4 どうせ死ぬのに
「はぁ!? ちょ、Aくっ」
「ふふ、本当に仲がいいんですね。わかりました。また来週お待ちしております」
にこやかに対応してくれた店員さんに頭を下げ、何か言いたげな三峰を連れてお店を出る。
すると早速、三峰が不満気に口を開いた。
「何で取りに来るとか言ったの。私、この後死ぬって言ったじゃん!」
「せっかく作ったんだし、自殺するならあと1週間待ってからでもいいだろ。お前の死にたいって気持ちが1週間で変わるような簡単なものじゃないなら、受け取っといた方が得じゃねーの?」
「……それは、そうだけど」
「あ、そういえばしりとりの決着もまだついてないしさ。もしかして俺に負けるのが怖いから逃げてたりして?」
「は、馬鹿じゃないの!? そんなわけないでしょ!!」
「じゃあ決まりな。また来週の月曜日に取りに来るってことで」
「……なんかすごく上手く乗せられた気するんだけど。ただまぁ、死ぬときに身につけてたものって死後も待ってけるとかって聞いたことあるし。真珠で飾って死ぬのも悪くないかもね」
呆れたように、諦めたようにそう言った三峰の言葉は完全に死ぬことを前提にした発言だったが、あと1週間は生きることを決めてくれたことが無性に嬉しかった。
もしかすると、うっすらと死を願い続けていた俺自信を救えたような気がしていたのかもしれない。
そして帰りの電車でもしりとりをして帰ったが、勝負は白熱して決着がつくことはなかった。
そして次の日。
「何でまたここにいるわけ……」
「そりゃ、お前が死なないようにだろ。見張りだよ、見張り」
また俺達は空き教室に来ていた。
「何でよ。私が死んでも別にいいって言ってたくせに」
「いやだって、今お前に死なれたらあの真珠、1人で取りにいくことになるだろ? そしたら絶対お店の人に別れたんだって思われるじゃん」
「そんな理由で!? 変な見栄はるからこんなことになったんだから、自業自得でしょ!?」
「だって、店員さんとかに彼女さんですかって聞かれたの初めてだったんだから仕方ないだろ!!」
「Aくんって本物の馬鹿でしょ。はぁ……私も真珠の完成品見てから死ぬって決めたから、来週までは死なないっつーの」
「じゃあなんで今日もここにいるんだ?」
「別に、息抜きにきただけ。いつも『三峰彩葉』でいるの、疲れるから。ほら、別に死なないから早く出てってよ」
三峰はそう言って、その場に突っ伏した。いつも悩みが無さそうだと言われている三峰の疲れ果てた姿に、俺まで息が苦しくなる。
「じゃあ、特別に俺が息抜きに付き合ってやるよ。なんと今日の俺はいい物を持ってるんだよな」
俺は、その息苦しさを振り払うように、手に持っていたおもちゃを机の上に置いた。
「じゃじゃーん!」
「はぁ……? 何なの、それ」
「黒髭危機一髪ゲーム。楽しそうだろ」
「全然楽しく無さそうなんだけど」
「おい、黒髭のこと馬鹿にするなよ! これ今、DKの中ではマストよ? え、まさか知らないの? 三峰さんってば遅れてる〜!!」
「絶対マストじゃないし、男子高校生じゃなくて、大体DKって言ってくるのも言動も全部ウザい」
また呆れたような笑顔を浮かべた三峰は、そう言いながらも並べたおもちゃの剣を手に取る。
「言っとくけど私、勝負事には強いから」
「おう、望むところだ。危機一髪の覇者と呼ばれた俺の実力見せてやるよ」
「何それ、ダサッ。それで誇れるAくんのセンスが分からないわ」
「お前、黒髭を笑うものは黒髭に泣くって言葉知らねぇのかよ!」
「そんな言葉始めて聞いたんだけど? ……じゃあ初心者ボーナスで私からね」
そう言って三峰は本気で剣を刺す穴を見極め始めた。やる気が無さそうなわりに目がガチだった。こいつ、やっぱり負けず嫌いだろ。
「ねぇ、せっかくやるんだから何か賭けない?」
「お、言ったな? じゃあ黒髭が飛ぶたびにお菓子奢りで」
俺がそう言うと同時に、三峰が指した剣で黒髭が飛び上がった。
水曜日。またその翌日も俺達は空き教室にいた。
「Aくん、今日こそ目にもの見せてあげるから!」
そう言って空き教室に現れた三峰は、大量のお菓子と黒髭危機一髪を抱えていた。
あれから負けに負けまくった三峰のお菓子奢りカウンターは可哀想なほど積み重なり、奢りは五個まででいいと言ったにも関わらず、律儀にもちゃんとお菓子を買ってきたらしい。
昨日の放課後、悔しい、勝ち逃げは許さないと叫ぶ三峰にした、「じゃあ明日も放課後、空き教室に集合な」という約束は無事に守られたようだ。また生きて三峰を見れたことにほっとしつつ、悔しそうにこちらを睨む三峰に声をかける。
「お菓子パーティーでも開けそうな量だな」
「何、それだけ私が負けたって言いたいの? 煽ってるの? ねぇ、煽ってるんでしょ!」
「……そんなムキにならなくても」
「なってないから!! 全く!! 1ミリも!!」
そう言って三峰は、俺に剣の玩具を握らせた。
俺は肩をすくめて、あまり考えることなく穴に剣を刺す。黒髭は飛ばない。それを見て三峰は、自分も剣を構える。
「私が昨日負けたのは先行だったからだと思うんだよね。多分先行の方が不利なんだよ。後行なら私は……あぁああぁぁあ!?」
やっぱり、黒髭が飛び上がった。
そして木曜日の放課後。
「ちょっと! それ私の流したそうめん!」
「負ける方が悪いんです〜。これが弱肉強食。肉じゃないけど。あー、やっぱり学校で食うそうめんは美味いなぁ!!」
俺達はやっぱり空き教室に集まって、流しそうめんをやっていた。
あれから、さらに負けまくった三峰がキレて大量のお菓子をやけ食いしたあと。
理不尽にもAくんのせいで太ったのだと訴えられ、なら太らないものを賭けにしようと約束し、賭けの対象になったのがそうめんだった。
たまたま俺の友達に流しそうめんが出来る機械を学校に持ち込んだやつがいて、相当盛り上がったことを思い出し、借りてきたのだ。
今日はお互い昼飯を抜いて、勝ったらそうめんが食べられるルールでやっているため、負け続けている三峰は恨めしそうに俺のことを見ている。
「はい、また三峰の負け。そうめん1ターン食べれませーん。お腹ペコペコで可哀想ですねぇ、ひもじいですねぇ?」
「……くっやしい!! なんでそんなに強いの!」
「そりゃ危機一髪の覇者だからな」
「は!? めちゃくちゃダサいけど、今ならちょっとなりたいわ!」
そう叫んで、おもちゃの剣を投げ捨てた三峰の表情は、最初に見た時よりも生き生きとしていて嬉しくなる。廊下とかで見るときの、人形のように偶像めいた笑顔も勿論綺麗だけど、俺はこの三峰の方が100倍好きだと思った。
「……で、どうするんだ? もうやめるか?」
「何それ、勝ち逃げする気!? もう一回やるに決まってるでしょ!! ばーか!」
やっぱり、勝気な三峰の方がかわいい。
さらにやっぱり、金曜日の放課後も。
「やっぱ時代は人生ゲームだよね。黒髭なんて運ゲーじゃん。やってらんないわ」
という三峰の言葉により、今日は2人で人生ゲームをすることになった。昨日の放課後、
「そもそも黒髭自体が私に向いてないと思わない? やっぱ人生ぐらいかかってないと本気にはなれないっていうかさ」
と言い出したときにはどうしようかと思ったが。
「お、負け犬の遠吠えですかねー? じゃあ、他のゲームで俺に勝ってみろよ。また明日、放課後にここ集合な」
と、上手く煽って明日も生きる約束を三峰に取り付けられたのはラッキーだった。
人生ゲームなら勝てるとわざわざコンビニで買ってきたのだというから、彼女の本気度が窺える。筋金入りの負けず嫌いだ。
「見て、私また石油掘り当てちゃったんだけど!! ふふーん、大富豪〜♪」
「……」
「あっれぇ、Aくんってまだ平サラリーマンなんだぁ?」
「お? 喧嘩か?? バチバチに殴り合おうぜ?」
「流石平民、心にゆとりがないわ〜。生活に余裕のない平民は可哀想ですね〜??」
「金じゃ買えない幸せがあるって教えてやんよっと!」
そう言ってサイコロを転がすと、子供誕生マスに止まった。本日3度目である。
「あ、また子供産まれた。三峰はまだ独身だっけ? いやー、自由で羨ましい。ほら、ご祝儀くれよ」
「なんだろ……何かに負けた気がする……」
そう言って悔しそうにご祝儀を差し出す三峰は、世界有数の大富豪になって終了。一方俺は子供5人を抱え、大家族の大黒柱として幸せに一生を終えた。
三峰はその様子を見て、
「勝負に勝って人として負けた気がするのが気のせいだって信じたい……」
と、悔しそうに呟いている。本当にこいつ、負けず嫌いだな。
「まぁまぁ、お前ならこれから幸せな家庭でも何でも築けるよ」
「はぁ!? Aくんが羨ましいとかそんなこと言ってないし!! そもそも、もう死ぬんだからそんなの築かないしッ……」
「…………」
絞り出すような、喚くような声が放課後の教室に響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます