第8話
ぼくは、ひとつ、大きなあくびをしました。
今は一体、何時間目なんだろう。とてもよく寝た気がします。ここに来て眠り始めたときには、太陽の光がベッドまで届いていてとても眩しかったのですが、いつのまにか、光は窓際付近でゆらゆらと揺れています。白い天井をじっと見ていると、ここが学校であることを忘れてしまいそうです。カーテンの向こうには、保健の先生がなにやら机に向かって書きものをしているようです。
それにしても、朝の細川の態度。今思い出しても腹が立ちます。始めの会の時に、睡魔が極限に達し、授業中に眠るのも失礼かと思い、結局、始めの会が終わると同時に、細川先生のところへ行きました。廊下で先生を捕まえて、先生にその旨を伝えました。すると、先生は大きくため息をつき、僕にこう言いました。
「おまえ、一体何がしたいねん」
僕が、昨日の夜、ずっと考えていたこと。ボクハ、イッタイ、ナニヲ、シタイノダロウ。そのことを、知らない筈の彼が僕にそう言ったのです。僕は面食らって、その場でじっとしてしまいました。
「行きたかったら行け。勉強、おくれても先生はしらんからな」
そう言うと立ちつくす僕をおいて、彼はさっさと職員室へ帰っていきました。とにかく保健室に行き、保健の先生に一礼すると僕はさっさと眠りにつきました。
そのまま、ぽんやりと天井を眺めているとおなかが、グウーとなりました。僕の頭の中に「どうしておなかがへるのかな」という歌が巡りました。その中に、昼寝しててもへる、みたいな歌詞が、あったような、なかったような、むずむずした気持ちになってしまいました。しばらく考えていると、チャイムが聞こえてきました。
「山田君、もうお昼やで、どうや調子は」
保健の先生が、カーテンの中に入ってきて言いました。集会台の上に立ってしゃべっている保健の先生は見たことがありますが、健康がとりえの僕はこんな間近で保健の先生と話をするのは初めてでした。
「よーし、ちょっと体、起こしてみよか」
僕は先生に抱えられて、体を起こしました。かなり頭がすっきりとしています。これならおいしくご飯が食べられそうです。
「うん、だいぶ顔色もようなってるねえ。こっちに来たときは死にかけてたのに」
保健の先生は、笑うとえくぼができました。集会台の上では分からなかったことです。早く、小町に教えてあげたいと思いました。
「上山先生!」
小町の声でした。僕は、思わず出てしまう笑みを隠せませんでした。一つは、小町が迎えに来てくれたことに対するうれしさ。もう一つは、目の前にいる先生の名前が上山先生だということを六年間知らなかった自分に対してのおかしさでした。
「おっ、彼女のおでましやね。あの子、二時間目の休み時間にも来てくれてたわ。この色男」
そう言って、先生は、僕のおでこを人差し指でつきました。ドラマなどでは見たことがありましたが、実際におでこをつかれたのは初めてで、ちょっと、恥ずかしくなりました。僕は、礼を言い、小町とともに保健室を後にしました。今が、もう給食の時間であることが、なんとなく信じられませんでした。まるで、タイムマシーンに乗っていたような心地になりました。
「空、だいじょーぶ? よく寝れた?」
「うん、お陰様で。小町も、しんどかったんちゃうん」
「うん、めっちゃねむかった。でもノートとらなあかんかったし、がんばったで。うち、めっちゃえらいやろ?」
小町が八重歯を見せて笑いました。いつの間にか、小町の右目は、二重に戻っていました。
「うん、えらい! ありがとう、またコピーさせてな」
「うん、あとな、今日細川先生機嫌悪いって、みんな言うてるで」
「なんで?」
「だって、今日いっつも怒られることない楠田君、調子に乗りすぎて怒られとったし、何かずっと、ムスッとしてんねん」
「僕のせいかなあ」
「いや、わからん。でも、うちは、先生、ただ機嫌が悪いだけじゃなくて、なんか考えてるんちゃうんかなあと思うねん」
「なんで、そんな気がすんの?」
小町は、両目とも大きさがそろった瞳をくるくるさせました。
「うーん、やっぱり、生理のある、女のカンってやつかな」
そう言って、ケケッと笑いました。
「あてにならんわ」
僕は、小町にばれないように、あくびをひとつしてやりました。
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