第5話 「笑う」

「行くわ」


「あなたの部屋よ。あなたが言ったじゃないご飯作ってくれるんでしょう?」



俺の部屋に桜井が来る……!?



「ええ!?ほんとに来るのか!?お前男嫌いじゃん?でもって俺も女嫌いじゃん?でもってなんで入るって選択したの!?」


「何回言えばいいの?行くって言ってるじゃない」


「で、でも……」


「はぁ……あなたが入っていくかって言ったんじゃない。そんなに嫌ならもういいわよ。ここで2時間でも3時間でも待ってるだけよ」



そんなこと言われたらだめなんて、嫌なんて絶対言えない。



「いや、夕方の時は死んでも嫌って言ってたのに急にそんなこと言うからびっくりしただけだろ。今回は俺もちょっと悪いと思ってるし俺は別にいい」



鍵をあけて、



「Welcome to my room」



びっくりしたからお返しにキザってみた。

めちゃくちゃ恥ずかしい早くも後悔してる。



「気持ち悪い。入れるなら早く入れて」


「ごめんなさい」



高校に入ってからたった2ヶ月で女を家に入れるとは1ミリたりとも思ってなかった……。

これまでは実家だったこともあって付き合ってた彼女も5ヶ月半付き合った彼女でさえ1回しか招いたことは無かった。


それなのに硬派で行くと決めた高校生活が始まってわずか2ヶ月、しかも出会って1週間の女を部屋に入れるとかむしろ軽くなってるじゃねーかよ。



「あ、あの、何、飲みます?」



やべ、経験無さすぎて緊張した。



「なんでもいいわ。入れて貰っといて選り好みするような人間ではないつもりよ」


「コーヒーとか紅茶は色々細かくてだるいから普通にココアか麦茶が選んでくれ」


「麦茶でいいわ。まだ6月とはいえ暑かったから」



なんかめっちゃ平然としてて癪だな。

こっちはビクビクだというのに。


麦茶麦茶っと。



「あい麦茶。あと今日はニラ玉ならぬねぎ玉と味噌汁と米だ。んー他に用意は出来んから……あ、鯖缶ならあるからそれでいいか?」


「さっきも言ったけど選り好みはしないわ。い、一応、感謝してるんだからねっ……!」



なんだ今の。あ、あれかツンデレのデレってやつか。いや恥ずかしいだけだな。

どっちにしろ不覚にもときめきそうになるからやめろ。

でも向こうもちょっとは緊張してるんだな。なんか安心した。



俺はそれほど料理はできない。

一人暮らしを始めるにあたって春に母からある程度は学んだが逆に言えばそれだけなのでレパートリーも多くないし今日のように単純に作れるおかず1品と汁系と米っていう組み合わせが大抵である。



「あーい、出来たぞー」


「ありがとう、いただきます」


「いただきます」



食事の間特になにか話したとかはなく向かい合ってただ無言で食べた。


普段他の人と食事をする時には中学時代には周りにいる女が喋ってさらにそれを狙う男がそれに返事をして会話をしていて(むしろ落ち着けなくて嫌いだったが)高校に入ってからもあいつら3人と食べることが多いから人といるのに会話がないまま食べるというのは慣れなかったけどそれほど嫌な気分はしなかった。



「ごちそうさま。ほんとに料理できたのね」


「お粗末さま。いや簡単なものだけだけどな。出来なきゃ飯食うかなんて言わねーよ」


「そうかしら。私もこんな感じだから十分だと思うわよ。ちょっと大家さん帰ってきたか見てくるわね」



へーそうなんだ。留学してて留学先で一人暮らししてたんだったら料理上手いのかと思ってた。



「あいさ、さすがにもうちょっとはかかると思うけどな」




洗い物を終えたところで桜井が帰ってきた。



「いなかったわ。飲み放題なら90分か120分だしまあまだかなとは思ってたけど」


「まあな。それとお前さっきから地面だったし椅子座ってていいぞ本読むなり勉強するなり好きにしてろ。俺ここにいるから」


「そう?それじゃあ有難く使わせてもらうわ。あとお前っていうのは不快だからやめてくれないかしら」



ふーん。そんなこと言っちゃうんだ。

さっきから言われっぱなしだしし返してやりたい所。

それじゃあ……。

桜井の耳に顔近づけて……、



「なに!?ちかい、ちかいって!!」



お、焦ってる焦ってる。焦ってひらがなになってる。

息と声とを混ぜながら、



「美咲先輩」



桜井顔真っ赤じゃん。これはやったな。



「まあこんな冗談はおいて……」


「よくもまあこんなことしておいてぬけぬけと言うわね」



へ?

そんなこと言うと今度は桜井が俺の耳に顔を近づけてきて、



「やすあきくん?」



吐息と混じった甘い声でそんなこと言われたら……もう無理。



「負けました。勘弁してください。普通に呼ばせて」



これは勝てない。多分今俺顔りんごレベルに赤い。

そんな俺を見て勝ち誇った表情をした桜井は俺に向かってこう言い放った。



「ふふ。じゃあ罰ゲームね。明日から1週間先輩はいらないから美咲って呼ぶこと。私は普通に呼ぶけど、せいぜい頑張りなさいな」



は?何言ってんの。てか何その表情。



「えっちょっ」


「ほらほら練習、さっきは言えたでしょー?もっかいおねーさんに言ってみな?」


「みさ、みさきさん?」


「さんとかつけていいなんて言ってない」


「み、美咲」


「よくできました」



めちゃくちゃ恥ずかしい。

一方の桜井はいつもの表情はどこへ行ったのか、ころころと笑っている。



「お前そんな風に笑うのな」


「お前?」


「み、美咲」



そんなお前を強調するのは某青い野球チームの監督だけでいいよ。



「そうね。笑っていたら人が寄ってくるもの。笑顔なんてただの隙でしかない」


「じゃあそんな隙をなんで今見せちゃったの?」



理屈はわかる。俺もそうだ。にっこりと笑いかけるだけできゃーと騒ぎ出されるのはもうごめんだ。

でも問題はそこじゃなくて今ここでその顔を見せたことで。

それを指摘したらさっき先輩って言った時と同じように真っ赤になって、



「し、知らないっ!あ、いや違っ、き、今日はありがとう、ごきげんよう」



と言って部屋から出ていってしまった。

大人しそうに見えて嵐のようなやつだった……。

ってあいつ鍵ないから俺の部屋来たのに出てってどこ行くのよ。



「あら美咲ちゃん待っててくれたのー?鍵、持って来るわねー」



あ、大家さんちょうど帰ってきたのか。

今会うのはさすがに気まずいから良かった。



美咲……ね……。

明日からどうやってあいつの顔見ればいいかな……。


ま、明日は明日か。なるようになるさ。

なんか疲れた。ゲームする気力すら起きんから寝よ。







◇◆◇◆

お知らせ


この後1話か2話、美咲視点でのお話を挟みます。話自体は進みませんが楽しんでいただけるように頑張ります!

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