2 俺と彼女の修復逃避行




「は? 何それ。そう言って連れ出して、親にでも突き出すつもり?」


「違う違う。ただ、どうせ死ぬなら俺に付き合って徳を積んでから死んだほうが良くないか? 俺は女子と学校を抜け出して海を見に行く夢を叶えられる。お前は死ぬ前に徳が積める。WinWinだろ」



 俺の言葉を聞いた三峰は、呆れたような表情をその綺麗な顔に浮かべた。どうやら、俺の考えには気が付かれていないようだ。今ばっかりは、あまり動かない表情筋と、咄嗟に頭が回らなくて三峰に最低の対応をしてしまったことに感謝するしかない。



「……別に徳なんて今まで死ぬほど積んできたからもう積み足りてるんだけど」


「本当にそう言い切れるのか? あと少し足りなくて地獄に落ちた後で後悔しても知らないけどな!」


「くッ……」


「それに、今日1日付き合ってくれたらお前が自殺するのを邪魔しないし、誰にも口外しないって約束するけど」



 俺の言葉に、三峰は苦しげに顔を歪めた。



「脅すとか、卑怯」


「卑怯で結構でーす。で、海のことだけど。どうする?」


「……まぁ、死ぬ前に海見るのも悪くないし、行ったげる。その代わり、私が自殺しようとしてること、誰にも連絡しないことが条件だからね」


「了解」



 こうして、この作戦は奇跡的に成功し、俺達は海を目指すことになった。















「……こんなに簡単に学校って抜け出せちゃうんだね」


「まぁ、うちは進学校なだけあって、案外ゆるゆるだからな」



 予め早退する手続きをして教室を出ていた三峰と違い、俺はサボりで抜けてきていただけだったため、あれからすぐに早退したいと担任に直訴。コロナだなんだで神経質になっていたこともあって、あっさりと早退手続きを済ませて学校を抜け出すことに成功した。


 そして、そんな俺達は今、電車に乗っていた。バスででも目的地には向かえたが、やっぱり電車で行く方が青春っぽいということと、定期券が使えるという2つの理由から電車で目的地を目指すことになったのだ。



「それにしても、人少ないね。なんか変な感じする」


「そりゃ平日の昼間だからな。学生諸君はみんな授業中だろ」


「……それもそっか。なんか今、急に悪いことしてるような気持ちになっちゃったんだけど」


「よっ、優等生! 俺なんか清々しいぐらいにしか思ってないのに、三峰って本当に真面目なんだな。普通、自殺しようとしてたやつがそんなこと言うか?」


「ッ、うるさい! 黙って!」



 俺の言葉に、もう知らない、とでも言うように顔を背けた三峰は、学校で見る三峰と姿は同じなのに全然違うように見える。俺の知っている『三峰彩葉』は、「うるさい」だなんて言わない。そんな彼女の様子を自分だけが知っていると思うと嬉しくて、自然と口角が上がった。



「ねぇ、」



 彼女が何か俺に話しかけようとして、言葉を止める。そして、少し迷うように視線を彷徨わせた後、もう一度俺の方を向いた。



「……名前、なんていうの? 呼べないと不便なんだけど。多分同じ学年だよね?」


「同じく高2だよ。まぁ、俺はそんなに目立つ方でもないし、三峰と同じクラスになったこともないしな」


「ん、やっぱり私のこと知ってたんだ」


「まぁそりゃ、お前有名人だし。俺のことは適当に少年Aとかって呼んでくれたらいいよ。もう死ぬ人間に名前教えたって意味ないだろ」


「……それもそうか。少年Aだとなんか犯罪感あって嫌だからAくんって呼ぶことにするね」


「あぁ」



 俺は小さく頷いて窓の外を見た。目まぐるしく変わる景色は新鮮で、見ているだけで楽しくなる。隣の三峰も窓の外を見ているようだった。


 その綺麗な横顔に見惚れかけて──



「なぁ、三峰は行きたい場所とかないの?」



 ただそうしているだけでは三峰を現世に繋ぎとめられないのだと、必死に頭を働かせた。



「急に何。今日死ぬ人間にそんなこと聞いて何の意味があるの」



 これは、先程の仕返しだろうか。三峰はニヤリと笑って、俺をしてやったりといった顔で見ている。



「……さっきは悪かったよ。ただ、このまま黙ってるのも暇だろ?」


「まぁ、確かに」


「じゃあそうだな、海にまつわるものしりとりでもしようぜ。負けた方が飲み物奢りな」


「……仕方ないな。じゃあ、海からスタートね。『水』」


「いきなり『ず』!? やる気なさそうなわりに本気で勝ち狙いに来てるだろ!? ず、ずー、『ズワイガニ』!」


「『に』ね。に、に、『煮干し』」


「干されてるから海とは関係なくないか?」


「うるさいな、『し』!!」


「し、し、し……」



 結局思いつきで始めたしりとりは、電車から降りても続き。

 しりとりをしながら歩いているうちに、俺達は目的地である海に到着していた。



「さ、さ、さ……? あ、『さば』!」


「また『ば』かよ!? 『ば』から始まる魚なんてそうそう……あ、海、見えたぞ」


「本当だ! 海……にしてはなんか思ってたのと違うような……」


「そりゃ漫画みたいに綺麗な海が都合よく近くにあるわけないだろ」



 俺の夢も希望もない言葉に、三峰は笑って頷いた。



「せっかくなら透き通る綺麗な海を見たかったところだけど、それは言えてる。逆に私達にはピッタリかもね」



 俺は、自嘲気味にそう言った三峰から少し距離をとる。



「えーと、三峰さんと一緒にされたくないのですが……。俺には透き通るハワイの海が似合うので」


「ごめん、今すごく殴りたい気分」


「ひぇ……」



 三峰はそう言って俺の背中に一撃を入れた。予想外に重い一撃に、「ひゅう!流石の一撃ぃ!」と言ったらもう一撃いれられた。暴力への躊躇がなさすぎて泣きそうだ。


 三峰を涙目で見つめると、彼女は俺の視線を受け流して冷めた目で俺を見ていた。



「で、着いたけど何するつもり?」



 三峰の見透かすような視線から逃れるように俺は、不味い、と視線を彷徨わせる。とりあえず海を目指しただけで、特に何かやりたいことがあるわけではなかったのだ。


 三峰を自殺から遠ざけることには成功したが、海に着いたその先を考えていなかった。大ピンチである。そして、焦った俺は三峰の懐疑的な視線から逃れるように、必死にそのとき目についた看板の文字を読み上げた。



「……真珠取り出し体験、出来ますってよ」


「は?」

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