第2話 伝説の「渡辺席」
入学式の日、まだ、つぼみのままのエゾヤマザクラは、それでも、3分は咲いていたか。校長先生のありがたい話の後、すぐに教室に戻ることとなった。新しい教室、新しい友達、そして、いつの時代も変わりなくそこにあった隅の後ろ席、「渡辺席」である。この位置は、冬には、暖房のつく端席であるのにつぎ、夏の風の一番あたる窓際後ろ席。むしろ、窓際後ろ席の方が有名かもしれないが、そこは、机の後ろのロッカーとの間の自遊空間ともリンクし、友達を多く呼べる利点もある。そして、彼女は、その恩恵を受け、それにこたえて「渡辺席」と呼ばれるにふさわしい人格へと変貌していくのである。普通の子は、あまり目立つことは好きじゃないんだけどね。
渡辺席の利点1.出席が最後になるので、心の準備ができ、いい返事を心がけるようになる。これは、社会に出た時に必要な、声・眼・姿のひとつでもある。心の環境を整える美学的な側面として、どんな会社にも通じている。この街では。
渡辺席の利点2.視力が下がりにくい。子供の頃から、後ろで黒板を見ることが多いため、眼が悪くなりにくい。逆に、悪いなりにも、早期発見できるため、メガネの度も低くて済む。パソコンが主流の会社の中では、利点といいにくいかもしれないが、眼が濁らないのはいいことだ。黒板のチョークの粉は前の席でよく舞ってるし。
渡辺席の利点3.そりゃ、みんなが友達を呼んで涼んでくれるし、あったまりにも来てくれる。そんな環境が当たり前の渡辺さんにとっては、ただでさえ、しっかりしてる方なのに、なぜか安心感を沸かせたりするらしい。人を磨くとは、自意識過剰かもしれないが、嬉しいことをうれしいと感じられて生きてきた渡辺さんにとっては、心が健康でいられることが、一番の効果なのではないか。情報量も多いし、知性が足りなくても、教養はそれなりに身につく。渡辺席に用事のある人への対処も、学習してるし、勉強もしてる。彼女のその内面こそが、美しさの秘訣なんだな、これが。
何故、この学校に「渡辺席」が、まかり通ってきたかというと、50音順に並べるとそうなるからである。単純に。「渡辺」姓の由来は、ネットで調べれば、天皇家にまで遡るし、渡辺という有名人は、多い方ではあるし強豪だ。そんな「渡辺席」は、どんなところか、これから解き明かしていこう。
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