邂逅

「………………あれ? ここは……?」


 目が覚めた瞬間、飛び込んできたのは見慣れない天井だった。


「き、気がついたん!?」


 今度は天井を遮るように、こよみさんが心配そうな表情で僕の顔を覗き込んだ。


「僕は…………痛っ!?」

「ア、アカン! 耕太くんは大怪我してるんやで! 大人しゅうせな!」


 え? 大怪我って……?


「もう……ホンマに……心配させて……アホ、アホオ…………!」


 覗き込むこよみさんの顔がくしゃくしゃになって、その瞳から大粒の涙がぽろぽろこぼれ、僕の顔に落ちてきた。


 そうだ、僕は……。


「そ、そうですよ! こよみさん、怪人は!?」

「ちょ、ちょっと落ち着き! 安静にせな!」


 こよみさんが僕が起き上がらないように身体を押さえる。


「す、すいません……」

「もう……ホンマ……ええよ、一から説明したげる」


 こよみさんは涙で濡れた目をグイ、と袖で拭うと、何があったのか説明してくれた。


 今回、怪人が永田町と鷲の宮の二か所で怪人が出現したこと。これは前例がないらしい。

 それでこよみさんは途中で急遽引き返し、鷲の宮の怪人に対処することになったこと。

 現場に着いたその時、僕が怪人の触手で吹き飛ばされたこと。

 僕をこよみさんのバイクに乗せて病院に向かうのを見届けた後、こよみさんは怪人を撫で切りにしたところで、さらにもう一体の怪人……四天王を名乗る“スオクイン”という怪物と対峙したこと。


「……あと一歩のところまで追い詰めはしたんやけど、突然目の前から消えて、取り逃がしてしもた……そのスオクイン言う奴も、最初の怪人も……」

「……………………そうですか」


 こよみさんが取り逃がしたと聞いた時、僕は複雑な感情を抱いた。

 アリスに思うところはあるものの、かといって僕は彼女に怪人になって欲しかった訳じゃない。


「その、こよみさん……僕の話を聞いてくれますか?」

「ん? 何やろ?」


 僕は事の経緯を説明した。


 こよみさんが司令本部の呼び出しを受けて出て行った後、紫村先輩から緊急の用事があると電話で呼び出されたこと。

 最初は断ったものの既に鷲の宮駅にいるということだったので、仕方なく駅で待ち合わせたこと。

 駅に着くと、先輩の姿が見当たらなかったこと。


 そして、例の怪人と出くわしたこと。


「それで……実は、僕を襲った怪人の顔が、僕の元カノのアリスだったんです……」

「何やて!? ホンマなん、それ!?」


 僕がその事実を告げると、こよみさんの顔が驚愕の色に染まる。


「はい……しかも、それだけじゃないんです。永田町に現れた怪人は、同じ大学で、アリスの今の恋人の草野一馬という男と同じ顔をしてるんです……」

「ど、どういうことや!?」


 こよみさんの問い掛けに対し、僕には明確に答える術はない。

 ただ、今回の件で僕はある仮説が浮上した。


 それは。


「つまり、今まで“怪人”だと思っていた者達は、実は“人間”の可能性がある、ということです……」


 ◇


■こよみ視点


 深夜、病院のベッドで眠りについた耕太くんの顔を眺めながら、ウチは彼の頭を優しく撫でる。


「今まで“怪人”だと思っていた者達は、実は“人間”の可能性がある、か……」


 そして、目を覚ました時の耕太くんの言葉を反芻した。


 ……今までウチ達が倒してきた怪人は人間で、ウチ達は人殺しをしてきたっちゅうことか?


 せやったら、ウチ達がしてきたことは……って、アカンアカン! そんな余計なこと考えとったら!


「ちょっと頭冷やそ……耕太くん、ちょっとだけ待っとって?」


 ウチはそっと耕太くんの傍から離れて病室を出ると、外の空気を吸いに病院を抜ける。


 すると。


「……あれ? アンタ、確か耕太くんの……」

「……あら? あなたは確か上代くんの……」


 ウチ達はお互いがお互いを指差しながら、顔を見合わせた。


 耕太くんの大学の先輩……確か“紫村由宇”とかいう名前やったっけ?


「ええと……それでこんなとこで何やろ?」


 とりあえず、ウチは彼女に声を掛けた。


「あ、その……上代くんが入院していると聞いて……」

「ふーん……悪いけど、耕太くんは面会謝絶やで?」


 そう伝えると、彼女は悲しそうな表情を浮かべ、俯いた。


「やっぱり、その……」

「そや、今は集中治療室っちゅうところに入ってる」


 嘘やけど。


 ホンマは左腕の骨にひびが入ってるのと、全身打撲で済んで、意識も戻ったさかいしばらくしたら退院できるんやけど。


「あ……ま、また出直すわ……」


 そう言うと、彼女は踵を返し、足早に去る……と思ったら、クルリ、とこちらを振り返った。


またね・・・

「…………………………」


 今度こそ彼女が立ち去り、その姿が完全に消えた後、ウチはヴレイウォッチの通信をオンにする。


「もしもし、司令本部。桃原です」

『桃原さん? どうされましたか』

「スマンけど、高田司令をお願いしたいんやけど」

『指令? 少々お待ちください……』


 そのまましばらく待つと、司令が通話に出た


『桃原くん、どうした?』

「司令……詳しいことは本部に行って話しますけど、取り急ぎ。耕太くんの大学の先輩で、“紫村由宇”ていう女の子がおるんやけど……“監視レベル四”でお願いしたいんです」

『“監視レベル四”って、穏やかじゃないな』

「ええ……お願いできますやろか?」

『ふう……とりあえず分かった。すぐに監視をつけよう』

「お願いします」


 ウチは通話を切り、耕太くんの病室を眺める。


「う、うう……耕太くん……!」


 ウチは、耕太くんの命に別条がなかったことに安堵しつつも、耕太くんを守れなかった不甲斐なさに、思わず涙をこぼした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る