一つ屋根の下①

 それから僕は自分の部屋に帰ると、荷物の整理を始めた。


 消耗品関係は、未使用のものだけを持っていくことにし、段ボールへと詰める。


 衣服も、自分で買ったものと、大学に入学する前に持ってきたものだけにしよう。


 食器類は……全部処分。


 すると、部屋のチャイムが鳴った。


「はい……」

「すいませーん! リサイクルショップの者ですけど、ご連絡いただいたものの引き取りに来ました!」

「あ……よろしくお願いします。こちらです」

「失礼しまーす!」


 僕は部屋の中へ案内し、引き取ってもらうものを指示する。

 テレビ、冷蔵庫、洗濯機……電化製品とテーブルなんかの家具も引き取ってもらうことにした。


 リサイクル業者の人は、手際よく査定し、電卓を叩く。


「うーん、これですと全部で九千円……色を付けて一万円になりますね。どうされますか?」

「あ、じゃあそれで」

「はい! ありがとうございます! それじゃ運び出しますんで!」


 そう言って、電化製品などを素早く運び出し、一万円と査定表の控えを受け取った。


「またよろしくお願いしまーす!」


 リサイクル業者の人が帰ると、部屋の中はすっきりした。


 残っているのは大学の教科書や未使用の消耗品、衣類の入った数箱の段ボール箱と布団一組だけ。


 ほとんどの物は処分する。


 だって、どれもがアリスとの思い出の品ばかりだったから。


 彼女と買った食器も、彼女に選んでもらって買った服も、他にも色々……。


 結局、残ったものはたったこれだけってことだ。


「はは……アリスがいないだけで、僕ってこんなカラッポだったんだ……」


 これまでの一年を思い出し、いかに自分が薄っぺらい人間だったのかを痛感した瞬間だった。


 そして、気がつけば僕の目から涙がこぼれていた。


 ◇


「本日はどうぞよろしくお願いしまーす!」


 次の日になり、高田司令が手配してくれた引っ越し業者がやってきた。


「よろしくお願いします。その、あまりありませんけど」

「ああー、本当ですね。これだったらすぐ終わりますよ」


 あまりの荷物の少なさに、業者の人も思わず苦笑した。


 そして、素早く荷物をトラックへと積み込み、作業が終わると。


「それじゃ、引っ越し先に移動しますが、あれでしたら一緒に乗って行きますか?」

「あ、いえ……別で向かいますから、現地集合でお願いします」

「分かりました」


 出発するトラックを見送ると、僕は部屋の鍵を掛け、大家さんの部屋のインターホンを押す。


「はーい!」

「すいません、二〇三号室の上代です」


 大家さんが部屋から出てくると、僕は部屋の鍵を渡した。


「あらあら、寂しくなるねえ……」

「一年半、本当にお世話になりました」

「次の場所でもがんばってね」

「はい」


 僕は大家さんに別れを告げ、こよみさんの部屋……いや、こよみさんと僕の部屋へと向かう。


 そして、駅の改札をくぐり中に入ろうとして。


「あ……」


 正面から同じく改札をくぐって出ようとするアリスとばったり遭ってしまった。


 僕は目を逸らし、何も言わずに改札をくぐる。


「フン」


 すれ違いざま、アリスが鼻を鳴らす。


 おそらく、僕をバカにするような冷ややかな視線を向けているのだろう。


 一週間前……あの別れた日と同じ視線を。


 僕は悔しくて、情けなくて。

 だけど、何かを言い返す勇気もなくて。


 ただ黙ってホームへと向かった。


 ◇


「あ……耕太くん、そ、その、よう来たなあ……」

「は、はい……その、きょ、今日からよろしくお願いします!」


 こよみさんの部屋のインターホンを押すと、すぐにこよみさんが出てきた。


 こよみさんも僕と同じで、緊張しているのが分かる。

 だけど仕方ないよね。だって、一週間前に知り合ったばかりなのに、いきなり一緒に住むことになったんだから。


 だけど、これから始まるこよみさんとの生活に胸を膨らませている僕がいる。


 こよみさんは強くて、明るくて、優しくて。


 さっきアリスとすれ違うだけで足が震えた僕だけど、こよみさんに逢っただけで、もうそんなことも忘れてしまいそうな僕がいる。


 本当に、僕という男は、現金で浅ましい。


「ま、まだ引っ越し業者の人は来てへんよ? と、とりあえず部屋の中で待っとこ?」

「は、はい。し、失礼します……」

「あはは、今日からここは耕太くんの家でもあるんやさかい、『失礼します』はないんちゃうか?」

「はは……それもそうですね」


 こよみさんの指摘に僕は頭を掻きながら、靴を脱ぎ、部屋の中に入った。


 部屋はこの前来た時より綺麗に整理されていて、リビングの一角にスペースができていた。


「荷物がきたら、ここに置いたらええから」

「はい」

「ま、まあ、座り」


 僕は促されるまま、この前と同じようにテーブルの前に腰を下ろした。


「…………………………」

「…………………………」


 な、何だか緊張する。


 チラリ、こよみさんの様子を窺うと、こよみさんも緊張しているようで、正座しながら少し俯いていた。


「そ、そや! 耕太くんは今日は何が食べたい? ほ、ほら、今日は耕太くんの引っ越し祝いで、お寿司でも取ろか?」

「い、いや、そんな、お気遣いなく……」

「ほ、ほうか……」


 あああ! 僕は何を言ってるんだ!

 せっかくこよみさんが場の緊張をほぐそうと話し掛けてくれたのに、それを打ち切るみたいに!


 と、とにかく、今度は僕から……!


「そ、その、ご飯でしたら、僕が作りますよ! 僕、こう見えて料理が得意なんです!」

「え、そ、そうなん?」

「はい! 僕の家……って実家に住んでた時なんですが、両親が共働きだったので妹の世話を僕がしてたんです」

「そ、そうなんや……それやったら……って、アカンやん! 耕太くんが来たお祝いやのに、耕太くん働かせてるやん!」


 一瞬上手くいきそうな気配だったけど、やっぱり反対かあ……。

 でも。


「い、いえ、僕なら全然大丈夫ですから! そ、それに、料理するのも好きですし、食べてもらうのも好きですから!」

「せ、せやけど……はうう……」


 お、もう少し押せばいけるかも?


「そ、そういうことですので、ぜひこよみさんに僕の料理を食べて欲しいんです! そ、それに、これから一緒に住むわけですから、お互い遠慮するのは無しにしましょうよ!」

「う、うう……そ、そう? それやったら……で、でも……」


 うん、なかなか頑固だな。


「じゃ、じゃあ、食材や道具なんかの買い出しに付き合ってもらっていいですか?」

「あ、そ、それはもちろん! 任せて!」


 ホッ……何とかまとまったな。


「ほ、ほな、早速買い出しに……」

「いや、こよみさん、引っ越し業者まだですから」

「あ……そやったな……」

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