怪人スオクイン②

「そんな……」

 僕は先輩の過去を聞き、思わず絶句した。


 この国を騒がせている怪人達の生みの親が、先輩のお父さんだったなんて……。


 それだけじゃない。


 怪人がこの国に出現するようになったのは僕が高校生になった頃。

 既に三桁を超える怪人達がヴレイファイブに倒されたことを考えると、一体何人の人間が犠牲になったのか……。


 さらに、先輩はその事実を知りながら、ダークスフィアの幹部として……怪人スオクインとしているってことだ。


「……先輩、最後の質問、していいですか?」

「……ええ、いいわよ?」

「先輩は……先輩は、多くの人を犠牲にすることについて、何とも思わないんですか?」

「思わない」


 僕の問い掛けに、先輩はきっぱりと答えた。


「どうして……ですか?」

「あら、さっきの質問で最後じゃなかったの? まあいいわ。だって、私が怪人にする人間は、私が憎む“組織”に関係する人間だけだもの」


 そう答えると、先輩は口の端を吊り上げた。


「ですが、それだと矛盾しませんか? 少なくとも、アリスと草野一馬はその“組織”とかいう連中とは無関係じゃないですか」

「うふふ……それがそうでもないの」


 そうでもない? 一体どういうことだ?


「それは……?」

「うふふ、気になるでしょう? 知りたかったら、上代くんは大人しくコッチにいらっしゃい。大丈夫……上代くんに絶対危害は加えないし、もし上代くんが望むなら、私の右腕としての待遇を約束するわ」


 先輩は蠱惑的な笑みを浮かべ、僕へと手を差し伸べる。


 僕は……。


「すいませんが、お断りします」


 ハッキリと僕の意志を告げると、先輩は顔をしかめた。


「……どうして?」

「決まっています。僕には、他に傍にいたい女性がいますから」

「……ここで断ったら、私も上代くんの安全を保障できないわよ?」

「それでも……です!」


 僕はその言葉を合図に、すぐに踵を返し、一目散に走って逃げる。


「っ! 待ちなさい!」


 先輩の叫ぶ声が聞こえる。

 だけど、ここで立ち止まるつもりは毛頭ない。


 僕は、ただ全力で逃げるだけ。


 その時。


 ――ギイン!


 僕のすぐ後ろで、金属のぶつかる音が聞こえた。


「……ホンマ耕太くんは、無茶ばっかりして……」

「こ……ヴレイピンク、信じてましたよ!」


 振り替えると、ヴレイピンクに変身したこよみさんが、先輩……怪人スオクインのいばらの腕を弾き返していた。


「くっ……ヴレイピンク……!」


 先輩は悔しそうにヴレイピンクを睨みつける。


 すると。


「戦闘員! 全員で上代耕太を捕獲しろ! それが無理なら最悪生死は問わない!」

「「「「「ギー!」」」」」

「なっ!?」


 その言葉に、ヴレイピンクが一瞬慄く。


「お、お前えっ! 耕太くんはお前のカワイイ後輩ちゃうんか!」

「ええそうよ……だけど、お父さんの仇を討つことのほうが優先順位は高いの……さあ! ヴレイピンクの“弱点”は上代耕太よ! 彼さえこちらが抑えれば、ヴレイピンクは無力化できる!」

「「「「「ギー!」」」」」


 戦闘員達がわらわらと襲い掛かってくる。


 だけど。


「「「「「ギッ!?」」」」」


 その時、戦闘員達を弾き飛ばしながら、ヴレイピンクのバイク……ヴレイビークルが僕の前に横づけした。


「耕太くん!」

「はいっ!」


 僕はヴレイビークルに跨ると、すぐにその場から離脱した……って、速い! 速すぎるから! もうちょっとスピード落としてえっ!


 ◇


■こよみ視点


 ウチはこの場から走り去る耕太くんの背中を見送り、安堵の溜息を吐いた。


「……どういうこと?」


 怪人……耕太くんの先輩が忌々し気にウチを睨む。


「……ウチは大反対したんやけどな……耕太くん、絶対譲らへんかったんや……ホンマ、頑固やわ……」


 ウチはそう言うと、思わずうなだれ、あの時のことを思い出す。


 ◇


『はあ!? 怪人をおびき出す!?』

『はい……先程のこよみさん話で確信しました。紫村先輩は怪人、ですね……』

『そ、それは……』


 耕太くんの言葉に、ウチはつい口をつぐんでしまった。


『それに、先輩がこよみさんに言った、“またね”という言葉……これは、こよみさんの正体がヴレイピンクだと気づいたからこそ出た言葉ですよね?』

『う、うう……』


 アカン、ぐうの音も出えへん……。


『せ、せやけど、それとその怪人先輩をおびき出すんと何の関係があるんや!?』

『よく考えてください。先輩はこよみさんと僕の関係を知ってるんですよ? だったら、ヴレイピンクを確実に倒す方法に思い至らないわけがないんです。つまり……』

『耕太くんを人質に取る、ちゅうことか……』

『はい』


 耕太くんはハッキリとそう断言した。


 でも……。


『やっぱりアカン! そんな危険な目にさらすわけには……!』

『こよみさん、よく考えてください。僕とヴレイピンクの接点が繋がったことがバレた以上、遅かれ早かれ、先輩に狙われることに変わりはないんです。だったら、こちらから仕掛けて待ち構えていたほうが、いきなり襲われるよりはるかに安全なんですから』

『む、むうう……』


 た、確かにそうかもしれへんけど……。


『こよみさんお願いです! この作戦で行きましょう! それに、これならこよみさんの危険も減りますから!』


 そう言って耕太くんが頭を下げたところで。


 ――ジリリリリ。


 もう! 誰やこの忙しいときに……って、また司令や……。


『……はい、もしもし』

『高田だが、私も上代くんの提案に賛成だ。確かにそのほうがこちらとしてもリスクは最小限だし、何より上代くんの安全を考える上でも、これ以上の策はない』

『せ、せやけど……』

『桃原くん、上代くんのことを大切に想うなら、彼の気持ちも汲み取ってあげるべきだ。彼は、少しでも君の役に立ちたいんだよ』

『は、はわ!?』

『そういうことだ。では、健闘を祈る』


 プツ、ツーツーツー……。


『……高田司令は何と……?』

『はあ……耕太くんの提案通りにしろと……』

『なら決まりですね』

『……しゃーない、こうなったらやるしかないかあ……せやけど耕太くん、安全第一! 危なくなったら、すぐに逃げるんやで!』

『は、はい!』


 ホンマにもう……ウチ、こんなんされたらもう、耕太くんなしに生きていかれへんやん……。


 ◇


「ま、結局のところ自分、ウチ達に転がされとったっちゅうことやな」

「そう……」


 怪人先輩はそう呟き、視線を落とす。


「……今なら耕太くんもおれへん。さあ、決着をつけようやないか」

「ええ……そうね!」

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