正体③

 入院してから一週間。


 その後の検査でも骨のひびと打撲以外は特に異常は見つからず、いよいよ僕は退院することになった。

 なお、今回の入院費用については、怪人による怪我だったので全て国が支払ってくれた。


「耕太くん、忘れ物とかはあらへんか?

「はい、大丈夫です」

「ん、ほな帰ろっか」


 僕は迎えに来てくれたこよみさんと一緒に病院を後にした。


「さて、耕太くんお腹とか空いてへん? 退院祝いに何か美味しいモン食べよっか!」

「ええと……でしたら、一つワガママを言ってもいいですか?」

「ワガママ? そんなんいくらでも言うて! お姉さんのウチが何でもしたげるよ!」


 そう言って、こよみさんは自分の胸をドン、と叩いた。


「あはは、それじゃお願いなんですけど、あの日の続き……ほら、せっかくこよみさんに食べてもらおうと思って作ったグラタン、食べそびれちゃったじゃないですか。だから、もう一度グラタンを作りたいんです」

「ええ!? そ、そんなんアカンよ! だって、耕太くんは病み上がりなんやで!? しかも、左腕はまだひびが入ったままやん!」


 僕のお願いに、こよみさんは心配そうな顔をしながら窘めた。

 だけど、これは入院中からそうしようって決めてたから、折れるつもりはない。


「でしたら、こよみさんもグラタン作りを手伝ってくれませんか? ほら、左腕が上手く使えない分、こよみさんに補ってもらえれば……」


 そう言って、僕は少し大袈裟に左腕を持ち上げる。


「え、ええ!? せやけど、その、ウチ、ぶきっちょやさかい……」

「そんなことないですよ! 餃子作った時にも思いましたけど、こよみさん、やり方が分からないだけで、コツをつかめば絶対できますし! それに、その……こよみさんと一緒に料理したら、楽しいし……」

「はわわわわ!?」


 あああ、自分で言っておきながら恥ずかしくなってしまった……。

 こよみさん、引いてないかな……。


 僕はチラリ、とこよみさんの様子を窺う。

 すると、こよみさんは顔を真っ赤にしながら両手で顔を押さえ、アワアワしていた。


「その、今言ったことは本心ですから……」

「あうう……」


 うん、こよみさんにはちゃんと口に出して伝えた方がいいな。

 こよみさんは自己評価が低いのか、悪いほうに考えてしまうところがあるから。


「そ、それで、今から近所のスーパーに駅前を経由して、僕一人で買い物に行きますね。だから、こよみさんは先に部屋に帰ってもらっていいですか?」

「あ、う、うん、そやな。ほなウチは先に戻ってるさかい」

「はい。それじゃ行ってきます」

「うん、気いつけてな」


 お互い手を振って別れた後、僕はまず駅を目指す。


 ここから駅までは住宅街で人通りも少ないから、知り合いに会ったりすることもないだろうな。


 そんなことを考えながら、僕は一週間ぶりの一人での徒歩を楽しんでした。


 すると。


「あれ? 先輩?」


 向こうから、紫村先輩が歩いて来た。

 こんな住宅街で出会う珍しいな……。


「あ、上代くん! ひょっとして退院したの?」

「そうなんです、実は今日退院でして……ご心配をお掛けしました」

「ううん、退院できて良かったよ! あ、そうだ! もしよかったら、今から上代くんの退院祝いをしたいんだけど、どう?」

「ええ!? 今からですか!?」

「そうそう!」


 うーん、今日はこよみさんと一緒にグラタンを作る約束もしてるし、断ったほうが……。

 でも、先輩にはお見舞いにも来てもらったし、無下に断るのもなあ……。


「ね? そんなに時間も取らせないから!」

「……はあ、少しだけなら多分大丈夫ですけど……」

「ホント? よかったあ……あ、もちろん退院したばっかりなんだから、すぐに解放するから……」


 そう言うと、先輩は僕の手を引いて、ズンズンと歩き出した。


「ええと、先輩、その、手を放してもらえませんか?」

「ええー……私みたいなカワイイ女の子が手を握ってるんだから、もう少し喜んでもいいんじゃない?」

「いえ、そういう訳にはいきません。その……誤解されても困るので」

「あら? 私はむしろ嬉しいけど?」

「僕は困るんです」


 僕は丁重に断りを入れ、先輩の手を放した。


「もう! 上代くんデリカシーがないなあ」

「ほらほら、ちゃんと先輩の後について行きますから」

「はあ……私これでも結構モテるほうなのに、自信なくすなあ……」


 少し落ち込んだ様子の先輩はとりあえず置いといて、僕は先輩の後に続く。


 そして、他愛のない話をしながら十五分ほど歩いたところで、先輩がピタリ、と立ち止まった。


「? 先輩?」

「……上代くん、ゴメンね。大人しくしてくれたら、絶対に危害は加えないから」


 先輩がそう言うと、道の脇から大勢の戦闘員達が姿を現した。


「先輩……これは……?」

「……私はダークスフィア“四騎将”の一人、怪人スオクイン」


 突然、先輩の身体がいばらの蔦にグルグルと巻かれる。


 そして、いばらが解かれると、中からバラの香りに包まれ、紫村先輩が怪人の姿になって現れた。


「……上代くん、さあ、こっちに来て……」


 先輩は、僕へといばらでできた手を伸ばす。


 だけど。


「っ!? 上代くん!?」


 僕はその手を払いのけ、先輩……いや、怪人スオクインを見据えた。


「先輩……教えてください。どうして先輩は、怪人なんて真似をしてるんですか? それとも、ダークスフィアに無理やり操られたりしているんですか……?」

「操られてる? ……いいえ違うわ、これは私自身の意志でしていることよ」

「……どうしてこんなことを?」


僕の問い掛けに、怪人スオクインは、僕が今まで見たこともないほど、憎悪に満ちた表情を浮かべた。


「どうして? そんなの決まってる! この国が……この世界が憎いからよ!」

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