怪人アリス②

「……こよみさん、大丈夫かな……」


 僕は現場から離れるため高速で移動するバイクの上で、後ろを振り返りながら呟いた。


 だけど、僕がいたところでこよみさんの役に立つことはできないし、何より先輩は僕を狙ってくる。

 こよみさんへの人質にするつもりで。


「せ、せめて離れた場所から様子を窺うくらいなら……ん?」


 などと考えていると、バイクに備え付けられているディスプレイに文字が表示された。


<行クカ?>


 ……これって。


「ええ!? ひょっとして会話できるの!?」

<オウ!>


 何このバイク、なにげにすごくない!?


「じゃ、じゃあこよみさんの場所に……」

『だめだ。それは認められない』


 バイクに引き返してもらうようお願いしたところで、バイクを通じて高田司令から通信が入る。

 もちろん、僕が余計なことをしないように釘を刺すため。


「で、ですが! 離れた場所からなら……!」

『万が一君が捕まってしまったら、君だけでなく桃原くんも危険にさらすことになるのだぞ?』


 高田司令の言うことは正論だ。

 僕が遠くからこよみさんを眺めたからといって、何の役にも立たないし、何より、そのせいでこよみさんに迷惑がかかってしまったら……。


「……そ、そう……」


 僕が諦めの言葉を呟きかけたその時。


<シノゴノ言ウナ! オマエハドウシタインダ!>

「……ぼ、僕は……だけど……」

<嬢チャンガ好キナンダロ!>

「っ!」


 そうだ。

 僕はこよみさんが好きだ。


 優しくて、可愛くて、強くて、だけど壊れそうなほどはかなくて……そして、僕のごはんを美味しそうに笑顔で食べてくれるこよみさんが……こよみさんが誰よりも大好きだ!


「お願いだ! こよみさんのいる場所へ!」

<任セナ!>


 バイクは僕の言葉に答えるように急に高速のスピンターンで反転し、こよみさんのいる方角へと走り出す。


『上代くん!?』

「た、高田司令! ……そ、その、絶対にこよみさんに迷惑はかけません! 見つからないようにちゃんと離れた場所にいますから、だから……だから! こよみさんを見守らせてください!」

『……君自身だって無事である保証はない。最悪死ぬかもしれないんだぞ?』

「もちろん、自分の安全は最低限守ります! そうじゃないと、こよみさんを悲しませてしまうから!」

『そうか……ふう、仕方ない。ただし、絶対に安全を確保した上で、だぞ!』

「っ! はい!」


 高田司令の許しも得た。


 こよみさん……待っていてください!


 ◇


「こ、これは……」


 現場が見える場所まで来ると、膝をつく先輩に、こよみさんが片刃の剣を眉間に突きつけていた。


「せめて会話が聞こえれば……」

<フッ、任セナ>


 すると、バイクから二人の会話と思しき音声が流れ始めた。


 何このバイク、本当に優秀で男前なんだけど!?


「……もう戦闘員も全員倒した。アンタのその左腕も右脚も、そこまでズタズタにされたらどうもならんやろ。もう観念したらどうや?」

「……私は……私は負ける訳には……!」


 そう言うと、隠し持っていたのか、右手に持つナイフでこよみさんへと襲いかかる。

 だけど、その攻撃はこよみさんにあっさりと躱されると、剣の柄でナイフを叩き落された。


「悪足掻きしてもアカン。怪人としての能力が封じられてる以上、ただの人と同じや」


 こよみさんは先輩を一瞥すると、先輩がキッ、と睨む。


「……なあ、諦めてウチに拘束されてしもたらどや? 上もダークスフィアの情報を欲しがってるはずやさかい、悪いようにせんと思うし、何より……耕太くんもそのほうが喜ぶと思うから……」


 ……こよみさんは、こんな時でも僕のことを考えてそんなこと言ってくれるんですね。


 こよみさん……僕は、そんな優しいあなたが、大好きです。


「…………………………」

「アハハハハ! ウワア、四騎将なんて肩書ついてるクセニ、こんなにあっさり負けるだなんて、ダサ」

「っ!? 誰や!」


 こよみさんも先輩も、そして僕も声のするほうへと視線を向ける。


 そこには……。


「アハハハハハハハハハ!」


 そこには、狂ったように笑い続ける怪人……アリスが空中で羽ばたいていた。


 だけど、鷲の宮で見たあの時とは様相が違う。


 あの時のアリスは、頭から大量の触手を生やし、目は虚ろで、完全に理性もなかった。


 なのに、今のアリスは、情緒不安定ではあるものの、ボンテージのような服装、両手足は玉虫色に輝いており、背中からは蝶の羽のようなものが生えていた。


「お前は……! ヴレイピンクに倒されたんじゃなかったの!?」

「アハハハハ! ええソウヨ! オマエに怪人にされた挙句、このクソ女と闘わされて芋虫みたいになってたところヲ、オマエのお仲間に私に相応しい身体に生まれ変わらせてもらったのよヨ!」

「仲間!?」

「あはは、ボクだよ」


 すると今度は、建物の陰から小学生くらいの男の子が現れた。


「カ、カネショウ! これは一体どういうこと!?」

「どうって言われてもなあ。まあ、“あの御方”から君……怪人スオクインを処分するよう命令されたんだよね」

「は、はあ!?」


 男の子の言葉に先輩は驚きの声を上げる。

 会話の流れから、どうやら男の子も怪人のようで、先輩を処分しに来た、とのことだった。


「アハハハハハハ! ソウヨ! それでこの私がオマエを殺すのヨ! ダケド……まず手始めにそこのクソ女から殺してあげるワッ!」


 そう叫ぶと、アリスは急降下し、こよみさんめがけて襲い掛かった。


「チッ!?」


 こよみさんは剣を構え迎撃の姿勢を取る。

 だけど。


「なっ!?」


 こよみさんに激突する直前で急上昇し、そのまま真下を見下ろすと、蝶の羽のようなものから、キラキラと光る粉のようなものを振り撒き、それがこよみさんと先輩にかかった。


「こ、これは……」

「アハハハハ! 空も飛べないような奴とまともに闘うバカがどこにいるのヨ! オマエ達は私の鱗粉で、もうすぐ動けなくなるワ! ソウナッタラ、じっくりいたぶってヤル! コノ前の恨み、晴らさせてもらうわヨ!」

「くっ!?」

「な、なら!」


 こよみさんは思いきりジャンプし、先輩は左腕からいばらの蔦を伸ばすけど、遥か上まで昇っているアリスには到底届かない。


「アハハハハ! 本当にバカ! 届くわけないじゃナイ!」


 アリスは勝ち誇るように二人を見下ろす。

 そうしている間にも、こよみさんと先輩の動きが目に見えて鈍くなっていた。


「く、くそ……」

「うう……」

「アハハハハ! そろそろカシラ!」


 アリスは下品な笑みを浮かべながら、ゆっくりと空から降りてきた。


 くそ! どうすれば……!


『上代くん! 聞こえるか!』


 突然、高田司令から通信が入る。


「は、はい! そ、その、こよみさんが!」

『ああ、分かっている。上代くんに通信したのは、その件でだ!』

「どういうことですか?」

『君が今乗っているヴレイビークルには、万が一に備え、応急キットが備えられている。その中には様々な毒を中和するための薬も』

「本当ですか! だったら!」

『ああ、桃原くんに届ければいい。だが……』


 ここで、高田司令は言いよどんだ。

 だけど、僕には彼が言いたいこと、言いづらいことはもう理解している。


「ヴレイビークル! 今すぐこよみさんのところへ!」

『上代くん! ……いいのか? 君も危険にさらされることになるぞ?』

「構いません! そんなことより、今すぐこよみさんを助けないと!」


 そうだとも! ここで僕が躊躇している場合じゃない!

 一刻も早くこよみさんを助けなきゃ!


 僕はヴレイビークルのアクセルを強く握ると、それに呼応するようにタイヤをスピンさせ、こよみさんの元へと一直線に向かう。


<言ウジャナイカ、相棒! 任セナ!>


 相棒は僕じゃなくてこよみさんだよね!?

 って、今はそれより!


「アハハハハ! サア! オマエ達の身体の中、全部吸い尽くしてアゲル!!!」


 アリスの喉元から、ストローのようなものが、シュルシュルとこよみさんへと伸びていく。


「く、くそ……耕太、くん……」

「ハア!? そこでなんであのクソダサイ男の名前が出てくんのよ! アアアモウ! 余計ムカツク! 死ねエエエエエ!」


 その時。


「っ!? ギャ……!?」


 僕はヴレイビークルごとアリスに突っ込んだ。

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