前日譚1 モブが昇格する理由

 続編『婚約から始まる物語を、始めます!』を再開する前に、片づけたい事柄として、前日譚を投稿する運びとなりました。


※既に此方は完結した作品ですが、取り敢えず次回も『前日譚2』を投稿予定としています。




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 …ふう~。私は今の状況に困惑し、思わず天井を仰いでいた。私の今までの記憶によると、今の私は『ミスティーヌ・フェンデン』という名で、フェンデン侯爵家の次女である。家族や親しい人物からは『ミスティ』と呼ばれ、見た目は可愛らしい系の美少女であるようだ。


…う~む。複雑な心境ではあるけれど、この容姿は気に入っているし、身分も侯爵令嬢ということで何の文句もない。けれども、此処が乙女ゲームの世界の舞台となる国で、自分もその舞台に登場するのかと思えば、面倒だと思う。


現に今の私は、その状態である。如何やら私は、乙女ゲームの世界に転生したようなのだ。ゲームタイトルは思い出せないけれど、乙女ゲーと言えば王子様の攻略が王道なのに、このゲームだけは王子を攻略するのが、めちゃ難しかったんだっけ…ということは思い出せた。そして勿論、私はヒロインではない。


では何のキャラに転生したのかと言えば、自分でも…よく分からない。ミスティなんてキャラ、居たっけ?…乙女ゲー登場人物に関しては、一部しか思い出せない。それも仕方がないだろう。今はまだ私も3歳児の幼児であり、攻略対象の誰とも会う以前の頃なのだから。思い出した切っ掛けは、この頃好奇心が人一倍強い私は、家族や使用人からダメだと反対される度に、逆にやりたくなってしまい…。


その所為で大失敗をした。本来ならば大怪我をしていたところを、偶々運が良く大した怪我ではなかったけれど…。それでも頭を強く打ったらしく、寝込む間に私は懐かしい夢を見て、こうして目覚めた時には、前世の記憶を取り戻していた。日本人として生きた人生を……


前世の記憶と言っても、全てを思い出した訳ではない。前世の両親の顔も名前もぼんやりだし、過去の私自身の情報も少ない。但し、乙女ゲーのことになると、話は別かもしれない。3歳当時は、あまり思い出せなかったゲームの情報も、私が年齢を重ねて大きくなるにつれ、また乙女ゲー設定の時代に近づくにつれ、鮮明に思い出して来たのだから…。


私が7歳になった頃、縁談が舞い込んで来た。縁談と言っても、7歳児が結婚するということではなく、婚約者を決める為と言うべきかな。前世の日本人としては考えられないことだけれど、私も。来るべき時が来たのかと、せめて優しい婚約者であれば…とか、祈るような気持ちだったのに。


紹介された少年を一目見て、私は…否、私の頭の中は混乱した。少年の顔を見た途端に、まるで少年の顔の目の前に、「A:挨拶する、B:無視する」というような操作画面でも現れたかのように、頭の中に少年に関する情報が溢れてくる。


私は呆然としつつも、少年の何気無い仕草も見逃さないようにと、混乱する頭の中を即整理する。情報を纏めて整理する処理班と、少年の様子をつぶさに観察する観察班に、分けていた。


…これでも前世の私は、案外と知能犯だと言わせるが如く、やられたらやり返すという感じで、地味な嫌がらせで仕返ししていたのよね…。意外と負けず嫌いな私は自分が泣く結末になることを、最も嫌っていたんだよ。だから普段は、負けるような行動はしない。乙女ゲーだとしても、元々私が悪役令嬢の役柄ならば、絶対に負けたりしないように、そういう努力をするだろうね。


攻略対象である目の前の少年に対して、今のこの世界での私の役柄は、何も与えられないモブ以下の存在だと知り、この婚約は成立させないようにしようと、努力の方向をのだ。


…だって私は、この乙女ゲーには登場しないもの。最終的には年下ヒロインに堕とされる彼も、確かこの年頃には年上の婚約者である少女を、好きだった筈だもの。子供っぽい見掛けで年下の私は、彼の好みから外れているのよね…。


この時の私は、下手に乙女ゲーの対象者達と関わりたくなくて、彼らがヒロインに堕ちていくところを近くから観賞しようと、物語を見る感覚でいたようだ。つまりは、のである。


しかし、年齢や容姿にそぐわない私に、如何やら彼が興味を示したらしく…。彼はこの年齢の頃からイケメン要素バッチリで、彼を目にした少女達はほぼ一目惚れをし、若しくは彼の身分に釣られては、また彼の機嫌を取ろうと行動するか、将又一方的な好意で彼に付き纏うか、それらのどれかだったらしいと私も後で知り、流石は攻略対象なのだなあと変に納得して。


…それにしても、おかしいわ。彼の本来の婚約者は、如何どうしたのだろうか?…彼の周りの人間を観察していても、それに当てはまる人物がいないのよね……






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 乙女ゲーでは、年上モブとして登場する筈の彼の本来の婚約者は、未だ現れずにいた。あれから私を何故か気に入ったらしい、彼こと『アルバルト』様とは正式な婚約を交わしている。


未だ現れずに居る謎の婚約者に、不安を感じつつ彼と婚約する以前の私は、婚約不成立にしようとあの手この手で、彼から嫌われようとしていたが、何故かそう立ち回るほどに彼に溺愛される気が、しないでもなくて。勿論私も本心から、彼に嫌われたいのではなく…。その理由を述べるなら、実は…前世の私の推しは、まさしく彼だったのですからねっ!


推しが幸せになるならば、と思っていたのに、彼がモブ以下の私を気にするとは、これ如何いかに…?


 「…アルバルト様。貴方には将来、貴方を心から理解し幸せにしてくださるお相手が、必ず現れますわ。わたくしでは…力不足ですのよ。」

 「……何故、君は未来が分かるかの如く、僕との関係を断とうとする?…僕は将来よりも今の方が、大事だよ。今があってこそ未来があると、そう思う。ミスティが恐れるものがあるなら、僕は君を守りたい。少なくとも僕は君の隣に居たいが、ダメなのか…?」


私は何度か同様な言葉を、常に彼に投げかけている。彼には幸せになってもらいたいと、本心から願う。乙女ゲーのアルバルトルートのハッピーエンドのように…。けれども私は抑々、肝心な部分に気付いていなかったようだ。


この世界が乙女ゲーそのものだと、思い込んでいた。別の可能性に、気付こうとしなかった。私は彼の本来の婚約者の代わりに、悪役令嬢になりたくなくて、必死に逃げていただけだ。彼を好きになり過ぎることに、恐怖をいだいた。私の推しが彼である以上、彼をのは、当たり前だったから…。


例え彼が乙女ゲーとは異なる性格でも、私はきっと彼を好きになる、そういう気がしている。無意識に私はずっと、彼をこれ以上好きにならないよう、自分の心に鍵をかけていたのに…。


彼は私の本心に、疾うの昔に気付いていたのかもしれない。私が乙女ゲーの設定通りになるのを恐れ、。それなのに、モブ以下の私を守るなんて……


彼の素朴な優しさが嬉しく、自然と涙が溢れてボロボロと大泣きする私に、彼は寧ろ私が婚約を嫌がったのかと、顔面蒼白になり…。それが可笑しく、つい泣き笑いした私に、彼は真っ赤な顔で拗ねていたけれど。


 「……何だよ、笑うことはないだろう。これでも僕は真剣に、君を守るつもりなのだからなっ!」

 「…いいえ、貴方の決意を笑ったのでは、ないのです。わたくしの泣き顔に貴方が困惑しておいででしたので、つい微笑ましく感じまして…」

 「……うっ…………」


彼は私を睨むように文句を仰るのですが、抑々それは勘違いだ。私が泣きだした途端に、どう慰めればいいのかという顔の彼を、私は見てしまったのよ。彼の困惑する顔を見ていたら、彼の真っ直ぐで誠実な態度に、私もいつの間にか絆されてしまったのだと、そう気付いたら可笑しくて…。


…それでも、私も本音は伝えない。何を悩んでいるのか何を恐れているのか、彼にはまだ知られたくないんだもの。いつか笑って前世の話が出来る時が来たら、笑い話として話したいな…。


彼は私の話を嘘だとは、頭から否定したりしないだろう。だからこそ、今は告げたくない。彼の同情を買いたくないと思うのは、私の唯一のプライドと言うべきなのだろうか…。だってまだこの先、どうなるのか分からないのだから。


流石に今まで、この世界が乙女ゲームそのものだと思って、乙女ゲーの設定を壊さないようにしてきたけれど、乙女ゲーの攻略対象そのままのアルバルト様と、今の私の良く知る彼とは違っている。他にも細かい部分が違うことから、単に乙女ゲーに似た世界なのかもしれないと、そう思い始めている。


それでもまだ、矯正力が全くないとは言えない。もし彼に全てを話して、矯正力で彼が私から離れていったら…。その時、私はヒロインとの恋を許せるだろうか…。いいえ、絶対に許せないことだろう。だから私は悪役令嬢になりたくないというよりも、自分のそういう醜さを彼に見られたくなくて、彼から一線引いていたのだ。


こうして私が、乙女ゲー舞台となる王立学園に入学する前には、フェンデン侯爵家の長女である姉は、婿を迎えて正式に家を継いだので、私に何かあっても何とかなりそうだ。あの姉にならば、両親を任せられると信じて。


しっかり対策を練っていた私は、学園生となる前に全てが終わり、ヒロインが脱落したことには拍子抜けだった。何がどうしたのかと目を丸くする私に、彼は笑顔で話しかけてくるが。


 「これで、ミスティの憂いもなくなったか?…俺も王太子殿下のご命令で、かの家の裏事情を調べていたが、彼女が単純で思いの外早く、解決できたよ。」


現実の彼は多少の裏の顔がありそうで、満面の笑顔の彼に私は困惑しつつも、既に捕まっていることを自覚する。


 「君を…ミスティと、呼んでもいいか?…僕のことは、アルと呼んでほしい。」


…あの日、彼が親しく呼ぶと宣言した頃から、彼に…摑まったのかもね。彼が一枚も二枚も上手だと知らずに……






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前回に引き続き、今回はちょっと矛盾が見られましたので、此処で解決しておくことにしました。


次回は相手側からの話ですが、なるべくダブらないように書く予定です。



※現在、此方の作品の続編として、『婚約から始まる物語を、始めます!』と題名を変え、投稿しております。只今休止中でして、今月中には再開する予定で準備中ですが、作業が遅れていまして…。大変申し訳ありません。宜しければ…ですが、続編の方も応援をよろしくお願い致します。

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