君のせいで今日も死ねない

飴月

1 死にたがりの人気者



 突然だが、俺の学校の同級生である三峰みつみね彩葉いろはは神に愛された少女である。


 容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群、おまけに性格までいい。


 そんな彼女が人気者にならないわけがなく、ミスコン優勝をきっかけに隣の学校にまでファンクラブが出来たと聞いた。その話を聞いた時、まるで漫画の主人公みたいだと思ったのを今でも覚えている。


 天は二物を与えず、という言葉があるが、神から三物も四物も詰め合わせパックで与えられた完璧な少女。それが、三峰彩葉だった。




 昼寝日和のよく晴れた月曜日の3時間目。ほとんど使われずに物置になっている埃っぽい空き教室で、その『神に愛された少女』である三峰彩葉が天井から吊るしてある、ロープで作った輪っかに首を通そうとしていた。


 幸か不幸か、そこにたまたま居合わせてしまったサボり気質な平凡男子高校生。それが俺である。



「……こんなところで何してるんだ?」


「それは見た通りなんだけど……。ッて、今授業中でしょ!? そもそも何でここに……」


「勿論サボりに決まってるだろ。ここ、いいよな。人は来ないし、静かだし。俺のお気に入りの昼寝場所」


「あ、そうなんだ。……あー、もう! そんなこと聞いてるわけじゃないから! なんでそんなに冷静なわけ、死のうとしてる人にかける言葉がそれ!?」


「……待って、今考えるから。あと1分もらっても大丈夫?」


「ちょっと、必死で絞り出そうとしないでよ!!」



 俺の反応を見た彼女は、その端正な顔を歪めて怒っていた。その表情が、いつも偶像のように笑っていた彼女からは想像できないものだったから、そんな顔も出来るのかと心臓がドキリと音を立てる。



「いや、別に初対面だし。死なないで、とか言われても鬱陶しいだけだろ」


「それは確かに鬱陶しいけど、君は冷めすぎでしょ。はぁ、何で死ぬ前に見る顔がこんな奴なんだろ……」



 呆れたように呟いた三峰彩葉は、さて昼寝をしようとばかりに持ち込んだクッションを床に引いた俺を見てジロリとこちらを見た。



「はぁ!? 君、何でそのまま昼寝しようとしてるの!? 空気読んで出て行ってくれない? 私、今から死ぬつもりなんだけど」


「空気は読むものじゃなくて吸うものだぞ。てか、むしろお前が死ぬのやめろよ。こっちの方こそ、お気に入りの場所で死なれたくないんだけど。ここが封鎖されて使えなくなるかもしれないだろ!」


「ねぇ、さっきから言ってること本当に酷くない!? 人間の心ある!? それに普通、何で死にたいんだーとか、悩みがあるなら聞いてやるー、とか言いそうなものだけど」



 そう言って自嘲するように笑った三峰からは、そんなものは全く求めていないという言外のメッセージが伝わってくる。だから俺は、そこには触れない。



「別に、人が死にたい理由なんて自分だけ分かってればそれでいいだろ。それに、劇的な何かがなくてもなんとなく死にたい時だってあるだろうしさ。……劇的な何かがあったなら聞いてやるけど」


「……そっちじゃないから大丈夫だよ。ただ、なんか疲れちゃって」


「ふーん。人気者ってのも大変なんだな」



 呟くように言った俺の言葉に、三峰は「やっぱりね」と肩をすくめる。



「人気者だからってだけですぐに幸福に結びつける社会っておかしいと思わない? 私だって好きで人気者になったわけじゃないし。大事な人が1人いたらそれでいいって思ってるタイプなのに、そんな意見押し付けられてもウザいだけじゃん」


「……まぁ確かにそうかもな。でもきっと、幸せそうに見えるんだろ。人より凄い成績とか外見とかの眩しさに目が眩んで、その本人がどんな顔してるかに気づけないんだと思うけど」


「……そうなのかもね」



 俺の言葉に、ほんの少しだけ驚いた三峰彩葉は、とびっきり嬉しそうに笑った。



「君、面白い考え方してるね。もう死ぬからどうでもいいと思って久しぶりにこの話したけど、そこまで分かってくれる人初めて見たかも」


「お、じゃあもう少し話してもいいけど?」


「それはいい。もう死ぬし」


「……そうか」


「君とまだ話したいぐらいじゃあ、私の死ぬ覚悟は揺らがないからね。……でも、君がいる間に死んだら殺人事件の線も疑われそうだし、君が居なくなってからここで死ぬことにするわ。せっかく準備したし」



 嘲るようにそう言って、クスクスと笑う三峰は今から死ぬ人間だとはとても思えなくて違和感を感じる。だってもし、俺が少しでもここに来るのが遅かったとしたら、三峰は遺体で俺は今頃第一発見者だ。死んでいたかもしれない人間と話しているなんて、何だか実感が湧かずに不思議な感じがする。


 そんなことを考えながら床に寝転がった俺は、目をつぶって寝たふりをして、今更ドクドクと鳴る心臓の音を聞きながら必死にパニックになりかけた頭を働かせた。


 さっき言ったことは、嘘じゃない。


 俺と三峰は初対面だし、高嶺の花としては憧れてはいても特別な感情をいだいているわけではない。だから、多分、三峰が死んでも俺の生活に支障が出るわけじゃない……と思う。


 それに、俺自身もぼんやりと死にたがっているのに、人の自殺を止める権利なんてないはずだ。


 俺が死にたいのだって何か劇的なものがあったからじゃない。ただ、テストが嫌だとか些細な人間関係の問題だとか、楽しいことがないだとか、自分に都合の悪いことが多いから、『死にたい』。


 正確に言えば、これ以上生きていたくないから死にたいのかもしれない。


 自殺したいならすればいい。赤の他人の俺に止める権利なんてない。そもそも彼女の言う通り、俺が少し引き留めたところで止めるぐらいなら自殺なんてしないだろう。


 そう思ってるのに、分かってるのに。俺達の聞き慣れた、一般化してしまった言語である、『死にたい』という言葉ではなく、実際に死のうとしている三峰の姿を見ると、手が震えている自分がいる。


 そして、それはきっと、普段から受け流している死にたいという言葉の重みに、気がついたからなのだろう。


 それに、諦めたように笑う三峰の姿があまりに意外で、綺麗だったから。我儘極まりないことに俺は、彼女にもう少し生きて欲しいと願ってしまった。


 それでも、彼女に自殺をやめさせるには正攻法でいったってきっとダメだと思う。死ぬ準備をここまで整えた人間にはもう、何を言ったって響かないだろう。それどころか、より追い詰めてしまうかもしれない。



 こうして、彼女を生かす方法を考えて考えて考えた結果──



「なぁ。俺、学校抜け出して海行くの夢なんだけどさ。どうせ死ぬなら、今から一緒に行ってみようぜ」



 俺に思いついたのは、彼女に興味がないことを装って、不信感を与えずにここから連れ出し、なんとか自殺を引き延ばすことだった。

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