一つ屋根の下②

 ということで、僕とこよみさんは近所のスーパーへ一緒に買い出しに出掛ける。


「こよみさんはどんな料理が好きですか?」

「ウチ? ウチは何でも食べるで。せやけど、そやなあ……肉じゃがとか好きやな。あ、もちろん肉は豚肉やなくて“牛肉”やで! そこはゆずれへん!」


 ふむふむ、こよみさんは肉じゃがが好き、と。


「あとはまあ定番やけど、お好み焼きとかたこ焼きとか、粉モンは好きやな……って、そや! 大事なの忘れてた!」


 そう言って、こよみさんは掌をポン、と叩く。


「だし巻き卵! ウチ、だし巻き卵が大好きなんや! それも、関西風やのうて、コッチの甘いだし巻き卵が!」


 だし巻き卵かあ……そういえば、小夜の奴も好きで、よく作っては弁当に入れてやってたなあ……。

 懐かしさに思わず鼻をくすぐられたように感じ、僕は指で鼻をこすった。


「ふーん……何か楽しい思い出でもあるんかな?」


 気づけば、ニヨニヨしながらこよみさんが僕の顔を覗き込んでいた。


「あ、あはは……や、ちょっと昔のことを思い出して……」

「ほうほう! なんや、ひょっとしてカノ……あ……」


 こよみさんは、しまった、という顔をして、思わず視線を逸らした。


「あ、あはは、違いますよ。その、僕の妹がだし巻き卵が好物で、その時のことですから……」

「あ、そ、そっか……」

「はい……そ、それに、もうあの時ほどつらくも、ないですし……な、何といっても、その、今日からこよみさんと一緒に生活するわけですから!」

「は、はわわわわわわ!?」


 僕がそう言うと、こよみさんは顔を真っ赤にして両頬を押さえた。


「そ、それでですけど、今日の夜の献立は、だし巻き卵と肉じゃがでいいですか?」

「う、うん! それはもう! そ、その……は、恥ずかしいんやけど、ウチ、料理が壊滅的に苦手で……」


 こよみさんは、あからさまに落ち込んだ表情で俯いた。


 ……そんな顔、こよみさんには似合わないですよ。

 だったら。


「そ、それならこれから毎日、料理はぜひ僕に作らせてください! ほら、僕は学生だから時間的に余裕もありますし、こよみさんのこと、生活面でバックアップできると思うんです!」

「はわわわわわわ!?」


 そうだとも。

 僕が今こうやって普通に会話できるのは、こよみさんのおかげなんだ。

 なら、今度は僕がこよみさんに返す番だ。


 それに……この前見たキッチンの惨状を考えると、僕が栄養管理してあげないと。ただでさえ大変な仕事なんだから。


「あ……そ、それなら……」

「はい、任せてください!」


 そう言って、僕は自分の胸をドン、と叩いた。


「ぷ……あはは、ほな、楽しみにしてるで!」


 うわあ……やっぱりこよみさんの笑顔、たまらないなあ……。


 こんな表情を見ているだけで、僕の心が躍る。


 はは、僕って単純だな……。


 ◇


 買い物を済ませ、僕は早速夕食の調理に取り掛かる。


 とにかく、調味料関係もあまりなかったのと、僕の分の食器もないのでまとめて買って来たんだけど、かなりの買い物量になった。


 少なくとも食器は僕の分だし、調味料や食材も負担は半分で、と思ってたんだけど……。


『そんなん、全部ウチが払うに決まってるやん! 大体、耕太くんは学生さんで、ウチは社会人なんや。ウチが負担するんが当然や!』


 と言って、頑としてお金を受け取ってくれなかった。


 仕方ないので、今回の分については素直にこよみさんにお礼を言いつつ、浮いたお金を別で貯金することにした。

 そして、そのお金はこよみさんにとって何か特別な時に使うことにしよう。


 とと、さて、それじゃ。


 お米を研いでざるに入れて水を抜くと、電子ジャーでお米を炊く。


 次にお鍋に水を張り、その中に昆布をひとかけら入れる。


 そして、豆腐を小さく角切りに、ネギはみじん切り、皮をむいたジャガイモ・ニンジンを一口サイズに、玉ねぎを櫛切りに揃える。


 今度は、さっきの鍋とは別の鍋で油を軽く熱して、一口大に切った牛肉を炒める。

 牛肉の赤い部分がほとんどなくなったら、そこへ切った野菜を入れ、油がなじんだら水、砂糖、しょうゆ、酒、みりん、顆粒だしを入れて落し蓋をする。


 あとは火にかけて三十分程煮詰めれば、肉じゃがの完成だ。


 その間に、別の鍋に入れていた昆布を取り出し、豆腐と顆粒だしを入れて一煮立ちさせたら火を止める。

 そこへ、お玉に味噌をよそい、鍋で丁寧に溶かす。


 今度はだし巻き卵なんだけど……おっと、その前にサラダも作っておこう。


 きれいに洗ったキャベツとトマトを切り、器に盛り付けておく。


 そして、いよいよだし巻き卵。


 ボウルに卵を三つ割り、そこ多めの砂糖、顆粒だし一つまみ、塩・醤油少々、水を半カップ入れてよくかき混ぜる。


 取り急ぎスーパーで買った玉子焼き用の安物フライパンをよく熱して、油を浸したキッチンペーパーで拭くと、そこへお玉二杯分の卵液を入れる。

 プツプツと膨らんだら箸で潰し、半熟の状態で手前側に巻いていく。


「ああ……美味しそうなええ匂いがするー」


 リビングで洗濯物をたたんでいたこよみさんが、匂いにつられてキッチンにやってきた。


「もう少ししたらできますからね……よっと」

「はわあああ……上手やなあ……!」


 こよみさんがキラキラした目で、卵をかえす僕の手つきを眺めている。


「あはは、この辺は慣れですね。そうだ、今度は僕と一緒に料理しましょうよ」

「え、そ、そんな……耕太くんの邪魔になってまうし……」

「そんなことないですよ! 一緒に料理できたら僕も楽しいですし、むしろ嬉しいです」

「あ、ホ、ホンマ? それやったら、ちょっとがんばってみよかな……」

「ええ、ぜひ!」


 こよみさんと楽しく会話しながらも、だし巻き卵は綺麗に出来上がった。


 それを食べやすいように切ると、お皿に盛った。


「はわあああ……美味しそう……」

「一口食べてみます?」

「え、ええの?」

「ええ、もちろん」


 そう言って、僕は皿をずい、とこよみさんの前に差し出す。


「で、では……」


 こよみさんはだし巻き卵を箸でつまむと、それを口へと運んだ。


「はふはふ……」

「ど、どうですか……」

「……美味しい」

「ほ、本当ですか?」

「ホンマや! こんな美味しいだし巻き卵、生まれて初めてや!」


 口に合ったようで、こよみさんは美味しそうにほおばった。


「な、なあ……もう一個……」

「あと数分でできますから、それまでお預けですね」

「そんなあ……殺生な……」


 ガッカリするこよみさんに苦笑しながらも、僕は肉じゃがの鍋から落し蓋を取り出し、器に盛ると。


「それじゃこよみさん、このだし巻き卵と肉じゃがをテーブルに運んでもらっていいですか?」

「よっしゃ! 任しとき!」


 こよみさんは皿と器を受け取ると、嬉しそうにテーブルへ運んでいく。


 ——ピーッピーッ。


 お、ご飯もちょうど炊けたな。

 水で濡らしたしゃもじでご飯をかき混ぜ、茶碗によそう。


 お椀にきざんだネギを入れ、そこに豆腐の味噌汁をよそうと、これもテーブルへと運んだ。


 あとは冷蔵庫からサラダと……。


「そやそや、ビールがないと始まらんな!」


 こよみさんがビール缶を二本取り出し、一緒に運んだ。


 これで夕食の準備が全て整った。


 それじゃ。


「「いただきます!」」

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