはこの国の通称“並井機関”から正式にオファーを受け、キメラ・ハイブリッド及び『DS細胞』の研究開発のリーダーとして、 “ぬえ”と呼ばれる計画に参加していたこと。

 その結果、ヒトと動物、植物、さらに無機物との結合すら可能にする夢の細胞、『DS細胞』の開発に成功したこと。

 この『DS細胞』をめぐり、組織とお父さんが対立するも、結局お父さんは組織の指示に従い、怪人の礎となった“五体”を生み出したこと。


 ここまでは、お父さんの手紙に書いてあった通り……。


 だけど。


「……その後、国はこの組織……“並井機関”を危険視するようになり、組織の解体を命じた。それもそうだろう。そのような非人道的な方法によって“怪人”を生み出した“並井機関”は、もはや国にとってガンでしかない。だが……」


 ここで男が視線を逸らし、言いよどむ。


「……そこまで話したんなら、続けなさいよ……それで、どうなったの? お父さんは?」

「……“並井機関”は国の動きを察知し、この国から離脱して新たな組織……そう、君の知る“ダークスフィア”へと名前を変え、この国に宣戦布告した。その時、邪魔になるであろう君のお父さんを始末して……」

「っ!? じゃ、じゃあ、私のお父さんを殺したのはダークスフィアだっていうの!?」


 男は無言で頷く。


 だけど、そんな話、到底信じることはできない。

 それに、ダークスフィアからは、この国こそがお父さんを殺したとはっきりと告げられたんだから。


「……そんな話、私が信じると思ったの……?」

「ああ、信じてくれるはずさ……私が知っている、“由宇ちゃん”だったら、ね」


 ……“由宇ちゃん”?


 この男、私のことを知ってるの!?


「あなたは一体……?」


 すると、男はおもむろに縁日のお面をはずした。


 私は、この人を知っている。


「光機……おじちゃん……?」

「由宇ちゃん……大きくなったね」


 嘘……!


 小さかった頃、よく家に来て私と遊んでくれた、あの……!


「本当……? 本当に、光機おじちゃん、なの?」

「そうだよ……だけど、あの時も“お兄ちゃん”って呼んでってお願いしたはずなんだけど……って、さすがにもうオジサンか……」


 そう言うと、光機おじちゃんはポリポリと頭を掻いた。

 この仕草、変わってない……!


「光、機……おじ、ちゃん……!」


 そして、私の瞳からポロポロと涙が溢れた。


 ◇


 それから、光機おじちゃんはその後のことも含め、色々と説明してくれた。


 ダークスフィアが生み出す怪人は、日本政府の軍隊ですら歯が立たず、それに対抗するため、お父さんの一番弟子だった光機おじちゃんに白羽の矢が立ったこと。

 光機おじちゃんもこの時にお父さんのことを聞かされ、打倒ダークスフィアのためにその身を捧げることになったこと。

 お父さんの開発した『DS細胞』を検証し、怪人に対抗するための武器として、対怪人特化型兵器“ヴレイシリーズ”を開発し、これにより形勢を逆転させることに成功したこと。


「……そして、君のお父さん……反町先生を殺した男だが……知りたいかい?」


 言いづらそうにする光機おじちゃんの問い掛けに、私は力強く頷いた。


 だって、今までの私は、その時のために全てを捧げてきたんだから。


「……そうか、なら言おう。君のお父さんを殺した男、それは、かつての“並井機関”の最高責任者で、現ダークスフィア総帥——“並井十蔵”という男だ」

「並井……十蔵……」


 私は光機おじちゃんから告げられた仇の名を反芻する。


「ああ、そうだ。私は今、その男を打倒するために闘っている。由宇ちゃんは……どうする?」


 光機おじちゃんは期待するような、だけど、心配するような、そんな瞳をしながら私の答えを待つ。


 ……私は。


「もちろん、その“並井十蔵”を殺す! 絶対にお父さんの無念を晴らすんだ!」

「そうか……だったら、君にこれを渡そう」


 そう言って光機おじちゃんは私の拘束衣を解くと、少しゴツゴツした腕時計を渡された。


「君は、たった今から勇者戦隊ヴレイファイブの一人、“ヴレイバイオレット”だ」

「ヴレイ……バイオレット……」

「そうだ……力を貸してくれるかい?」


 その言葉への返事はたった一つ。


「はい!」


 お父さん……見ててね。


 絶対に、お父さんの仇を討つから!

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