後日談3 幸せと不幸は紙一重

 アレンシアの実家モートン子爵家は、彼女が王立学園に入学する頃には、既に今のような裕福な家庭に成長していた。子爵家では稀に見るほどの裕福な家庭であるが、モートン家現当主となった夫人の夫で、アレンシアの実父に商才があったからこそ、商売で儲けたという稀なケースであろうか。


彼は元々、商家の家柄に生まれた商人の子息であり、子供の頃には既に商人気質を発揮していたが、商人よりも貴族の家で働く方が、生活が安定するだろうという親心によって、貴族家に奉公に上がることとなる。


彼が初めて奉公した先はモートン子爵家で、令嬢専属の使用人であった。当初は父の言いなりに渋々奉公に出たが、子爵家のお嬢様に情が移るにつれ、真摯に子爵家に仕えるようになり、令嬢への恋心も育まれていく。令嬢も彼への恋を自覚して、両想いとなっていくまでには、あまり時間は掛からなかったであろう。


 「モートン家ご令嬢を、我が屋敷の女主人に迎えたい。」


ある日唐突に、格上貴族家主人からモートン令嬢へと、婚姻の申し込みがなされたのである。子爵当主はあまりにも都合が良いと疑い、婚姻相手を調査したのだが、婚姻相手となる貴族には正妻がいるものの、適齢期の息子は何故か見当たらない。婚姻を申し出た人物とやらは、明らかに虚偽申請したようだ。既婚者である男が、自らの格上の身分を笠に着て、愛人として囲おうと画策したと思われた。


 「我が意向に背けば、子爵家など我が支配下に下るか、破滅の道を行くかであろうな。何方でも、。」


子爵家も猛抗議したものの、相手は格上という立場を利用し、子爵家を潰すと堂々と脅してきた。当時の子爵家当主が断りたくとも、脅しに対抗する手段もなくて、きっぱり断ることも難しく。


 「…はあ。我が子爵家などいとも簡単に、潰されるだろう。跡継ぎとして大切に育てた娘を、愛人と知った上で嫁がせるのか……」


当時のこの国の婚姻制度では、国王は愛人が持てずとも、妃を何人か持つことができた。但し当時から、貴族男性に関しては妻を1人とし、愛人も禁止されている。既婚者が重婚すれば、法に触れる。この男が法を破ってまで重婚するのは、バレない自信が余程あるのだろう。


 「このままでは、あの汚らわしい男の愛人にされられます…。今すぐにでも私を連れて、逃げてくださいませ!…貴方とならば何処へでも、一緒に参ります!」

 「……私の愛しいお嬢様が、あんな男の愛人として嫁ぐぐらいなら、私が連れ去りましょう!…私の一生を掛けてでも貴方様を、絶対に幸せに致します!」


貴族令嬢と従者との身分差のある婚姻は、当時のこの国の法律では、まだ認められていなかった。嫌悪する男の愛人になりたくない令嬢と、愛する女性を愛人にさせたくない従者は、共に手を取り合い子爵家から逃げ出した。こうして2人は逃げた後に、庶民流の事実婚をしたのであった。


普通に考えれば、国王陛下にこの状況を訴状で、告発すれば良い。何故、告発しないのかと言えば、安易にがあるのだ。当時の子爵家は元々裕福ではなく、この男が目を付け罠に嵌めていた。男からの融資という甘い言葉に、子爵当主は難なく騙された。先に得た支度金を、生活費に充てていたこともあり、返金したくとも出来ず、プライドもまた妙に高く、王族や他の貴族に頼れずに。


 「何て私は、馬鹿なことをしたのか…。娘を失ってから、気付くとは……」


娘が駆け落ちしたのを切っ掛けに、子爵当主が他の貴族に相談をし、あの男の策略も明るみになっていく。国の重鎮達の耳に入った途端、他の低位貴族も次々訴え出た。あの男の家は断絶となり、男も廃爵となった後に、国からも追放されている。現在は他国で、庶民以下の貧しい生活だという、噂だったが……


 「貴方と一緒になれて、私は幸せ者だなあ。」

 「貴方の妻になれたわたくしも、とても幸福です。」


常に夫婦仲の良い両親に、平凡だが幸せを感じていたアレンシア。不意に前世の記憶を思い出して以降、欲深くなってしまった。今はそこまで貧乏ではないが、裕福とも言えない。庶民の生活は、前世で飽き飽きしたと。


 「私はヒロイン、アレンシアよ。もっと幸福に、なるべき存在なのよ!」


前世の記憶に所為で、乙女ゲームのヒロインだと思い込み、親子3人で折角彼女の計画通りに、モートン子爵家に戻れたのに、最終的には再び庶民に戻ってしまう。


現在のモートン家では、アレンシアの実母でモートン家の長女が、先日家督を継いだばかりだ。まだまだ家長としては頼りなく、未だ勉強する身の上だ。前モートン当主の健康上の問題もあり、前当主の補佐を受けながらも、実母が正式な当主となった。実父はこれまで通り、商売に全力を注ぐことになる。この世界で女性が家督を継ぐのは、実に珍しいケースでもあるらしい。






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 アレンシア同様にハイリッシュも、実家から処罰された。彼の実家キャスパー公爵家では、彼の他にも処罰の対象になった者がいる。実父である公爵当主が、彼に与えた影響は大きかったとして、妻や親族達から制裁されたのである。


 「お前が嫡男を、駄目人間クズにしたのだ。責任を取って、隠居するが良い。」

 「…そ、そんな…私が何故、あれの責任を取らなくてはならないのだ!…責任ならば、あれを育てた妻が責任を取るべきだ!」

 「…何を言っている?…寧ろ公爵夫人には、何も問題はない!」

 「…そうだぞ。国王陛下からも公爵家の中を、綺麗にしろと言われている。」

 「兄さんには最早、この家に居る資格もなくなった。其れなのに…義姉上のことをまだ悪く言うなど、愚かにも程があるな。これが実の兄だとは、公爵家の次男として生まれた私も、恥ずかしくて仕方がないぐらいだ。」


前当主を軟禁すると決めたのは、前当主の実弟と前当主の正妻の2人だ。他にももう1人の前当主の実弟(三男)、前当主の従兄弟たちが意見を出し合い、全員で協力した形となった。


実は、キャスパー公爵家でも、モートン家と同様のことが起きている。彼の実父で前当主であった男は、妻の公爵夫人から追い出され、庶民同然の生活を送っているとかいないとか、そういう噂となっているものの、実際にはキャスパー家の牢獄といっても良い、僻地の領地に追いやられていた。キャスパー家が持っている領地の中でも、最も僻地となされる所と言えようか。


 「私が、このような生活をすることになるとは…。バカ息子の所為で……」


彼は僻地で軟禁状態にされても、未だこうような不平不満を、誰かの所為にしてぶちまけた。此処に来るまでは妻の所為にし、今は時折零落おちぶれた息子の所為にして。息子の方がマシの生活をしていることも、気に食わない様子であるが。


 「…クソっ!…何故此処には、女のメイドが1人も居ないのだ!…あの男共に私の世話が、出来るはずもなかろうに。一刻も早く、私の専属メイドを雇え!…給金は、私の不出来な妻に出させれば良かろう。なるべく従順で若く美しいメイドを、用意するんだ。」


自分勝手に振舞う前当主の命令には、誰もが従うことはない。前当主に仕える従者達も、彼自身に雇われたのではなく、彼の妻や親族達から雇われており、その実家の方からは監視するようにも、言われているのだから。


庶民同然の扱いではないものの、着替え以外の世話は最低限受けており、着替えや身の周りのちょっとしたことは、自分でする状況に置かれていた。彼の身の回りには女性のメイドはおらず、全て男性の従者だけ。こういう状況でも女好きの男は、浮気するだろうと懸念されたから。


 「彼奴あやつは、無類の女好きだからな…。メイドは置かない方が、良いだろう。」

 「…ええ。あの人の浮気には、何度も煮え湯を飲まされましたもの。今まではあの人が、浮気相手に子を孕ませないと約束したので、わたくしも何とか許せたのです。今は…わたくしを、恨んでいることでしょうね。浮気の懸念が全くない方が、今後も。」


これほど落ちぶれた麓でなしでも、キャスパー家の正式な血筋の者であり、元々は嫡男とされた男である。この男の血を受け継ぐ子供が、今更生まれては困るというのが現状だ。跡継ぎにはなれずとも、財産を受け継ぐ資格はあるのだから。


こうして監視をされていくうちに、前公爵当主も徐々にその意味を、理解できるようになったのか…。数か月が経つ頃には、自分の意見が全く聞き入れられないと、やっと理解できたようだ。自分の立場を理解した後は、只管今の状況を変えようとして、懇願ばかりしてくる。


 「…頼む、妻に会わせてくれ。いや、我が息子ラングルフでも良いから、私が悪かったと伝えてほしい。もう十分に反省もしたから、家族に会いたい……」


時には正妻や自らのもう1人の息子、ラングルフの名を出したりして、相手の機嫌を伺うのような言葉を告げてくる。勿論、此処に彼らが来る可能性がないと知っているのか、自分の世話をする従者に、伝えてくれと訴えるのだが。相も変わらず、自分本位の感情だと言える。


 「我が愛妻には、『悪かった、もうお前を悪く言わない』と、もう1人の我が最愛の息子には、『どうかお前が家督を継ぐことを、祝わせてくれ。できれば、その時はお前と。』と、伝えてほしい。」

 「…お伝えは致しますけれど、現ご当主さま方がどう仰られるかは、私には何も関係ないことですので、それだけはご承知願います。」


こうしたやり取りが何度もされ、最終的には前当主が従者に、頭を下げてくるようになる。けれども、何もかもが遅すぎた。今更当主として、返り咲くことは出来ない。だけど理解しない男は、何度も交渉しているようで……


 「今更遅いよ、父上。母上は公爵家当主として優秀だと、貴方以上に称賛されている。貴方の居場所は、無いんだよ。」







====================================== 続編の方では書きそうにない内容を、後日譚として前作の方に、今更ながら投稿しています。内容的には、現在更新途中の続編を読んだ後、読んでいただいた方が良い場合もありますので、そこはご承知願います。


久しぶりに後日譚としての投稿となります。今回は、モートン家とキャスパー家のその後となりました。気になっていたハイリッシュ父のその後は…?



※現在、この作品の続編『婚約から始まる物語を、始めます!』を、投稿しております。既に完結済みの作品ですが、続編と連動した話を投稿したく、今回のような投稿経緯となりました。何時もご覧いただき、ありがとうございます。続編の方の応援も宜しくお願い致します。

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婚約破棄から始める物語を、始めましょう! 無乃海 @nanomi-jp

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