幕間

桃原こよみ①

 ウチは自分が嫌いや。


 子どもの頃から身体はチンチクリンで、なのに力と頑丈さだけは人一倍……いや、大人顔負けやった。


 小学校まではそんな自分を特に不思議には思わず、普通に過ごせてたと思う。


 自分が異常やと気づき始めたのは中学二年の時。


 周りよりも身体は一回り小さくて、一向に大きくなる気配はない。

 人並みに大きくなりたかったウチは、毎日牛乳を飲むけど、全然変わらへんかった。


 高校に行くとさらに顕著で、クラスで並ぶ時はいつも一番前やった。

 いや、クラスどころか全校生徒で一番低い。


 そやから、いつもクラスメイト達からもマスコット扱いされるか、バカにされるかの二択やった。


 さらに、無駄に強かった力は余計に強くなって、大人数人掛かりでも相手にならんかった。

 ウチ、女の子やのに、こんなん何の自慢にもならん……それどころか、『気持ち悪い』言われて、高校二年になる頃には誰も近づかんかった。


 そして、当たり前やけどウチはふさぎ込んでしもて、登校拒否をするようになった。


 お父ちゃんとお母ちゃんは心配してくれてたけど、どんなに励まされても、どんなに諭されても、全く響くことはなかった。


 それで、出席日数も足らんようになって、いよいよ留年になりそうな時、ウチの家に高田さんという警察の偉い人が訪ねて来た。


『君のその力をこの国を救うために手を貸して欲しい』


 それが、高田さん……後の司令がウチに言った言葉やった。


 別にこの国の平和とかに興味もないけど、高校も留年してしもたし、高校に通う気力も、他にすることもなかったさかい、ウチは高田さんの誘いに乗った。

 お父ちゃんとお母ちゃんは反対したけど。


 そんで、高田さんと一緒に上京して、ウチと同じように集められた者等と顔を合わせた。


 警察学校を首席で卒業したとか言うて、やたらと偉そうな“赤田将人”。

 やたらとチャラくて茶髪ロン毛の“青乃仁”。

 どこにいてるんかよう分からん、いつの間にかウチの後ろに立ってる“黒川軍馬”。

 いつも何か食べてるイメージしかない“黄島戒”


 これにウチを加えた五人は、それから一年間、戦闘訓練とやらをずっとやらされた。

 座学に始まり、格闘訓練、射撃訓練、オマケに戦闘用の巨大ロボの操縦訓練まで含まれとった。


 ウチの成績は、座学と射撃訓練、操縦訓練は普通。せやけど、戦闘訓練だけは突出して良かった。


 たまたま、頑丈な身体と異常に強い力が役に立っただけで、ウチとしてはさして何とも思てへんかったんやけど、赤田の奴はそれが気に入らへんかったのか、それからやたらと皮肉やったりしょうもない嫌がらせをしてきたりしよった。


 他の奴等はといえば、ウチの戦闘訓練の様子を見た所為か、全くといってええほど絡んでこなかった。


 ……別に、これまでかてウチは独りぼっちやったんや。今さら構ってもらおうとも思わへんけど。


 一年間の訓練が終わり、いよいよそれぞれが割り当てられた部署に配属になるっていうタイミングで、なぜか都合よく“ダークスフィア”とかいう悪の組織が日本に対して宣戦布告してきおった。


 それで、ウチ等は当初の配属は無しになり、高田さんが司令となって警察内部に新たに立ち上げられた超法規的特殊治安部隊、通称“勇者戦隊ヴレイファイブ”へ五人全員配属となった。


 そして、そこで対怪人用の武器そして変身スーツを受領した。


 このスーツに関しては、他の四人が自身の体型に合わせて作られたものであるのに対して、ウチのスーツだけ、明らかに別人と思えるほどに違っていた。


 変身後の姿は、身長も一七〇センチくらいあって、スタイルもどこぞのモデルさんみたいな体型をしていた。


 理由について上層部に問い詰めたら、要は“ウチの体型が見栄えが悪い”と、“ヴレイファイブのイメージダウンになってしまう“と、ハッキリと言われてしまった。


 ウチは怒った。


 高田司令にウチのこと必要や言われてここにいるのに、ウチは全否定された。


 ウチは悔しくて、悔しくて、涙が止まらへんかって……そして、ウチ以外の全ての人と、ウチ自身を呪った。


 ウチはヴレイファイブなんてやめてやるって言うたけど、上層部からウチの両親を盾に脅しをかけられた。


 もしウチが抜けたら、国家機密保持のために両親ともども捕らえられ、一生日の目を見ることはないと。


 ウチは仕方なくヴレイファイブの一人、“ヴレイピンク”として生きていくことになった。


 それからの四年間、ウチは怪人達との闘いに明け暮れた。


 本部から呼び出しを受けて、ひたすら怪人どもを倒す。

 みんなからは賞賛の声を受けるけど、ウチの姿は本当の自分やない。

 せやから、何一つ嬉しいとも思えへん。


 自分の心もなくしてしもうたウチは、怪人を倒すための、ただの機械になってしもうた。


 それでも、いくら機械や言うてもお腹は減るもんで、あの日も雨の中仕方なく近所のスーパーにカップ麺と缶ビールを買いに行った。


 その時——ウチは耕太くんに出逢った。


 雨の中、うつろな表情でへたり込んでた彼を見て、ウチは声を掛ける。


「ニーちゃん、こんなところでどうしたんや? どっか具合でも悪いんか?」


 あの時、何で声を掛けたんか分からへんかった。

 でも、ウチは声を掛けずにはおれへんかった。


 だって、少しだけ見せた耕太くんの瞳は、ウチと同じ、自分を含めた全てを諦めた瞳やったから。


「こらニーちゃん、人と話すときはちゃんとお互い顔を合わさなあかんやろ。学校で習わんかったか?」


 ウチは耕太くんの顔を両手で挟んで、そのままグイ、とウチへと向かせると、頬をふくらませて少し大げさに怒ってみた。


 すると、耕太くんは何が可笑しかったんか知らんけど、少し口元を緩めた。


 ……ウチは不覚にも、耕太くんのその表情を可愛いと思てしもた。


 せやから。


「お、ニーちゃん笑ったな。まあ、こんな美人が怒ってるのに笑ういうんも、チョット失礼や思うけど」


 そんな自分の感情をごまかすためにそう言うと、耕太くんの腕をつかんで、グイ、と引っ張った。

 ホンマは、男の子に触れたこともほぼなかったさかい、ドキドキしてたんはナイショや。


「とにかく、このまま雨に濡れたままやと風邪引くで。ウチの家、この近所やさかい、とりあえずおいで」

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