後日譚2 変わりゆく街の情景
「…ふふっ、楽しいなあ。転生する前より、何だか毎日充実してるかも。」
浮き浮きした足取りで、可愛らしい容姿の少女か独り言を呟いた。今にもスキップし始めそうな軽やかな足取りで、それにも拘らず街中を足早に、とある場所へ向かって歩いている。一刻も早く到着したくて。
「あらっ?…アレンシアじゃない。そんなに急いで、何処に行くの?」
声を掛けられた少女・アレンシアは立ち止まり、親し気に話してきた人物へと振り返る。其処にいたのは同い年の少女で、最近彼女が親しくする友達の中でも、特に仲の良い少女だ。
「…ああ、リンディ。今から大切な用事があるの。貴方とゆっくり話せそうになくて、ごめんね?」
今のアレンシアは、あの頃とは同一人物とは思えぬほど、別人のように丸くなっている。償い切れない過ちを犯し、実家から勘当された彼女は、商家の養子となる。当主である実の祖父は、それはそれは手厳しく指導し、商売の基礎を叩き込んだ。商人として一人前にさせたいという、実の孫への愛情でもあるようだ。
…あの当時、私は乙女ゲーに囚われていて、自分で振り返ってみても、トンデモなく我が儘な人間だったよね…。お
自分の犯した罪を肯定し、今は反省している様子のアレンシア。商人見習いとして頑張る彼女を、街の人達も認めてくれたようだ。以前のように悪女と、偏見で見られることは殆どない。公爵令息を誑し込み、公爵令嬢の評判を貶めた挙句、王家をも敵に回した悪女という噂は、今はほぼ忘れ去られている。そしてこれら成果は、彼女の努力が成し得たこと。こうして、大勢の民心も掴んだことだろう。
「ふう~ん、そうなの。呼び止めてごめんね。私も用事があるから、別に気にしなくていいよ。あっ、もう行かなきゃ。また今度、ゆっくり話そうね!」
「うん!…私ももう行くね、また今度っ!!」
声を掛けてきたリンディも、何処かへ出かける様子だ。然も、アレンシアより急いでいるらしい。自分の言いたいことだけ伝え、直ぐに走り出していく。アレンシアは声を張り上げ、走り去っていくリンディに届くよう、別れを告げた。その声に応えて、リンディは走りながらも半分ほど振り返り、大きく手を振ってくるけれど、また直ぐに前を向き去っていった。残されたアレンシアも晴れやかな顔で、再び速足で歩き出して。
……ふふっ、リンディったら。相変わらずバタバタしてるし、もう少し落ち着きなさいよね~。
乙女ゲーヒロインの幸せに拘った少女は、今はもう如何でもいいようだ。異性にモテることが必ずしも、幸せになれることではないと、今は理解しているからこそ、もう見た目で好かれたいとも、今は本気で恋愛をしたいとも思わない。
…リンディももう少し落ち着けば、私なんかよりモテそうなのよね。本当に勿体ないわ。彼女も私と同じ商家の娘だから、低位貴族の令息に見初められても、おかしくないのよね。
だいぶ丸くなったアレンシアではあるが、案外と自分自身のことは棚に上げているようだ。彼女も守ってあげたいと思うような、華奢な美少女に見えているのに…。彼女の場合は、彼女らしさが見られるとすれば、庶民の方だろう。リンディよりは落ち着いているようで、異性を敬遠させる言動は、彼女も意外と取っている。そういう点では、2人共に残念なのだけれど……
アレンシアが街中を歩く間、他にも声を掛けてくれる人達がいる。王都の街に住んでいる、『庶民』と呼ばれる一般国民の者達だ。彼らは当初こそ、庶民となった悪女に警戒していたが、実際に会って話した彼女が、元気で明るい少女だと知ってからは、徐々に警戒を解いていく。今では彼女にも、親し気に接してくれていた。
…みんな、良い人達だな。前世の日本より、良い人達はかり。あの頃の私はこんな貧乏な暮らしから、絶対に抜けだしたかったけれど、今は…此処の世界の方がずっと、住み心地がいいと知ったんだよ。
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「いらっしゃい、アレンシアさん。」
アレンシアは、とある大きな屋敷の前で歩みを止めた。屋敷の正門には、騎士2人が外からの侵入を守るように立っている。最近すっかり顔なじみとなった騎士に、アレンシアが挨拶をかわしていると、屋敷の玄関付近に立っていた人物が、速足で此方に向かってくる。この屋敷で働く使用人だと、一目で分かる姿だ。日本風で言うところのお仕着せ、一般的にメイド服と呼ばれる服を直用した、40〜50代年配女性だと遠目でも分かる。
「あっ!…ラマンダさん、態々私を迎えに来てくれたの?」
最近、礼儀作法の効果が出たのか、亀の歩み分だけ前進している。会話もまだぎこちないものの、貴族令嬢だった頃よりも、仕草もマシになったと言える。今は単に忘れただけなのか、それとも単に覚えていないだけなのか……
「…アレンシアさん、こういう時は『お出迎えしていただき、光栄です』と挨拶しつつ、ドレスの裾を摘むのでは?」
俊足に駆けつけた年配女性は、能面みたいな顔で表情がほぼない。但し今は苦言しているからか、厳しい顔をしているが…。年配女性は、この屋敷のメイド長でもある。今はアレンシアに礼儀作法を教える、教師のような存在とも言えた。身分問わず差別もなく、また誰にでも平等に、礼儀作法を教えてくれる人物だ。
「あっ!…ごめ…も、申し訳ありません!…お、出迎えしていただき、……あれっ?…何だっけ?……あー、何でしたかしら?…でしたよね?」
貴族流の挨拶や謝罪の会話は、まだまだスムーズに言えないし、ぎこちない話し方となるアレンシア。その場面ごとにどういう会話をするのか、まだまだ実用には向かない成果である。教える立場からすれば、中々の問題児ではなかろうか?
「今…『ごめんなさい』と、仰るおつもりでしたか?…途中から、告げる内容をお忘れでしたね?…そういう時は忘れた事実を、伏せなければなりません。今後は呉々もお相手には、確認を為さいませんように。忘れた時は笑顔で誤魔化すこと、これが貴族流の基本ですよ。」
アレンシアにこう諭していても、メイド長であるラマンダは、怒ったり呆れたり放棄した様子は見られない。アレンシアの態度に動揺した様子も、全く見えないものの、ラマンダの顔は殆ど変化がなかった。声や話し方も諭すという感じで、一見して厳しい言葉にも聞こえていても、実は…優しい口調だということが分かる。
「…あ〜、はい。え〜と、申し訳ありません。以後、気を付けま〜す。」
ラマンダの諭す言葉を理解しているのか、理解していないのか、アレンシアには全く悪気はなさそうだ。例え叱られても簡単にはへこたれない、彼女はそういうタイプでもある。そういう意味では、根性があると言える。簡単には諦めないのなら、その分希望もあるように感じるが……
ラマンダも放って置けない気がして、長い目で面倒を見ることにした。会得する時間は相当に掛かりそうだけれど、何れは礼儀作法を習得するだろう。決して期待はしないが。2人は屋敷の中に入った後、ダンス用の練習部屋に移動する。今日も礼儀作法の講習が、アレンシアの為だけに始められるのであった。
「私がお屋敷の訪問時、ラマンダさんは確か玄関前でしたのに、あ〜っという間に正門まで、いらっしゃいましたよね?…走ってきた…とかですか?…あれって礼儀作法を、破っていませんか?」
「あれは、礼儀作法を踏まえた上での歩き方なのです。ハミルトン家のメイド長として、また礼儀作法を教える身として、礼儀作法を絶対に守らなければなりません。その上でわたくしは、歩く速度を早めたに過ぎません。音を立てることも礼儀に反しますから、少しでも音も消す努力を試みた、その結果なのですよ。」
「えっ?…それって最早、競歩なんじゃ………」
「……はいっ?………今、何と仰いました?」
「……あっ!…今のは、何でもありません!」
礼儀作法の講習を終えた今、お茶をして休憩している2人。この国で頻繁に開かれるお茶会とは違い、単なる休憩時間である。この休憩時間に関しては、アレンシアが礼儀作法を破っても、マチルダは何も言わない。彼女が前世の言葉を使っても、またかと呆れる程度だ。アレンシアもどう説明すれば良いのか分からず、誤魔化すだけだったから。
現状、貴族令嬢ではないアレンシアは、お茶会には出席できない。前世の奔放な性格が現世で出たとしても、前世の言葉をうっかり話しても、ハミルトン家だけは許されていたのだが。
「…あらっ?…シアさん、またいらしたの?…少しは礼儀作法を、身に付けられたのかしら?…シアさんの成果を、わたくしにも拝見させていただきたいわ。」
「あっ!…フェリシアンヌ様、おかえりなさいませっ!!…フェリシアンヌ様もご一緒に、お茶されません?」
貴族子息達が通う王立学園から、この屋敷のご令嬢が帰宅した。令嬢は真剣にアレンシアの成長ぶりを期待していたが、当の本人は相も変わらず人の話を聞いていないのか、心底嬉しげに一緒にお茶をしようと誘う。
まるで主人のような誘い方に、令嬢達の苦笑も素通りし、今日も我が道を突き進む様子は、アレンシアらしいと言えようか?
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続編『婚約から始まる物語を、始めます!』では書きそうにない内容を、後日譚として前作の方に投稿することにしました。
久しぶりに、後日譚として投稿することにしました。今回は、アレンシアの後日譚です。続編の方では書く予定がない話を、前作の方で急遽執筆することに。今後、彼女が何か行動する前に、書いておきたかったので。
※現在、この作品の続編『婚約から始まる物語を、始めます!』を、投稿しております。既に完結済みの作品ですが、続編と連動した話を投稿したく、今回のような投稿経緯となりました。何時もご覧いただき、ありがとうございます。続編の方の応援も宜しくお願い致します。
※本年も宜しくお願い致します。
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