卒業讃歌「ひかるの」

柳なつき

ひかりが

 ひかりがくるくるくるくるしていた。このひかりが終わるだなんて信じられなかった。そんなわけない、そんなわけない。

 きのうもきょうも、日常はひかったの、だからあしたもきっとひかるの。私はたぶん、ぎりぎりまでそう信じてしまう。



 なじみの友人は生徒会長なんてえらいことやっちゃってたから壇上であはは、えらそうにしゃべってる。

 ピッと立った私の視線は茶化すように彼女を見上げていた。ああ。いつも通りで。



「希望を胸に、はばたいていきましょう」



 だから私は体育館のライトをきょうも感じてた、

 ひかりがくるくるくるくるしてた。

 小学校のゴワゴワしたひかりとも、中学のベタベタしたひかりともちがう、




 この高校のひかりはいつだっていつだって、くるくるくるくるしていたかのようで、それが私はいつでもふしぎだ。





 卒業証書の授与がはじまる。いやだ。はじまらないで、ううん。

 おわら、ないで、――おわりよ、はじまらないでよ。



 うちのクラスの番で立ちあがり私はすました顔をして、なんだかまるでこれからキリッと新生活に向かいますよみたいなたたずまいをして。

 でも、そんなわけない、そんなわけないじゃない。いやだ。いやだよ。――どうして、ここから、学校から、でていかなくちゃならないの。

 このプリーツスカートもきょうで最後? 制服を……制服を……着るのも――ほんとにきょうが最後?




 私はすましたままで考えている。




 終わらないで。日常。はばたかなくていい。成長しなくていい。私たちをずっとずっとここに留めて。なまぬるくていい。温度は高くも低くもなくていいの。ぬるいね、と社会とかいうよくわからない外部に嗤われたところで、私、私たちかまわない。ずっと同質な私たちは温室みたいなここで暮らすの。ねえだから終わらないで。日常。高校。学校生活!

 どうしてはばたかなきゃいけないのかな。どうして成長しなくちゃいけないの。社会のためにならないから? だったらここを社会にしようよ。私たちだったらきっとこのまんまで、温室的な楽園、つくれると思うな。場所は、はての土地でいいよ。どうでもいいようなところ、安そうなところ。それで、みんなで暮らそう。ずっと永久に、このまんまで。

 いやだ。いやだよ。なんで終わるの。終わらないでとあんなに三年生になってからずうっと思ったことじゃない、ここぞとばかりに神に祈ったことさえあるのに聞き届けてくれなかった。




 成長なんかしなくていい。永遠に未熟でいいから一生を高校生で終えたかった。八十年もこのまんまで、若いまんまで、青春のまんまで、高校生ができればきっと人生は最高すぎた、のに、な。





「この学校で学んだことは、」



 ……この学校で、学んだことは。



「一生、忘れません」



 一生。……忘れません。



「みんなで、いたことを」



 みんな、で、いたこと、を、





「忘れません」





 友人の涙声をおさえた言葉は私の耳にキンと響いた。

 ひかりだった。その言葉は巨大なひかりを背負っていた。




 私ね、にじむ涙は典型的な卒業生だ、





 このひかりを忘れることなんてほんとうにありうるのだろうか。

 いっそ、忘れたい。――こんなことをもすべてすべてが若かったよねとただそれだけでわらいあいたい。






 ひかりが、くるくるしていた。

 いつだって、くるくるしていた、私の高校生活はずっと。



 たいしたなにかも起きなかったし、

 平々凡々のんべんだらり、

 天才でも特別でもなかったし、

 ただひたすらに毎日を消費していた。



 それだけのことがひかり。

 おとなには、――わからなくていい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

卒業讃歌「ひかるの」 柳なつき @natsuki0710

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ