紫村由宇①
私は、物心がついた時からお父さんが大好きだった。
幼い私はお父さんの仕事は知らなかったけど、いつも忙しそうにしていて、休みの日もいつも仕事に出掛けていた。
だからお父さんはあまり家にはいなかったけど、出掛けるときにお見送りをすると、お父さんがいつも微笑みながら私の頭を優しく撫でてくれた。
それが嬉しくて、お父さんが仕事に行くときは、必ず玄関までお見送りをした。
だけど、私が七歳のとき、お父さんは家に帰ってこなくなった。
私はお母さんに、お父さんがいつ帰ってくるのか、どうしてお父さんが帰ってこないのか聞いても、お母さんは悲しそうな顔をするばかりで、全然教えてくれなかった。
だから私は、少しでもお父さんを感じたくて、お父さんに触れたくて、毎日のようにお父さんの書斎で過ごしていた。
そして、お父さんがいつ帰ってきてもいいように、書斎の掃除をしていた。
お父さんにまた頭を撫でてもらう日を夢見ながら。
そんな毎日を送り、いつしかお母さんにもお父さんのことを尋ねなくなった中学一年のある日。
いつものようにお父さんの書斎を掃除していると、うっかりつまづいてしまい、机に頭をぶつけた。
「いたたたた……」
頭を押さえ、うずくまったその時、机の引き出しの下にテープで封筒が張り付けてあるのを見つけた。
「なんだろう……?」
私はつい出来心で、その封筒を取り、そして封を開けた。
「……なにこれ」
封筒の中には手紙が一通と、もう一つ封筒が入っていた。
私はまず手紙に目を通す。
『家族へ』
手紙の書き出しを見た瞬間、私は凍りついた。
「こ、これ……!?」
これは、お父さんの手紙だった。
今までどんなに探しても、どんなにお母さんに尋ねても分からなかった、お父さんとの繋がり。
私は興奮しながら手紙を読み進める。
手紙には、お父さんの独白が記されていた。
『――この手紙が読まれているということは、私はもうこの世にはいないのだろう。ついては、ここまでに起こった出来事、そして、私の罪についてここに記す。
私は、今まで学会から散々馬鹿にされ、白い目で見られてきた、ヒトと動物の遺伝子組み換えによるキメラ・ハイブリッド化についての研究が、国のとある“機関”によってとうとう認められ、その“機関”からさらなる研究の打診を受けた。
私は、この研究が医療の発展、さらには人の未来への可能性に繋がると信じ、小躍りしながら快諾した。
それから、私はヒトと動物、植物、果ては無機物に至るまで、その研究と実験を繰り返し、寝食を忘れて打ち込んできた。
その結果、私はついにこれを可能にする細胞、『DS細胞』の開発に成功した。
この細胞は、結合の際、それぞれの遺伝子や分子構造に合わせ、その中継点の役割を担うことで、結合を実現する、まさに画期的なものだった。
私はあの時の興奮を忘れない。
だが、この日を境に、私の悪夢が始まることとなった。
なぜなら“機関”の目的は、医療への活用や人類の発展ではなく、あくまで軍事利用を主眼に置いたものだったのだ。
当然私は反対した。
だが、“機関”は私の大切な家族を人質にし、やむなく私はその指示を受け入れざるを得なかった。
その結果、数多くの……それこそ過去類を見ない程の人が犠牲となり、また、五体の“悪魔”を生み出すこととなってしまった。
一つは、ヒトとライオン、デンキウナギとの結合体。
二つは、ヒトとイタチ、カマキリとの結合体。
三つは、ヒトとイヌワシ、トラとの結合体。
四つは、ヒトとゾウ、ハリネズミとの結合体。
そして、最後の五つ……ヒトとヒトとの結合体。
これらを生み出した私は地獄に落ちることだろう。
だがその前に、どうやら私は“機関”によって抹殺されることになりそうだ。
『DS細胞』に関するエビデンスも確立し、さらに“機関”の……国の暗部を知り過ぎた私は、もはや邪魔でしかない。
だから、せめて私の研究のその先について、人知れず隠しておいた。
後の判断は、家族である二人に託したい。
最愛の妻、結衣へ。
最後まで迷惑を掛けた君に、心から謝罪したい。
そして最愛の娘、由宇へ。
どうか……どうか君の未来に幸せがあらんことを――』
手紙はここで終わっていた。
「おとう……さ……ん……!」
震えた手で持つ手紙が、私の瞳から落ちる涙でにじむ。
「う、うわあああああ……!」
こらえ切れず私は、床に突っ伏して一人号泣した。
◇
どれくらい時間が経っただろう。
ずっと泣き続け、もうこれ以上涙も出なくなった私は、手紙と一緒に添えられていた封筒をぼんやりと眺める。
そうだ……手紙に『私の研究のその先について、人知れず隠しておいた』って書いてあったな……。
私は、そのもう一つの封筒を開ける。
すると、中には住所が記されたメモと、一本の鍵が入っていた。
「ここに……お父さんの研究の“その先”が……」
私はふらふら、と自分の部屋に戻り、財布を持つと、家を出てメモに記された住所を目指した。
◇
記されていた住所は、千葉県のはずれにある港町だった。
家を出てから既に二時間が経過し、その港町のある駅に着いた頃には、辺りはすでに薄暗くなっていた。
私はスマホで住所を確認しながら、その場所を目指す。
駅から歩いて三十分。
「ここが……」
スマホ画面に表示された目的の場所には、朽ちた平屋建ての家が一軒あった。
もう何年も手入れされていないのか、庭には雑草が生い茂っている。
私は敷地内へと入り、おそるおそる玄関のドアへと近づき、封筒に入っていた鍵を鍵穴に入れる。
だけど、鍵が合わないのか、鍵が回らない。
鍵を抜き、試しにドアノブに手を掛けてみると、ドアは簡単に開いた。最初から鍵は掛かっていなかったようだ。
家の中へ入ると、家具等が一切なく、ほこりの被った殺風景な廊下と部屋だけがあった。
私は土足で上がり、部屋などを隅々まで確認する。
「……あった」
一番奥の部屋に、鍵穴のついた床下収納があった。
私は今度こそここだと思い、例の鍵を差し込み、右へ回す。
ガチャリ、という音とともに、鍵は開いた。
扉をこじ開けると、そこには下へと降りるはしごがあった。
「この下に……お父さんが残した研究が……」
私ははしごを下り、一番下までたどり着くと、スマホのライトで中を照らす。
そこに現れたのは、机とその脇に平積みされた大量の本やファイル、そして、ガラスの容器に入った三体の人間のようなものだった。
「キャアアアアアア!」
私は驚いて思わず悲鳴を上げ、慌てて上へと戻ろうとはしごに手を掛けたところで、ふと我に返った。
そうだ、ここはお父さんの研究資料等がある場所……つまりこの人間みたいなのも、例の研究対象、ってことだよね……。
私は思い直し、もう一度振り返って目を凝らす。
すると、机の上に一冊のファイルだけがポツン、と置いてあった。
私はそのファイルを手に取り、パラパラとめくって目を通す。
これこそ、お父さんが最後に遺した『研究のその先』だった。
「…………………………ウフフ」
今の私には、まだお父さんの『研究のその先』が理解できない。
だけど。
「お父さんを殺した“組織”に……この国に復讐をっ……!」
そう心に誓い、私はギリ、と唇から血が出るほど強く噛み締めた。
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