第7話 わたしと母の他人格
母の自傷・・・・・・主に手首から肘にかけて広がっていました。母は右利きなので、傷は左腕が多め。けどたまには左手首にも一発二発三発と、傷を広げていたり。
一般的に自傷──主にリストカットは、自殺目的という認識が強いと思います。死にたいから手首を切る。認識としては当たらずとも遠からず、間違ってないのかもしれません。ただ母の場合は違いました。
『血が見たいから切る』
これが母のリストカットを繰り返す理由でした。血を見れば、生きてる事を実感できるからだ、と。
そう教えてくれたのは、母の精神空間(?)で解離して生まれたという他人格達でした。
今回はそんな母の他人格たちと、わたしのお話です。
「風夏の中にもな、俺たちみたいなやつがいるんだぞ。まだちびっ子だけどな」
そう教えてくれたのは、あゆきと名乗った一人称が『俺』の女性人格でした。
彼女が言うには人間は皆、本来なら干渉できない精神空間を必ず持っていて、そこには体の持ち主として選ばれた主人格が一定の強い思いを抱く事をきっかけに、ひとり、ふたり、と無意識に人格を生み出してるんだそう。
愛しい気持ち、悲しい気持ち、苦しい気持ち、楽しい気持ち、嬉しい気持ち、憎む気持ち、信じる気持ち──とりあえず色んな気持ちから生まれ、例えば誰かを愛し、その愛しさから生まれた人格は、主人格の精神空間でその気持ちを育む事が仕事なんだとか。
だから悲しみで人格が生まれてしまったら、その悲しみを育む。増幅させることが、その人格のお仕事。でもそれでは精神の近郊なんて簡単に崩れてしまうから、主にネガティブな思いは『悪魔』と役職の付けられた人格が食べる事で生まれることを防ぐという。
『悪魔』とは元は人間で、生前に何かしらの大罪を重ねた者が『閻魔』の命令により、地獄に行くよりも重い罰として『悪魔』になることを命令するんだそうです。そして人間全員の精神空間に必ず一人だけ存在するんだとか。
『悪魔』と言われたら、次に思い浮かぶのは『天使』かと思われます。案の定『天使』も居ました。『天使』も『悪魔』と同じく、人間全員の精神空間に必ず一人“生まれる”と言われました。
『天使』は輪廻転生の理に反して、主人格が清く正しく生きて天寿を全うできた場合、必ず&優先的に人間へ転生できる権利を得ることができる存在。それ以外に特別な力は無く、強いと言えば新しく生まれて同じ空間の住人となる人格の統率役。もっと言ってしまえば、精神世界に生まれた“もう一人の自分”という認識という回答でした。
「みゆきはな、正しくはまだ『大天使』ではねぇんだよ。まだ『天使』なんだ。これから試練を乗り越えたら『大天使』に昇格すんだ。んで、悪させず人間としての命を正しく終えたら、生前の記憶は消されて神になる義務がある」
「ていうことは、ママの精神空間に『天使』は居なくて、ママ自身が『天使』ってこと?」
「そういうこった! 今の神も先代の神も野郎だからな、女神が久方ぶりに生まれるかもしれねぇって閻魔のジジイが大喜びしてんだよ」
「へぇ・・・・・・」
当時のわたしにとってこれらは出来過ぎた話で、さらには子供ということもあり、この話の全てを鵜呑みにしてしまいました。
思い出し文章にして綴ってる今も、夢がたっぷり詰まっているなと思ったくらいですし。
「わたし、死んだらキューピットになるの?」
「ああ。お前が悪魔になるような悪さしなかったら、な」
「キューピットと天使って何が違うの?」
「キューピットはな、なれる奴はすごい少ねえんだ。女の人間と男の人間を番(つがい)にさせる、大事な任務をしなきゃならねえからな」
「・・・・・・」
こう言われた時、複雑な思いでした。なにせわたしには学校に“好きな女の子”が居たのです。
母の世話に必死で学校へ通う余裕がなく、暫く見ていない“好きな女の子”の存在が頭を過りました。
小学生の癖に同性を好きになり、その子を思うだなんて生意気且つ健気ですよね。
こういった精神空間の話を教えてくれたのは、この あゆき という女性がメインでした。母の精神空間には沢山の人格がいたそうで、全員ではなかったと思いますが、わたしは存在すると信じて、言葉を交わした事のある人格だけでもと名前と性格、生まれた理由などを覚える努力をしていました。
皆と仲良くなりたい、ママを神様にしたい。ふうちゃんはキューピットになりたい。これがこの時の、わたしの素直な気持ちでした。
ですがこの気持ちは後に裏切られます。
今とすればそんな事は当然の話であり、それ以前にこんな創り話を信じたわたしが(例え本当だったとしても)心底馬鹿だったんです。
言い訳をしてもいいとすれば、ただでさえ子供の世界は狭くて親は絶対的な存在。
それこそ見ず知らずの神様なんかより、ずっと神に近いのが親という存在。そんな存在に幾度となく言い聞かされた結果、洗脳状態に陥ってしまったんだと思います。
ちなみに祖母と叔母は、繰り返される母の行動に疲れ果てて、救急車沙汰(時に警察沙汰もありました)が起きない限り、母と深く干渉してくることもありませんでした。
当時のわたしにとって、祖母と叔母も母親に近い存在でした。けれど、この時わたしと一番多くの時間を共有したのは、皮肉にも実の母でした。
故に、わたしとも祖母と叔母は深く干渉してこなくなったのです。それが結果的に、洗脳されるには十分な環境を整えてしまったのだろうと思います。
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