『続編』の為に追加した完結後の番外編
後日談1 強制退場した者
もうすぐ開始する、続編『婚約から始まる物語を、始めます!』を再開する前に書きたくて、後日談として投稿する運びとなりました。
※既に此方では、完結しております。『後日談1』としていますが、今後も投稿するかは未定です。
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家同士が決めた政略的な婚約を、ハイリッシュは勝手に婚約破棄すると宣言したことで、嫡男の彼の身分は廃爵されてしまった。彼の公爵家が上位だと、表向きの身分で彼が捉えていたことで、決定的な間違いを犯してしまったからである。
ハイリッシュは激怒した父親に叱られたが、その父親も妻から叱責されるに至ったのは、ハイリッシュの母親も我慢の限界を超えたようだった。また彼の弟も母親の肩を持つことで、今までは父親が一番威張っていたキャスパー公爵家では、公爵家内でのその地位が逆転することになる。その結果、キャスパー公爵夫人が公爵家の全主導権を、握るに至ったのであった。
昨日まで坊ちゃん生活を満喫していたハイリッシュは、自分で荷物を纏めることも出来ず、唯々呆然とするだけで、その間に公爵家のメイドが纏める。彼は簡素な荷物のみ持たされ、翌日の朝早くに公爵家を出て行くことになった。
こんな何も出来ない情けない青年の処遇は、遠縁の家で執事見習いとして修業に出されると、たった1晩で決定した。…おい、おい、大丈夫なのか…と誰もが疑問を持つだろう。これでもハイリッシュが出来そうな、一番軽い処遇だったのである。王家にハミルトン家が訴えたことで、王家から正式な呼び出しを食らえば、より厳重な処罰になるだろうと彼の父親が…ではなく、公爵家内の地位が入れ替わった
実はキャスパー公爵も、何処かの貴族の家で執事見習いとして奉公させ、処罰を受けさせる予定でいた。但し、夫に責任転嫁されたことで激怒した公爵夫人が、その奉公先を変更した。何しろこの浮気夫は息子に激怒したわりに、その対策にはお粗末過ぎた。夫の知り合いの貴族家での執事見習いでは、ハイリッシュの処罰として軽すぎると、より厳しい彼女の遠縁に頼むことにした。母親の縁のあるあの親戚ならば、父親も余計な口出しが出来ず、何も問題はない。
貴族の子息が家を継げない場合、他所の貴族の家で執事やメイドとなるか、若しくは男性は騎士の道へ、女性は嫁入りと選択肢は限られる。廃爵されたハイリッシュは、彼に騎士になる素質がない以上、執事になる道しか残されていなかった。
勿論、そんな罰は緩すぎるとハミルトン家から抗議され、王家からの命令で処罰すると告げられた際は、いくら母親が重い処遇を与えようとしても、意味はないだろう。それでも彼女は、ハイリッシュの実の母親だ。息子を変に甘やかす夫に逆らうことが出来ず、今まで目を瞑っていたことに重大な責任を感じた。
表向きは軽い処罰に見せていて、実際には厳しい処罰を与えた。公爵夫人が手配した遠縁の家での見習いは、執事として厳しい躾けを行う、代々優秀な執事を育て上げるという、執事を輩出する家系である。カルテン国でもそれなりに有名で、誰もが知っている筈だ。これならば流石に王家も、文句をつけないかもしれない…。
「執事を輩出するあの家が、わたくしの遠縁の家柄で助かったわ…。そうでなければ、流石に問題を起こした翌日には、送り出せなかったもの。ハイリッシュもこれに懲りて、立ち直ってくれることを切に願うわ…。」
「……そうですね、母上。兄上がこの家を継ぐことはなくなったけれど、私も
「…そうね。旦那さまに一任しなくて、良かったわ…。」
ハイリッシュの処遇を決めた後、彼の母親ではなく公爵夫人として、ハミルトン家に謝罪の手紙を送った。その内容を要約すれば、きちんと反省させるよう厳重に処罰したので、どうか穏便に済ませてくれ…というものだ。
また公爵夫人として王家には、義務的な報告という手紙を送っていた。息子が犯したという罪を知り次第、キャスパー家からも廃爵し厳しい処遇を下した、という報告をしていた。何方の手紙にも、ハイリッシュへの処遇内容をハッキリ記し、公爵家の反省を示した。彼が向かう執事見習い先の家柄を知れば、それがどれほどの重さの処遇なのかを、一目で理解されることだろうと…。
夫人の判断は、間違っていなかった。ハミルトン家は単に沈黙し続け、また王家ではハイリッシュの元婚約者のフェリシアンヌを、正式に擁護すると発表したのだから。処罰は既に与えたとする、王家の宣言と共に。
こうして、ハイリッシュ本人以外の家族は、断罪を逃れた。またキャスパー公爵も夫人から離縁されては困ると、すっかり浮気は鳴りを潜め大人しくなる。最近では妻を見下すこともなく、妻の機嫌を伺ったり妻の言い分を聞き入れたりと、公爵家主人としての威厳も失くすほどに。
これもまた、幸せの形なのだろう……
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「私は公爵家令息だぞ!」
「では、此処を出て行くか?…庶民になると言うならば、許可しよう。」
一方で処罰を受けたハイリッシュは、遠縁の家に到着してから休む暇もなく、執事見習いとして修行することになる。我慢出来ず思わず拒否したら、こう切り返されて言葉に詰まってしまう。当初、これを繰り返し反抗したハイリッシュも、庶民になるのは絶対に嫌だと思うようで、最終的には大人しく従った。執事になる教育に暴力は受けなくとも、刃のように鋭く厳しい言葉の羅列を向けられる。
…父上が厳しく叱責することはあれど、何方かと言えば罵りに近かったな…。此処では、どれほど厳しくされても、罵るように馬鹿にするような言葉は、言われていないよな…。
お陰でハイリッシュも此処での生活に、少しずつ慣れていく。彼の父は感情で激怒することも多いが、此処では誰もが自らの感情を出さず、怒りの感情で叱ることもなかった。上司として先輩として、厳しく接するという感じだろうか。敢えて愛情を持って厳しく接するという、愛の鞭ではないものの、指導した通りに出来ずに叱るとか、失敗したから単に怒るとか、そういう感情もなくて。
父とは違い、上司の気分次第で怒られないと知り、ハイリッシュの気分も軽くなったようだ。そうなれば厳しい言葉も受け入れられ、徐々に慣れていく。そうこうするうちに大きな失敗も減り、漸く初めて成功した時には、此処の住人達は心から褒めてくれた。それは彼が初めて経験する、心地良いもので…。
こうしてハイリッシュは生まれて初めて、褒められることに喜びを感じ、自ら努力をするようになる。まだまだ細かいミスは多くとも、それでも凹んでやる気を失くすことはなく、彼も新たな人生を歩み出したようである。
嫡男だから何もしなくて良い…という傲慢な気持ちから、自分は何も出来ない…という後悔の気持ちに移り変わり、自分のような人間でも何かが出来る…という前向きな気持ちに、変化していった。後はもう本人の努力次第で、どうにでも変わっていける段階だと言えよう。
王都から遠く離れるこの田舎町では、王都の噂が届くのは遅いのもあるが、彼は外との付き合いがほぼ遮断され、今まで元婚約者の噂どころか全ての噂を、知らされていない。漸く未練が無くなったと、遠縁の者達に判断されたようである。
前向きになった頃にハイリッシュは漸く、元婚約者が別の人物との婚約をしたと知らされる。キャスパー家と同じ公爵家でありながら、王家に最も近い家柄の令息と婚約したと…。こうなった今更、彼女との婚約を不本意に思った自分が、
…彼女は未だ私に夢中だと、勝手にそう思っていたようだ。もしかしたら、私は元の鞘に全て収まるのだと、都合よく思い込んでいたのかもしれないな…。
フェリシアンヌを遠ざけたのは自分自身なのに、彼女が他の婚約者を持つとは考えてもいなかった。心の何処かでは、彼女は自分の全てを受け入れると、両親の関係を見続けていた所為で、そう錯覚したのかもしれないと…。
序でに、アレンシアの近況も知らされた。彼女も処罰を受け、庶民としてやり直していると知ったが、彼女に悪いことをしたという気持ちも起こらない。あれほど夢中になった女性だというのに、その存在すらすっかり忘れていた。此処に来た当初は彼女が探しに来るかと、都合良く思ったくらいで。彼女の身の上を本気で案じてもいないのだと、ハイリッシュは今更ながらにそう気付く。ふと頭に思い浮かべるのは、何故か元婚約者のことばかり。ここで漸く自分の気持ちに蓋をしていたと、気付くことになった彼は……
…ああ、私は取り返しのつかぬことを、したのだな…。彼女に好かれていると思い込み、相当に自惚れていたようだ。彼女の本心は優しいと知りつつも、母上のように都合の良い存在だと思い羽目を外した私を、流石に彼女も許す筈がないだろう。婚約破棄した行為もアレンシアとの恋愛も全て、元婚約者を自分に屈服させる目的として、利用していただけだろう。彼女が私に縋り懇願すれば、見逃してやろうという上から目線で、私の心はどれだけ曇っていたのだろうか…。
元婚約者に惹かれていたのに、それを認めるのがハイリッシュには屈辱だったのかもしれない。無意識に自らの気持ちに、蓋をした。彼女の気持ちを取り戻そうとして、失態を犯したのかもしれない。果たしてこれが、ゲームの強制力だったかどうかは、誰にも分からぬことだろう。
その後のハイリッシュは、心根を完全に切り替えるようにして、一からやり直す覚悟で執事の修行に励む。こうして彼も数年後には、執事の見習いから1人の執事へと、成長していくことになるのだが……
彼が立派な執事になるのかは、もう少し先の話になりそうだ。
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本編終了後の番外編からも、既に年月が経っておりますが、続編の方では登場させるかどうか分からないので、急遽此方で書いておこうかな…と、思い立った次第です。
実は…ハイリッシュは、こうなっていました…ということで。ハイリッシュのその後が、気になるかどうかは兎も角として…。
※現在、此方の作品の続編として、『婚約から始まる物語を、始めます!』と題名を変え、投稿しております。只今休止中ですが、今月中には再開する予定で準備中でして…。宜しければ続編も、応援をよろしくお願い致します。
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