前日譚2 運命は自分で決める

 続編『婚約から始まる物語を、始めます!』を再開する前に、片づけたい事柄として、前日譚を投稿する運びとなりまして、此方は第二弾となります。




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 幼い頃からアルバルトは、自分の境遇に不満であった。彼の両親は貴族らしい政略結婚であるものの、夫婦仲は非常に良かった。父親は貴族当主にありがちな傲慢さがなく、妻や子供達を大切にする人だ。お陰で彼は真っ直ぐに育ち、素直で優しい性格に育った。


では、彼は何の不満を抱えているのかと言えば、彼の其れなりに整った容姿と真面目な性格が、原因ではないだろうか。彼の両親は共に容姿端麗で、彼もまたその遺伝子を受け継いでいた。


美少年である幼い彼に一目惚れし、「好き」と公言し付き纏う少女達に。彼のキツい物言いを怖がり、彼から距離を取る少年達に。実際には、彼が愛想のない真面目な性格の所為で、ついつい厳しい口調で注意することで、怒っているように見えていた。彼自身はそれほど、怒っていなかったのに。こういう見た目で判断する相手を嫌うのではなく、何方かと言えばそう見える自分を、彼は嫌いになる。容姿で判断され見た目で性格も誤解され、心に見えない傷が増えていく彼が居て。


そういう息子の悩みに両親は気付き、彼の婚約者を今のうちから決めようと、婚約者探しを始めることになる。そのお眼鏡に叶う結果となったのは、同じ侯爵家令嬢であるミスティーヌだ。


ミスティーヌの両親とアルバルトの両親は、侯爵家同士という関係で何かと絡むことも多かった。ミスティーヌの両親が彼女を溺愛する所為で、アルバルト達はそれまで会ったことがなかったが。アルバルトの両親から彼を紹介され、漸く2人は婚約者候補として、顔合わせをすることになる。


初めて会ったミスティーヌが彼に全く興味を示さず、筈のアルバルトが逆に、彼女に興味を持った。興味を示さない彼女のお陰で、即婚約とはならなかったものの、彼が婚約に乗り気な様子を見せたことで、婚約前提として2人は頻繁に交流することになる。当初、ミスティーヌはアルバルトから婚約を断らせようと、彼が困るような行動に出たというのに、他の少女とは異なる彼女の言動に、益々彼は惹かれていき…。


アルバルトは彼女と交流を続けるうちに、態と自分に嫌われたがっていると気付いたが、彼女に本気で嫌われていないと知り、嫌っていない相手に嫌われようとする彼女の矛盾に、疑問を持つことになる。


彼はその答えを探すように、彼女をつぶさに観察するようになった。彼女は嫌われようとしつつも、少なからずも彼を気を許す相手として見ている彼女に、彼は彼女の力になりたいと思い始める。彼女には何かしらの誰にも言えない理由わけがあると、彼にはそう見えたのだから…。


彼女の誰にも言えない事情とは、前世の記憶がある転生者であり、また此処が前世で遊んだ乙女ゲームの世界と思い込み、攻略対象との関わりを避けようとしていることだろうか…。彼女が乙女ゲーの所為で悩んでいるとは、まさか夢にも思わないことだろう。


ミスティーヌにとっては、絶対に言えない事情だ。アルバルトには、特に知られたくない内容である。アルバルトも無理に聞き出そうとは思わなくとも、彼女が悩むというよりも恐れているようだと知り、自分が彼女の力になりたいと強く願い…。


自分との婚約自体が彼女の悩みの種とは知らず、彼は彼女の心を自分に向けようとして、彼女の言動に注視するなどという努力を、こっそりしていたりする。また彼女とは、何時いつでも婚約できるように、根回ししておいたが……


 「貴方には大切な年上の異性が、お傍におられます。そして貴方には…生涯を共にされる、素敵な異性との出逢いがございますわ。」


ミスティーヌは幾度となく、アルバルトにそう告げる。但し、彼には彼女の話す言葉の意味が、全く理解ができない。首を傾げつつ思考する彼は。


…大切な年上の異性?…傍に居ると言われても、心覚えが全くない。一体、誰のことを指しているのか?…僕の周りに居る年上の異性は、既に他の貴族子息と婚約中であり、僕とはそういう縁もないが…。それに…僕がの素敵な異性とは、彼女以外では有り得ないのでは……


 「僕が一生を共にする相手は、君以外には有り得ないと思うのだが?」

 「……えっ!?……いえいえ、わたくしのことではございませんのよ。別の人物のことで…とても可愛らしい、少女なのですわ。」


…はて、どう違うのか?…目の前の彼女は十分に愛らしく、僕が婚約したいと思う相手は、ミスティーヌ以外はいないというのに…。何故、彼女とは別の少女だと、そう言い切るのだろうか?


 「その少女とは、一体誰のことなんだ?…僕が以前に何処かで会った、貴族令嬢の誰かなの?」

 「……いいえ、今までにお会いされた事実は、ない筈です。その少女にお会いされれば、一目で分かりますわ。わたくしなどと婚約なされば、絶対に後悔なさる筈ですもの…。」


…会ったこともない少女に、会った瞬間に惹かれるとでも言うのか、彼女は。そうだとすれば、僕はだと、疑われているのか…。いいや、そうではない。彼女は、そういう人ではないが……






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 「僕がそれほど、浮気者に見える?…君がそう思うならば、仕方がない。そういう僕では、君に相応しくないだろう……」


アルバルトは態と、そういう物言いをする。悲しげな素振りを装い、彼女の言葉に傷ついたというフリをすれば、肝心の彼女は急変し慌てふためいた。


 「…ち、違います!…アルバルト様が浮気者とか、そういう意味ではございませんわ!…う、運命のお相手に出逢われましたら、わたくしなど……」


ミスティーヌは慌てた素振りで、身振り手振りをしつつ必死で、彼の所為ではないと否定する。アルバルトは彼女が自分を卑下する様子に、眉を顰めた。まるで彼女は予知能力を持っており、未来を見たとでもいうような話である。その上、自分はとでも言うように、彼女は会話の語尾を濁し俯いた。


…未来を見る力を、彼女は持っている?…否、それは違うな。彼女の話は、現実的ではないからな。では、彼女の告げる運命の相手とは、何の意味を持つのか…。


アルバルトは既に、ミスティーヌを運命の相手として捉えていた。彼女が語る運命とは異なるかもしれないが、彼女と出会えたことも奇跡だと思っている。それなのに…何故、彼女とは別の運命の相手が存在すると、彼女自身が告げてくるのかと不満に思えて。


…彼女にとっても、僕との婚約は決して悪い条件ではないだろう。侯爵家同士という身分は、実家との繋がりも同等に保たれ、得であっても損もないだろう。寧ろ彼女にとっては、伯爵家以下に嫁ぐことを考えれば、良縁だと言えるのだが。


そう思案したアルバルトは、何も間違ってはいない。この世界やこの国の状況から見れば、そう考えるのが当然なのだ。寧ろ、彼女の言動は異例である。彼女の考える運命の相手とは、どういうものか。身分などに囚われない、そういう相手のことだろうかと、彼は熟慮する。一部の庶民達が考える思想にも、似ている。普段は身分差を心得ている庶民達も、貴族の異性と何かしらの縁があった時、そういう大それた思いをいだく者が稀に現れるが…。


彼は体験したことはないが、彼の父親が庶民へ助けの手を差し伸べた時、稀にそういう庶民の女性が勘違いし、父親の愛人候補に名乗り出たことがあり、流石に父親も怒っていたなあと…。その結果、他の領地に追いやるという罰を与えたが、貴族によっては重い重罰を与える場合もある。


アルバルトは愛人を持つ気もないし、婚姻する相手はできれば彼女が良いと、既に決めている。それなのに、別のまだ見ぬ少女との運命を説かれ、また別の年上の異性との関係を疑われ、彼女の真意を今一理解出来なくて。


…彼女とは、まだ心の距離があるよな…。取り敢えず僕と彼女との距離を埋めなければ、婚約できそうにないだろう。僕以外に彼女を理解できる者は、そう簡単に存在しないのだと、そう思わせなければならない……


 「これから君を、ミスティと…呼んでもいいかな?…僕のことは、アルと呼んでくれればいい。」

 「……えっ?!…それは………」


そう決意した彼は早速、名前を愛称で呼ぶことを提案する。彼女は驚いたように目を丸くし、しどろもどろという挙動不審な言動になる。明らかに動揺する彼女に、彼は有無を言わせず実行したお陰で、彼女は断ることも出来ず。


こうして一つずつ細かい関係を積み重ね、彼女の信頼を得ていった彼は、彼女も自分に惹かれているのだと、確信を持っていた。彼にはこれ以上にないほどに、嬉しい現実であった。


…ああ、ミスティが俺を好きで居てくれるのならば、これほどに幸せなことなど何もない。今はもうすっかり、別の運命の相手という話は彼女の口から出ることもなく、俺の正式な婚約者としての務めを果たしてくれている。


アルバルトの努力の甲斐もあり、2人が出会ってから数年後には、少なくとも今から何年か前に、2人は正式な婚約を交わしていた。彼女が漸く彼に完落ちし、彼の婚約者として茨の道を歩むことを、覚悟した時期でもある。


彼が彼女を守りたいと告げた言葉に、彼女は恋に堕ちたのだ。前世の推しには幸せになってほしいと、現実から目を背けた彼女は、今はもう居なかった。アルバルトの作戦勝ちである。彼女の良く知る乙女ゲーの彼とは異なり、現実の彼は誠実で生真面目なだけではなく。この世界に住む以上、また貴族社会に身を置く以上は、生真面目さだけでは当主になれないのだから。


要するに、ハイリッシュが特殊過ぎたと、言うべきか…。兎も角、きちんと当主教育を受けてきたアルバルトは、貴族らしく裏の顔も持っている。但し…腹黒さというよりは、程度が軽いものではあったが。


こうして彼は愛する人を、のであった。






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 前回に引き続き、今回は前回の相手側のお話です。これで、前日譚も終了となりました。



※現在、此方の作品の続編として、『婚約から始まる物語を、始めます!』と題名を変え、投稿しております(只今休止中)。これにて此方の方は、締めさせていただきます。今後、続編の方での連載を始めます。此方は再び完結と致します。此処まで読んでくださり、ありがとうございました。続編の方も応援してくださると、嬉しい限りです。

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