一つ屋根の下③

「はわあああ……どれから食べよかなあ! ……うん、だし巻き卵はさっき味見したから、次はこっちや!」


 こよみさんは目を輝かせ、おかずを眺めていると、肉じゃがに箸をつけた。


 そして、ジャガイモと牛肉を一緒に頬張る。


「ウマ! ウッマ! なにこれ!? 超美味しい!」


 嬉しそうに咀嚼するこよみさんを見て、僕も思わず頬が緩む。


「よし! 次はもちろんだし巻き……」


 ——ピピピ。


 こよみさんがだし巻き卵に箸を伸ばそうとしたその時、左腕の時計が鳴った。


 つまり……。


「あああああ!? なんでよりによってこんな時にいいいい!」


 怪人が現れ、こよみさんに出動命令が出た、ということだ。


「せ、せめてだし巻き卵だけでも……!」

「こ、こよみさん、だし巻き卵は逃げませんから……ちゃんとこよみさんが帰ってくるまで取っておきますから」

「ホンマやで! 絶対やで! もちろん肉じゃがもやで!」

「あはは……はい」


 そう言うと、こよみさんは肩を落とし、渋々といった表情で部屋を出て行った。


「……うん、仕方ない、よね……」


 僕はご飯とおかずにラップをし、スマホから政府広報へとアクセスした。


 しばらくしたら、怪人とヴレイファイブの動画がLIVE中継されるはず。


 僕はスマホ画面を眺めながら、その時を待った。


 ◇


■こよみ視点


「あああああ! ホンマにもう! 絶対速攻で怪人倒して、晩ご飯の続きするんやから! “ヴレイビークル”!」


 腕時計に向かって叫ぶと、駐車させていたウチ専用の特殊バイク、ヴレイビークルがやってきた。


 ウチはそれにまたがると。


「ほな行くで! 怪人が暴れてる場所は……中野駅前か!」


 バイクに備え付けのレーダーで位置を確認すると、ウチはアクセルを回し、現場へと大急ぎで向かった。


「あれか!?」


 約五分で現場に到着すると、そこにはヴレイファイブの四人と、猫の着ぐるみを着たような怪人と戦闘員が対峙していた。


 だけど、あの怪人……アレやんな、一昨日鷲の宮に現れた怪人マネキャット、やんな。


「ごめん! 遅れた!」

「遅いぞヴレイピンク! 先日のことといい、何を考えてるんだ!」


 リーダーのヴレイレッドが叱責する。


 しかしなんやねんコイツ。いつもリーダー面して、たまたま遅れただけでうっさいこと言いよってからに。

 大体、オマエかてこの前の鷲の宮の時、そもそも来てすらおらんかったやんか!


「まあまあ、今はそんなことを言ってる場合じゃないでしょ? まずはあの怪人を倒さないと」


 ヴレイファイブ一のチャラ男なのに常識人、ヴレイヴルーがウチとレッドを窘める。


「そうね……ブルーの言う通りよ」


 とにかくウザいレッドとの会話を断ち切りたかったので、ブルーの言葉に乗っかる。


「だ、だが……」

「それより! 被害が大きくなる前に早く倒すぞ!」

「ああ!」


 レッドはなおも食い下がるが、普段から影の薄いヴレイブラックとヴレイイエローがそれを打ち切った。


「くっ! ……仕方ない、みんな行くぞ」

「「「「おう!(ええ!)」」」」


 勝手に号令かけて、ホンマいちいち癪に障るけど、大人なウチは渋々みんなと一緒に相槌を打った。


「ニャアアアアア! ヤッテシマウニャアア!!」

「「「「「ギー!」」」」」


 ヴレイファイブと怪人達で入り乱れた乱戦になる。

 ウチは、主武器の“ヴレイソード”を抜くと、戦闘員を一気に切り裂く。


 そして。


「レッド! ヴレイキャノンよ!」

「な!? ま、まだ早い!」

「だけど、ここは一気に畳みかけるべきよ!」

「そうだぜレッド! 悠長にしてらんないよ!」


 ブラック、イエローも無言で頷く。


 とにかく! ウチはチャッチャと終わらせて、耕太くんのご飯が食べたいんや!


「クッ! し、仕方ない……みんな! 俺の後ろに!」

「「「「おう!(ええ!)」」」」


 レッドの掛け声とともに、ウチ達四人がレッドの後ろで隊列を組み、ヴレイガンに武器を接続する。


「くらえ! “ヴレイキャノン”!」

「ギ、ギニャアアアアアアアア!」


 ヴレイキャノンの巨大な光線に包まれた怪人マネキャットは、瞬く間に消滅した。


「ふう……今日も無事、み「ゴメン! 急いでるから!」」


 レッドのボケにいちいち相手してられるか!


 ウチはヴレイビークルに跨ると、一目散に家に帰った。


 ◇


■耕太視点


 僕は静かにテレビの電源を切った。


 ヴレイピンク……こよみさんが一人だけ真っ先に去ったのって、早くご飯が食べたいから、だよね。

な、なんだか照れるなあ……。


 そ、そうだ、すぐ帰ってくるはずだから、おかずを温め直さないと。


 味噌汁のお鍋に火をかけ、肉じゃがは電子レンジへ。

 ご飯はおにぎりにして、だし巻き卵は……さすがに温め直せないから、代わりに大根おろしと明太子を混ぜ合わせたものを添えて味にアクセントをつけよう。


「こ、耕太くんただいま!」


 勢いよくドアを開け、こよみさんが帰ってきた。


「おかえり、こよみさん。おつかれさまでした」

「あ……う、うん。あはは……ただいま」


 出迎えると、こよみさんは少し照れくさそうにした。


「そ、それで、晩ご飯は……」

「あ、ご飯はおにぎりにして、おかずも温め直してありますから、今すぐ食べられますよ」

「ホ、ホンマ! やったっ!」


 こよみさんが嬉しそうにガッツポーズをする。


「じゃあ、一緒に食べましょうか」

「一緒にって……耕太くん、食べてへんの!?」

「え、ええ」

「そ、そんなん! 今度からはウチのこと待たんでええからな!」


 こよみさんが申し訳なさそうに言うけど、僕はそれを受け入れるつもりはない。

 だって。


「待つに決まってるじゃないですか! 僕は、美味しそうに食べるこよみさんの笑顔を見ながら食べたいんです! だから、これは譲れません!」

「せ、せやけど……怪人がいつ出現するか分からへんさかい、今日みたいに途中で抜けたりすることも多いやろし、それに万が一強敵やったりすると、もっと帰りが遅くなってまうかもしれへんよ……?」


 おずおずと上目遣いに遠慮するこよみさん……年上なのに、すごく可愛く思ってしまうのは、仕方ないよね?


「それでもです! だから……一緒に食べましょ?」

「! う、うん!」


 そして、僕達は晩ご飯をやり直す。


 僕は、目の前で美味しそうに食べるこよみさんの笑顔を見ながら、今日から始まったこよみさんとの生活に、どうしようもないほど胸を弾ませていた。

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